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第9話 威嚇

「航、お前はまた俺を裏切るのか」  俊輔の声が震えている。次には大声で怒鳴られる。それを察し、航は怯えて身を竦めた。  そんな航の耳許で「大丈夫、俺がいるから」岳斗が囁く。髪を撫で、自分のシャツを肩にかけてくれた。  何も言い返せず、岳斗に隠れるように顔を埋めると「航!!」俊輔から怒鳴られ小さく悲鳴を上げる。 「なんとか言えよ!! この淫乱オメガ!! ついこの前話し合ったばっかだろ。何でもう浮気してんの? オメガのフェロモン撒き散らして臭ぇんだよ」  俊輔は怒鳴りながらもベッドに近付こうとはしない。本気で航を穢らわしいと思っているのか、それとも岳斗の様子を伺っているのか、意図は読めなかった。  岳斗は俊輔の言葉に更に睨みを利かせ、しかし冷静さは失わずに言い返す。 「何が言いたいのか分からないな。航は俺の番。あんたは航の何者でもない。むしろ、勝手に部屋に上がらないでもらいたいね。ここの空間が穢れてしまう」  岳斗のこんな冷淡な声を初めて聞いた。静かなのに突き刺さるような鋭さを持ち合わせている。  俊輔のリアクションを見て、アルファ同士で威嚇し合っているのだと察した。  岳斗のアルファ性が俊輔を上回っている。オメガの航には何も伝わらないが、たじろく俊輔を見ていると、それがどれほどの威力なのかは容易く知ることができる。 「誰だか知らねぇけど、喧嘩売ってんの? 俺と航の話し合いの邪魔すんなよ」  必死に抗うも、さっきまでの威勢はない。  強気な姿勢でいることが、せめてもの抵抗だと物語る必死な様子に、岳斗は鼻で笑った。 「邪魔しているのはそっちでしょ。オメガの匂い? そんなの、あなたに分かるはずないよね。だって、もう航の匂いは俺にしか届かないんだから」  岳斗は航を抱き寄せると、俊輔に向けてさっき噛んだばかりの頸を見せつけた。くっきりと刻み込まれた歯型からは、真っ赤な血が滲んでいる。 「あなたは哀れな人だ。俺と航は運命の番。それでも桜庭さんを諦めきれない航は、ずっとあなたが番ってくれるのを待っていた。  俺だって航を想いながらも、航があなたを選ぶなら見守るしかないと見守っていたんだ。でも、やはり運命が勝った。桜庭さんが航を相手にしなかったのは、俺と航が番になれるよう神様が導いてくれたとしか思えない。  あなたが言う臭い匂い? それって航があなたに向ける嫌悪感の表れでは? オメガはぞんざいに扱ってはいけない。丁寧に愛でてあげると、極上に甘い香りを放ってくれる」 「何を……言って……」  俊輔は航の頸の噛み痕を見て驚愕した。本当に自分以外の人と航が番になるなど、思ってもいない出来事であるに違いなかった。どんなに雑に扱えど、大人しく従順な航が自分に逆らうなど想像もしていなかったはずだ。  一歩、後ずさったことに俊輔自身も気付いていない。  しかしその僅かな行動に、岳斗は俊輔の惜敗を見逃さなかった。 「航、見せつけてあげようか。航の発情期さえ気付かない彼に、君がどんな可愛らしい声で啼くのか」  蠱惑的な笑みを航に向ける。  岳斗は航の顎を指で上げ、俊輔に見せつけるように口付けた。 「ん、ぅん……ふ、ん……」  扇状的な口付けに、航は瞬時に蕩けてしまう。お互い体力の限界まで求めあった直後とはいえ、航は発情期に入ったばかり。こんな劣情を唆るようなキスをされれば、簡単に昂ってしまう。  岳斗は頸の噛み痕を指で辿りながら、口腔に舌を滑り込ませ蹂躙する。  さっき肩にかけてくれたシャツをするりと落とされ、露わになった華奢な背中に岳斗の手が滑る。 