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Act1.帝光学園 手の内を明かす3
「も、申し訳ありません……」と震え声で謝る彼に罪悪感が募る。
首の後ろをかきながら、弱ったなと頭を悩ませる。彼に、どう接したらいいのだろう?
「ふたりきりで緊張するなら扉の向こうで待ってるやつらも、ここへ呼ぶか?」
「いえ、このままがいいです!」
食い気味な様子で返事をする彼に戸惑いながら「ああ、わかった」と答え、生徒会室に設置されているドリンクサーバーの紙コップを手に取る。
「コーヒーは飲めるか?」
「はっ、はい。飲めます」
「砂糖入りの甘いのしか出ないが……」
「大丈夫です。荊棘切さんに入れていただくものなら、なんでも……うれしいです」
「ホットとアイス、どっちにする?」
「ホットでお願いします」
佐藤に出したのと同じカフェオレを入れ、カップを机の上に置く。
「どうぞ。熱いから、ゆっくり飲んでくれ」
「ありがとうございます。いただきます」
眉を八の字にしながら微笑みを見せた。
これで気分を落ち着けて、いろいろと話してくれれば、佐藤の言っていた言葉の意味もわかるだろう――そう思いながらソファに座ろうとした。
カフェオレを飲もうとして桐生は手元を狂わせ、紙コップを倒し、木製の机の上に明るいこげ茶色の液体をこぼしたのだ。
「ご、ごめんなさい……すぐに拭きますので……!」
涙目になりながら、やつは上着のポケットから出したポケットティッシュで汚れを拭く。
「やけどはしていないか?」
「はい。でも机を汚してしまいました。申し訳ないです」
「問題ない。上杉なんて絨毯にラーメンをぶちまけたこともあるからな」
机の上に設置されているケースからウェットティッシュを取り出し、砂糖によりベタついた机をきれいにする。
冗談を言っても桐生の表情は曇ったままだ。
「本当、あなたに迷惑ばかり掛けてますね。何やってるんだろう、僕……」
「普段やらない失敗をすることも、ときにはある。気にするな」
自分のデスク脇に設置してあるゴミ箱を引き寄せる。
完全に萎縮している桐生は、紙のように白くなった手に汚れたティッシュを捨てるように言い、ウェットティッシュを使うことを勧める。
アルコールを染み込ませた合成繊維で編まれた薄布で手の汚れを拭き取りながら、彼は顔をうつむかせたのだ。
「朝だって僕のせいで一騒動起きて、ほかの方の朝食の時間を邪魔してしまいました」
「三十分、授業の開始時刻が遅くなったな。だが生徒会と風紀で電子証明書の発行をしたから、あの場にいた人間もほかの食堂で全員朝食をとれたぞ。調理員が必要とする材料費や給料、残業代については事務の会計が対応している。食堂の片づけとしこみに必要な食材は、俺の付き人が準備し、通常通りの業務ができる状態へ回復した」
「でも、」とかすれた声を出す。
やつは、ひざの上に置いた小さな手をギュッと握りしめた。
「アンチ王道転校生である僕がこの学園に来なければ、あんなことも起きませんでした。生徒会の皆様が仕事をこなさなくなったのも、荊棘切さんにしわ寄せが行くこともなかったはずです。なんと、お詫びしたらいいのか……」
――桐生と話したのは会長から彼の校内案内を頼まれたとき以来だ。
荊棘切である俺に護衛を頼みたいと言い出したのは桐生だと聞いた。ホワイトハッカーを名乗る佐藤とつるみ、俺の正体も知っているのだから、こ ち ら 側 の人間だろう。
だからといって彼が、人を騙し、猫をかぶっている人物だとは思いたくないのが本音だ。
「顔を上げてくれ、桐生」
「荊棘切さん?」
「会長である不知火と会計である土井は、すでに仕事を休むと顧問に連絡を入れている。書記である風 見 鶏 、広報と庶務の黒 白 兄弟は、もとから生徒会の仕事をサボりがちだったし、まじめにやってない。そして副会長の水無月は、おまえがいやがっているにもかかわらず、しつこく迫っているそうだな」
「それは僕が、はっきり『やめてください』と言わないから、あの方を期待させてしまうんです」
「ここは生徒会や風紀を天の上の人間のように扱うから断りづらいだろう。親衛隊の連中も今朝のように絡んでくるしな。おまけに副会長の母親は世界的な女優で、やつもツラがいい。昔から男女問わずモテているから桐生が自分に惚れないのはあり得ないと躍起になるのだろう。
だがスクールポリスや、ほかの生徒たちも、副会長がアタックしているところを見ているし、おまえが交際を断っているところも見ている。書記たちは、おまえを利用して遊んでいるところもあるんだ。揉めごとを起こさないように配慮しているのだから、そんなに気に病むな」
「荊棘切さん」
自分で、自分の発言に驚かされる。桐生にも少なからず原因があると言おうとしていたのに、逆に彼をかばうような言葉を口にしたからだ。
「おまえに聞きたいのは副会長の親衛隊や、そのほかの連中との関わり合いについてだ。話してもらえる範囲でいいから教えてくれないだろうか」
「……はい」と桐生は姿勢を正し、首を縦に振った。
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