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第8話 噛み痕と余韻

 岳斗の息が荒くなっているから、次に腰を揺らし始めればいつでもラット状態になるだろう。  いよいよ番になる瞬間が近づいてきたということでもある。  航は緊張から唾液を嚥下した。 「航、キスしたい。自我があるうちに、いっぱいキスしたい」 「僕も」  繋がったまま、唇を重ねる。岳斗のキスは優しくて、彼の性格をそのまま表しているようだ。これまで友人として航を守ってくれていた、その善意に嘘偽りはないと証明してくれる。  オメガのフェロモンに当てられ、ラット状態に入ろうとしているにも関わらず、航を包み込んでくれる。  降り注ぐキスで、少しでも緊張を解そうとしてくれているのだろう。激しく求めたいくらいにお互い興奮しているのに、柔らかく触れる唇は泣いている子供あやすように優しい。  きっとこの唇が離れた瞬間が、ラット状態に入るスイッチとなりそうだ。  夢中で唇を求め合う。  岳斗の男根が最奥まで押し込まれ、航はキスをしながら体を痙攣させて最高潮に登り詰めた。 「んんっ~~!!」  叫びたいほどの快感だった。ずんと体が圧迫され、目の前に星が閃光する錯覚を覚える。  岳斗も航の腰を両手で鷲掴みにし、腰を強く押し付けた。しかし吐精には至らず、またしても航だけが達してしまった。 「一緒にイキたかった」航が寂しそうに呟くと、「これからが本番だから」余裕のない表情で岳斗が答える。そして遂にラット状態に入った岳斗は、途端に無口になり律動を早めていく。  腰が打ち付けられるたび、淫靡な音が鳴り、オメガの液が迸る。  屹立からは突かれる度に白蜜が溢れ出る。  もっと荒々しくなるのではと身構えていたが、岳斗は至極丁寧に愛を注いでくれる。なので航は頸を噛まれるその瞬間まで、安心して岳斗に自分の全てを預けられた。  航をうつ伏せにさせると、頸しか目に入っていないかのように啄んだり舐めたりしてくるので、航もいつ噛まれても良いように意識を集中させた。  番になる瞬間まで、どうにか意識を保っていたかった。  短く息を吐き、快楽の波に呑まれそうになるのを必死に耐える。 ———早く、早く噛んで……!!  心の中で叫ぶ。岳斗は無言のまま、動きを激しくさせた。 「あっ、んぁあっ、ん……」  四つん這いになった体勢で、腕の力が今にも抜けそうになっているのを耐えるので精一杯だ。 「岳斗、噛んで。噛んで……」  今度は無意識に声に出していた。  ふー、ふー、と岳斗は呻り、航に答える言葉も出てこない。  背後から覆い被さる様は、肉食獣のような迫力のあるオーラを纏っている。それでも岳斗を怖いとは思わなかった。顔だけ振り向くと、岳斗が口を開き、鋭い犬歯が口中で光った。 ——来る……!!  顔を伏せ、身構える。岳斗の圧が掛かったと思った次の瞬間、体の中に熱が放たれ、頸には鋭い痛みが走った。 「いっっ……」  意識が飛ぶほどの激痛に、目の前に星が散る。  岳斗は容赦なく歯を食い込ませる。ドクンドクンと心臓が大きく伸縮している。岳斗は噛みついたまま、長い吐精を続けた。腰を痙攣させながら、航の中に白濁を注ぐ。  同時に達した航は潮を吹きながら、全身を戦慄かせた。  鋭い痛みは番になった喜びとして全身を奔流する。  岳斗は震えながら顔を離したが、興奮状態から直ぐに覚めるはずもなく、更に三度吐精するまで律動を止めなかった。  ようやく冷静さを取り戻した岳斗と、抱きしめあって番になれた感動を分かち合う。  息切れが酷くてお互いまともに喋れない。それでも口付けて好きだと伝える。 「やっと番になれた。俺だけの航になった」 「番が岳斗で嬉しい。ありがとう、岳斗」 「頸、痛むよな。真っ赤だ」 「平気だよ。僕も噛み痕が見たい」  クールダウンするまで時間がかかりそうだ。お互い感じているのか、なんとなく喋るのを止めなかった。    オメガでも幸せになれる。航が望む未来を岳斗が与えてくれた。感謝の気持ちが溢れ出る。  汗と精液でびしょ濡れになっていても、肌を密着させ、唇を求める。 「航の発情期の間、何度でも俺に抱かせて」  言いながら、岳斗は航の額にキスをした。  ───しかし、俊輔と別れたと思っていたのは航だけだったようだ。  玄関の鍵が開けられ、名前を呼びながら部屋のドアが開く。全裸の二人の前に、呆然と立ち尽くしていたのは俊輔だった。失くしたと言っていた合鍵を見つけたらしく、気まぐれに部屋を訪れたのだろう。  その表情から怒りが伝わってくる。  岳斗は航を抱きしめ、俊輔を睨みつけた。

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