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第五話「ラッキーカラー?」

「二月二十四日月曜日、朝の占いだタコ。今日の第一位は……」 「アキラ兄ちゃん、そこどいて。肩幅広すぎてテレビ見えない!」 「なんだよ、マコ。ん?星座占い?こんなの信じてる奴なんて、いないだろ」 「そんなことないよ。クラスの子、みんなこの時間の占い見てるの。朝学校に着くと、今日何位だったって話するもん」  中学生の妹が、テレビにかぶりつくように、自分の星座が呼ばれるのを待っている。 「ふーん。このキャラは何?タコ?」 「知らない。いつもはもっと可愛いクマのキャラなのに、なんかのコラボで変なタコなんだよね」  丸っこくて赤いタコは、どうやらタコミンという名前らしい。 「アキラ兄ちゃんは、何座だっけ?」 「俺?双子座」 「あぁ、今日は十位だって。ラッキーカラーは茶色、ラッキーナンバーは7だってさ」  勝手にこれから過ごす今日一日を順位付けされるのは、気分がいいものではない。  どうせ学校に着くころには、ラッキーなんちゃらのことも忘れてしまうだろう。  卒業式まで残り五日となった。この制服とも、もうすぐお別れというわけだ。  俺は指定校推薦で関西の大学に進学する。学びたい学部がたまたま関西にしかなかったのだが、知らない土地での新生活というのは、ワクワクするものだ。  とはいえ、一人暮らしではなく叔母の家に下宿をする。大学一年でたくさんバイトをし金を溜め、一年後にはアパートを借りたいという夢もある。そしたら遊びにきた友達を泊めてやるんだ。  だから卒業式翌日には関西へ引っ越し、一日でも早くバイトを始めるつもり。  兄弟の多い我が家の忙しない朝食時間にも、ただ一つ、気がかりとして残っている件を考えてしまう。  中学からの友達、カズミチとマサムネのことだ。  俺はあの二人が友達として大好きだ。アパートを借りたら一番始めに泊まりに来てもらいたいと思っている。  彼らが疎遠になった高校一年の夏以降、カズミチの情報をマサムネに、マサムネの情報をカズミチに、さり気なく流し続けていた。  二人とも、俺の話を聞きながら相手の姿を想像し、せつなそうに微笑んだりするのだ。俺からしたら、もどかしくてたまらない。  前みたいに笑わなくなったカズミチ。前みたいに幸せな顔を見せなくなったマサムネ。  間を取り持つ俺が居なくなったら、どうするつもりなのだろう。二人の縁が完全に切れてしまうなんて、もったいなさすぎる。今もまだ好き合っているのは、明白なのだから。  というわけで、卒業式までに二人の関係を修復へと導きたい。  俺なりに策を練っているのだが、なかなか思うように物事は進まない。 「アキラ兄ちゃん、ソーセージ食わないの?俺が食ってやるよ」 「おい、やめろナオキ。今から食べるんだよ」 「ナオキ兄、ズルい。ハナも食べたい」 「だから、今から食べるって」 「ソーセージでケンカしないでちょうだい!それよりハナ、鼻水出てるわよ。マコ、拭いてあげて」  食事の時間に、少し考え事をしているとコレだ。我が家に、ゆっくり過ごせる空間は存在しない。  家を出て、最寄駅までの道のりを歩く。雲一つない晴天だが気温は低く、白い息を吐きながら、また彼ら二人のことを考える。  一週間ほど前には、マサムネに『卒業まであと二週間。カズミチとの関係を修復する気はあるのか?無いのなら、俺がカズミチに告白するぞ。マサムネは、それでもいいのか?』と大胆に揺さぶるメッセージを送ってみた。  華麗に既読スルーされただけだった。  今更、俺がカズミチを好きなフリするには、互いの距離が近すぎて、あまりに嘘くさかったのかもしれない。  いや、ある意味、俺はカズミチが好きだ。中学から二人を見ている俺としては、はっきり言ってマサムネが羨ましい。  でもそれは、俺がカズミチと付き合えばいい、という話ではない。陳腐な言葉だけれど、運命の二人、出会うべくして出会った二人、男同士だろうと、そんな雰囲気がカズミチとマサムネにはあった。  俺も早くそんな人と出会いたい、と羨望の目で彼らを見ている。  だからこそ、お節介を焼かずにはいられないのだ。  大雪で臨時休校した次の日には、足が痛いカズミチの通学をサポートしてやりながら、彼に告げた。 「カズミチ、俺がマサムネにガツンと言って関係修復するよう説得してやるから。カズミチも受け入れる心の準備をしておけよ」 「やめて、アキラくん。マサムネくんが迷惑するよ。僕は、卒業式で卒業おめでとうって伝えるくらいの会話ができれば充分なんだから」  健気すぎて、泣けてくる。ダメなんだよ、それじゃ。大学に進学したら本当に離れ離れになってしまう。 「いいから俺に任せておけって」  強くそう言ったら、カズミチは困り果てた顔になってしまった。  完全に俺一人が空回りしているようだ……。  あの日は、そんなタイミングで、マサムネが「おはよう」と声を掛けてきた。  だから俺は、「担任に呼ばれてて職員室行かないといけないんだわ。カズミチのサポート変わってくれるか?」と、またもやマサムネに白々しい嘘をついた。  でも、そこまでだ。  カズミチを困らせるのは本意ではない。俺はガツンとマサムネに言うのは、取り止めにした。  