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第10話 夢見た未来
翌日になり、昼過ぎまでぐっすりと眠った航は、目を覚ますなり昨夜の全てを思い出し悶絶した。
ヒートで自我を失っていたとはいえ、他人に見られながらセックスをするなど(しかも元恋人の前で)人生で一度だって経験するとは思っていなかった。
いっそ全ての記憶がなければ良かったのだが、嫌気がさすほど鮮明に、岳斗から与えられた快感も何もかもハッキリと思い出せる。
隣で航を抱きしめて眠っている岳斗にチラリと視線を移す。岳斗も自我を失っていたのだろうか。アルファ同士の諍いが、あろうことか番になった直後に勃発するなどあり得ないことだ。
もしも昨日、航が一人で過ごしていたなら、また俊輔に流されていただろう。
今思えば、これまで俊輔にはアルファの威圧で意図的に抗えなくされていた。岳斗はそれを上回るアルファ性で、航に影響が及ばないように配慮してくれていたのだと思う。
もっとも、番ができれば他のアルファの威圧も届かないのかもしれないが……どちらにせよ、岳斗が守ってくれたのには変わりない。
「ありがとう、岳斗」
眠っている岳斗の眦に柔らかくキスをした。
「おはよう、航。体は大丈夫?」
夜は無理をさせたと開口一番、謝罪する。
「全然、平気。むしろスッキリしてる。僕、発情期にこんなに寝られたの初めてだよ」
「それなら良かった。航のオメガ性が強いとは知っていたけど想像以上だった。番になって、桜庭さんが来て、次の瞬間には航のヒートの波がきて……。
俺があれだけ抱き潰したのに、あんなに短いスパンでヒートが来るとは思ってなくて。だから余計に桜庭さんが許せなかった。今までこんな航を放っておいたのかって、自分でもコントロール出来ないくらいの怒りが湧き上がったんだ」
それで、目の前で俊輔に見せつけたのだと言った。航がどれだけ発情期に飢えていたかを思い知らせるために……。
「恥ずかしかったけど、でも、おかげでオメガ性が満たされた。いつも発情期に入って三日くらいは寝られないくらいだから。全部、岳斗のおかげ。岳斗が僕を諦めないでいてくれて良かった」
岳斗の懐に顔を埋める。
岳斗は航をしっかりと抱きしめ、「諦められるものか」と呟いた。
「航、この発情期が終わったら俺のマンションに引っ越そう。ずっと俺の側にいてよ。じゃないと、いざという時に守れないのは嫌だから」
「嬉しいけど、急すぎるよ。それに、俊輔くんも二度と来ないと思うし」
「航は優しすぎる。俺は絶対に来ると思う。合鍵も、持って帰ったしな。それに、単純に今までの分まで、一緒にいる時間を確保したい。許される時間全てを航と二人きりで過ごしたい。俺の我が儘だって分かって言ってる」
真剣な眸で見詰められ、本気なのが伝わってくる。そこまで言われて、断る選択肢はない。
「僕も、岳斗と一緒にいたい。だから、岳斗が迷惑じゃないなら同棲……したい……です」
「本当に!? 嬉しい!! 引っ越しの手配は全部俺がやるから、航は身一つで来てくれればいいからね!! あぁ、番って凄いな。最高の気分だ。航が俺のマンションで住むなんて、発情期が明けるのが楽しみで仕方ない」
「ごめんね、僕のオメガ性がもっと弱ければ早く引っ越せるのに」
「違う。そういう意味じゃないって。航の発情期は、俺がずっと付き添うから安心して。何度も航を抱けるなんて、俺得でしかない。この一週間だけじゃなく、本当は航が一人じゃ何もできない人になるくらい甘やかしたいのに」
「それは、僕が困るよ」
岳斗の言葉にくすくすと笑ってしまう。
それでも宣言通り、岳斗は航がヒートを起こす度に抱き潰してくれた。たっぷりと精液を注いでくれ、満たされた体はこれまでよりもずっと楽で、不眠に陥ることもなく、食欲がなくなることもなく毎日お風呂にも入れた。
「番っていいな」
航も岳斗と同じセリフを、口癖のように零してしまうほどだ。
そうして一週間の発情期が明けると、岳斗のマンションに引っ越した。
「今日から、ここが航の家でもあるからね」
招き入れられたマンションは、アルファが住むに相応しい立地に豪奢な建物だ。
何気に岳斗のマンションに来たのは初めてで、こんな所で一人暮らしをしていたのかと、玄関に入るのでさえ躊躇ってしまう。
「父が経営してるマンションの一つなんだ。だから家賃も何もいらないから」
「こんなに広くて綺麗だなんて、一度も教えてくれなかったじゃないか」
「言えば航が引いてしまうと思って……。それもあって、なんとしてでも番になりたいって悶々としてたよ」
導かれ、中に入る。
荷物は衣類や勉強道具くらいなもので、あとは全て処分した。なので二人で運んで片付けもあっという間に終了した。
「改めて、よろしくね。航」
「こちらこそ、お世話になります」
深々と頭を下げる。顔を上げると目が合ってしまい、同時に吹き出した。
「この空気やめよ。こっち来て。部屋を案内する。航の部屋はあるけどベッドは一つだからね。これだけは譲れないからね。発情期じゃなくてもセックスするからね」
早口で喋りながら、「待って、自分の家に航がいるなんて、我慢できない」と航を抱き上げ、寝室へと移動する。ベッドに傾れ込むと、そこは岳斗の匂いが濃過ぎるくらい強かった。
トクンと心臓が波打つ。
「航、甘い香りがする」
「岳斗に包み込まれてるから、本能が悦んでるみたい」
「じゃあ、どうしてほしい?」
「キスしてほしい」
ゆっくりと顔が近付く。
ねっとりと舌を絡ませながら、キスはどんどん官能を帯びていく。
「キスだけで満足?」
「もっと、もっと岳斗がほしい」
「望むままに、俺の番……」
発情期は明けていても、気持ちいいのは変わらなかった。
運命の恋に縋るように、岳斗を求めた。
その後の俊輔は知らない。
もし会いにきても、常に隣に岳斗がいる限りは近寄れないだろう。
岳斗は大学内でも航との関係を隠そうともしないものだかは、二人は瞬く間に学内で最も有名な恋人になった。
「ねぇ、航。俺を選んでくれて、ありがとね」
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