「お、おい、やめろよ。人前だぞ」  動揺を隠せない俊輔はこの場から逃げ出したいのだろうが、体が動かない様子であった。  チラリと俊輔を見た岳斗は、威圧を送りながら布団を剥ぎ取り、びしょ濡れになったままの航の下半身を晒す。 「航、ここに俺の精が欲しい?」  優しく訊ねる。再びヒートを呼び起こされ、快楽に鋭敏になっている航は、涎を垂らしながら頷いた。 「岳斗の、精液? 欲しい。この中に、まだまだいっぱい注いで欲しい」  アルファのフェロモンに当てられ、まだ自我を取り戻していない航は、本能のままに岳斗に迫る。また自分の中に岳斗の男根が這入ると思っただけで体が疼いて中心に芯が通ってしまう。 「期待してとろとろになってる航、可愛いよ。本当は俺だけのものにしておきたいけど、あいつに分からせるために今回だけは自慢させてね」  チュッと音を立て口付けると、岳斗は俊輔に見えるように航を向き直させ、両脚を極限まで広げた。 「あっ!! ん、や、やだ。こんな格好、恥ずかしい」  昂った屹立、期待に引くつく孔までもが丸見えになっている。岳斗は航に自分の手で脚を抑えておくよう言うと、背後から腕を回し乳首を弄り始める。 「あっ、あ……ん……待って、そこは……」 「航、だめ。可愛い君を見せつけてるんだから。あいつがどんなに極上のオメガを捨てたのか、後悔させるためにね。だから今は、目一杯感じて、俺にして欲しいこと全部言って」  乳首に爪を立て、キュッと抓り、掠るくらいに触れたまま乳暈を撫でる。 「あんっ、そこばっかり……ひゃっ、だめ、イッちゃう」  体が大きく爆ぜる。何度も何度も、ビクンと背中を撓ませ咽び啼く。  俊輔はその一部始終から目が離せず、ズボンの中で隆起した男根を押さえつけていた。  航の屹立の先端から透明の液が垂れる。  岳斗に体を委ね、快楽に溺れるこんな航の姿を見たのは初めてのはずだ。  必死に腰を振り、「挿れて欲しい」と懇願する航に、岳斗はそのままの体勢で男根を挿入する。 「あっ、はぁぁ……ふか、い……んぁぁああ!!」  さっき何度も達した航の体は、最奥を突かれただけで絶頂に達し、白濁を飛ばす。岳斗はそれでも律動を止めず、下から突き上げながら航の腰を押し込めた。 「気持ちい……気持ちい……」 「もっと欲しがっていいよ」 「でも奥、ずっと当たって……んぁぁ、んん~~!!」  航は嬌声を上げ、俊輔に向けて白濁を迸らせた。 「っく……そ……」  耐えきれなくなった俊輔はズボンと下着を最低限ズラすと、自分の男根を慰め始める。  これまで蔑ろにしてきた恋人の、本能のままに乱れる姿を目の前で見せつけられ、体の疼きが治らず、扱き始めて瞬く間に白濁を飛ばした。  それでもこの部屋に充満しているセックスの淫猥な匂いに、興奮が覚める気配はない。目の前で繰り広げられる二人の情交から視線を離せないまま、何度も自慰で慰めていた。  岳斗は勝利の笑みを浮かべ、航が潮を吹き、意識を飛ばすまで責め続けてくる。  ぐったりと岳斗に凭れかかる航を、ゆっくりとベッドに寝かせ岳斗は俊輔に侮蔑の眼差しを向けた。 「……さっさと出ていけ」  自分たちの邪魔をするなと物語る、激憤を含ませた声を一言飛ばすと、俊輔はズボンを必死に上げながらよろめく足で部屋から出た。 「深夜に勝手に人の家に上がるなんて、常識も何もあったもんじゃない。結局、合鍵も持って帰ってしまった。これ以上、航をここに住まわせるのは危険だ」  俊輔が玄関から出たのを確認すると、しっかりと戸締りをした。

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