なのに、俺のそんな空回り行動が、誤解を生みだしてしまったらしい……。  電車に乗りこみ、ため息をつきながら、土日にやり取りしたメッセージを見返す。  まずは、カズミチとのトーク履歴を開いてみた。 『捻挫はどうだ?よくなったか?』 『ありがとう。もう痛くない』 『金曜の帰りは、マサムネに送ってもらったんだろ?』 『アキラくんがマサムネくんになんか言ったんだよね?マサムネくん無理してた』 『え?何も言ってないぞ』 『あまりにも話が出来過ぎてたもん。もうこれ以上、マサムネくんに迷惑はかけれない』 『迷惑じゃないだろ』 『僕はもう充分だから。ありがとう』  マサムネとのやり取りも見返す。 『金曜は、カズミチと帰ったんじゃないのか?』 『途中までな』 『途中?カズミチ、足痛いんだからちゃんと送ってやれよ』 『アキラ、カズミチのことが好きなのか?』 『は?』 『メッセージくれただろ、告白するって。カズミチもアキラのことが好きなのかも知れない』 『は?馬鹿なのか、マサムネ?』 『あぁ、俺は馬鹿だよ』  電車が学校の最寄り駅へ到着し、人波に流されて学校へと向かう。  少し前を歩くカズミチの姿が見えた。まだ少し足を引きずっているようだ。  駆け寄って話をしたかったが、自分の行動が二人に混乱を招いていると自覚した今、俺は歩みを遅くし、カズミチに追いつかないように距離を開け歩いた。  よく考えよう。もう嘘はダメだ。時間だってないのだから。  午前中、体育館で行われた合唱練習の間も、ずっと最善策を考え続けていた。  昼休み。カズミチにメッセージを送る。 『いい天気だから、放課後、屋上で一緒に写真を撮らないか?』 『もちろん、いいよ!』  続けてマサムネにも、同じ内容を送信する。 『OK、屋上な』 (どうかこの写真が、三人にとって、今後何度も見返す大切な一枚となりますように) —  屋上にはカズミチが一番最初に到着していた。 「ごめんな。足、痛いのにここまで階段登られて」 「全然、平気。それよりさ、見て、遠くの白い山が見えるよ。空気が澄んでて本当にいい天気」  今日は風がないので、太陽に当たっていると少し暖かい。  二人で景色を見ていると、ギー、と奇怪な音を立て扉が開き、マサムネが顔を出す。  カズミチを見つけ、彼の表情が少し固くなった。カズミチも、戸惑った顔をして立ち止まっている。  二人の物理的な距離が縮まらないから、俺は大きな声で話を始めた。 「あのさ。土曜日が卒業式だろ。俺、日曜日には大阪の叔母さん家に行くから、オマエらと一緒に居られるのもあと五日なんだわ」  二人が俺を見ている。 「だから、三人で写真を撮りたい。ただ撮るんじゃなくて、笑顔で撮りたい」 「笑顔で……」  マサムネが復唱する。 「そう。そのためにまずは誤解を解く。まず、俺はカズミチに告白したりしない」 「こ、告白?」  カズミチが驚いた声を出す。 「それからマサムネにガツンと言うのは、取りやめにした。つまりマサムネは、俺が頼んだからカズミチに親切にしたんじゃない」 「ガツン?」 「俺は友達として二人が好きだ。大学に入って彼女が出来たら、今日撮った写真を見せるつもり。俺の親友たちだって」 「彼女できる前提かよ」  マサムネはそう笑って、少し肩の力を抜いた。 「それから俺は、二人にまた恋人同士になってほしいと思ってる。そして、俺が借りるだろう超狭いアパートに、二人で泊まりに来てほしい」  カズミチが「超狭いんだ」と小さな声で笑う。  青空の下の俺たち三人に、燦々と太陽が降り注いでいる。まるで雪解けを促してくれているようだ。 「よし撮るぞ」  スマホを取り出し二人を呼び寄せる。 「アキラ、スマホカバー変えた?」 「おぉ、格好いいだろ。紫色だぜ。て、今はそんなことより、撮影に集中しろよな」  インカメラにして腕をできるだけ伸ばす。右にカズミチ、左にマサムネ、背景には校庭が写っている。 「カズミチもっと俺のほうに寄って。マサムネも、それじゃ入んないよ」  俺を中心に三人でギュッと顔を寄せ、何枚もの写真を撮影した。 「ほら、もっと笑えよ」「楽しいこと思い浮かべて」「脇をくすぐるぞ」  最後に撮れた一枚は、三人ともがちゃんと笑って、すごくいい顔をしていた。  その場で、カズミチとマサムネにメッセージアプリから写真を送信すれば、二人とも、満足そうに画像を眺めている。  俺はもう気が済んだ。友達として、やれるだけのことはやった。あとは二人の問題だろう。 「日曜日までに二人の仲が元に戻ったらさ、俺にこと東京駅まで見送りに来てくれよ」  その言葉に、カズミチがチラッとマサムネを見る。マサムネもカズミチを見る。二人の目がパチッと合って、恥ずかしそうに視線を反らす。  小さなハートが飛んでそうな雰囲気に、少し腹が立った。 (オマエら。俺が今まで、どれだけ気にかけていたかも知らないで!)  卒業までの最後の親切に加え、最後の意地悪もしてやろうという気分になる。 「じゃ、カズミチ帰ろうぜ」  マサムネが「え?」という顔をするが、声には出してこない。 (そういうところだぞ、マサムネ。不満があるなら口にしろ) 「じゃあな。また明日」  屋上から、戸惑うカズミチを連れ去ってやった。

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