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Act1.帝光学園 桜の木の下で、あなたと……《Side 桐生彩都》

 雲ひとつない晴れ渡った空を眺めながら、両手を突き上げるように上げて深呼吸をする。  自分が「学校」へ通えるなんて夢にも思わなかった。ドラマや映画、アニメなんかの過去の映像データで見たことはあっても「制服」に袖を通すのは、これが初めて。私服や()()()と違って、かっちりしている。スーツにそっくりな形状をしていて、ちょっと窮屈だなと苦笑した。  そんな新しい発見ができただけで心が躍る。  そよ風が吹いてサラサラと心地のいい音が聞こえてくる。視線を移した先には、青々と茂る木々。桜の木だ。  桜の木は家の周りにもあったけど、兄さんや姉さん、おばさん、おじさんと一緒に公園で花見をしたときのほうが記憶に残っている。  白にも、淡いピンクともとれる小さな花を枝いっぱいに咲かせて、きれいだった。ふわりふわりと花弁が舞い落ちていくのを見ながらおばさんの作った、お弁当を食べながら兄さんや姉さんの学校の話を聞いたり、おじさんや、おばさんの仕事の話を聞く。  ほかの人が当たり前にやっていることが、とても新鮮で、桜の並木道にできた花の絨毯の上を歩いたのも、すごくすてきだった。 「……今年は桜、見えなかったな」  残念な気持ちになりながら日に透かされた新緑を観察する。光の加減で黄緑にも、薄い黄色にも、はたまた水色にも見える。まるで海中を自由自在に泳ぐ魚の大群みたいだ。  初夏の清々しさを味わっていると誰かがやってくる。  伊那やルーク、()(ろう)ちゃんじゃない。不知火先輩か土井先輩が迎えに来てくれる約束だったから三人は寮で待機している。  警戒しながら校舎のほうから正門前に向かって、まっすぐ歩いてくる人物を凝視する。  赤銅色の髪に血の色をした珊瑚や彼岸花のように深い赤色の目。瞳とおそろいの色をしたピアスが輝いていた。  不知火先輩が四大元素の火の能力者で、燃え盛る炎のような髪や瞳を持つのなら、この人は――ルビーやガーネットのような宝石を連想させる。  長身の男性は大人びた顔つきをしているが、ネクタイの色は青。僕と同じ高等部の一年生だ。  眉間にしわを寄せ、鋭い目つきをしている。威風堂々とした姿は見るものを圧倒される。そんなオーラを放っている。  すごく気難しそうな人、というのが第一印象だった。 「桐生彩都さんですか?」と声を掛けられる。 「はい、そうです」  なんでこの人、僕の名前を知ってるんだろう?  唇に人差し指をあてていれば、男の人が「生徒会補佐をしている一年の荊棘切頼人と申します」と答える。「本来ならば生徒会長である不知火が、あなたを迎えに行く予定でしたが、こちらの手違いにより(きゅう)(きょ)、俺があなたの迎えをすることになりました。待たせてしまって申し訳ありません」  頭を下げる荊棘切さんのつむじを目にしながら、はっとする。 「事情があったのなら仕方ありませんよ。どうか頭を上げてください」  すると彼は、口元をゆるめ、まなじりを下げて、ふっと微笑んだのだ。  その顔に心臓がドクンと大きく音を立てる。 「そう言ってくれて、ありがとうございます。帝光学園へようこそ。今日一日、どうぞよろしく」  瞬間、全身に電流が走る。 「桐生さん……どうしました? 目にゴミでも入りましたか?」 「えっ……」  気がついたら僕は泣いていた。  悲しかったり、痛い思いをしているからじゃない。うれしかったのだ。  彼に会えたことを喜ぶあまり感極まって目から涙がこぼれたのである。  理由はわからない。だって荊棘切さんと会ったのは、これが初めてのはずだから。  自分の感情に混乱しながら、取りつくろうように嘘をつく。 「ええ、ちょっと、まつ毛が入ってしまったみたいで」  目の中に入った逆まつ毛を取るふりをしながら涙を指先で、ぬぐい去った。 「大丈夫ですか? 保健室に行きます?」 「いえ、大丈夫です。すみません、急に泣いたりして」 「なんでもないのなら、よかったです。では、行きましょう」  そうして校内を彼に案内してもらう。  広い敷地内を見ながら彼の後ろをついていく間、不思議な心地がする。  初対面の人と会話をするのは苦手だし、()の可能性も考えて用心するよう、お母さんから教わって生きてきた。  だから最初の間は誰とも打ち解けることができない。信用も、信頼も長い時間を掛けて、その人の言葉や行動を見定めてからじゃないと無理だ。  それなのに、なぜか荊棘切さんのそばにいると、ほっとする。  今日出会ったばかりの人なのに、この人は信じるに値する人間だ、と僕の中の何かが告げる。  おじいちゃんと、お父さんの様子がおかしくなってから、お母さんと、おばあちゃんの手を借りて、おじさんや、おばさんの家に預けられた。  名前を変え、容姿を偽り、別人として過ごすように偉い人たちから言われた。  逃げ回っても、正体不明の()()()()がやってきて、僕の日常を奪っていく。  きっと、ここにも必ず、やってくる。比較的安全ってだけで、もうすでに、この学校の中の誰かに()を植えつけているのかもしれない。  そうしたら、また、すぐにべつの場所へ移らなきゃいけないんだ。  真剣な顔つきをして懇切丁寧に説明してくれる荊棘切さんの顔を見つめながら、自分の手をギュッと握りしめた。

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