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第32話 【アクセラード視点】胸を借ります 

「俺なりに全力を尽くします」 母上にはそう言ったものの、胸中はなかなかに複雑だ。目の前に立つ兄上は闘志だけでなく、明らかに「たたきのめしてやる」という意思を前面に出していた。 「修練場には結界を張っておくわ。修練場は壊れないから、存分になさい」 母上の言葉を背に、俺は兄上の方へと歩みよる。 「胸を借ります」 「ふん、ちゃちな魔法など使う暇は与えんぞ。格の違いを思い知るがいい」 兄上が静かに剣を構えた。 両腕を上げ剣先は俺の顔へと向ける、攻めとともに防御にも優れた型だ。スッと伸びた背筋が美しい。 顔を見ればからんできて、毎回俺を見下すような発言ばかりしてくる兄上は正直苦手だが、剣を構える時の静謐なたたずまいには、いつも見惚れてしまう。 今まで兄上に勝てた試しなどない。兄上も父上も、ラットファム家に相応しくあるために鍛錬を続け、騎士仲間からも『人外』と言われるほどの実力者だ。 剣だけで戦えば万にひとつも俺に勝ち目はないだろう。これまでは兄に勝つなんておこがましいことだと、想像したことさえなかった。 よく女の子に間違えられていた俺とは違い、子供の頃から兄上は体格も良くて、物心つく頃には身体能力の差は明らかだったし、兄上の剣術の才は俺から見てもずば抜けていて、きっと剣の神に愛されているんだろうといつも羨ましかった。 だが、魔法込みで戦えば、イールの言う通り、俺にも勝機があるのではないか。 敵わぬまでも、俺の生き様やこれまでの努力は証明できるかもしれない。 そう思った。 「アクセル様、頑張って! 絶対に勝てる!!!」 イールの、何にも心配していないような朗らかな声援に、ふと頬が緩む。 その声を聞くだけで、不思議なことに兄の姿がいつもより小さく見えてきた。 強者のオーラは炎のように兄上の体を包んで巻き上がるように強く見えているというのに、それでも勝てない敵ではないと俺の本能が告げている。 イール、君の言う通り、俺の全力を尽くせばいい勝負ができるだろう。 イールにひとつ力強く頷いてみせてから、俺は鍛錬場の真ん中に向かう。右手で剣を構え、左手は遊ばせる騎士らしからぬ構えだ。 父上や兄上の前でこれをやるのは勇気が要るが、これが俺の今の戦闘スタイル。そして、俺の決意の形でもある。 「ふん、ラットファムの者とも思えぬ醜い構えだな。父上の教えも、騎士の流儀も忘れたか」 案の定、兄上があからさまに眉を顰める。けれどもうその威圧に気圧されるつもりはない。 「魔法も剣も自在に使える……俺なりの、戦闘に特化した最高の構えです」 この勝負の裁定を務める父上が、感情の見えない表情で俺たちの間に立つ。 「言葉は不要だ。自らの主張は、戦いの中で技を以て語るが良い」 父上の重い声が響く。俺も兄上も、言葉を発しなかった。 「始め!」 父上の声が響くと同時に、凄まじい勢いで兄上が修練場の土を蹴った。 そう認識した瞬間には剣が俺の頭上に振り下ろされる。片手で止められるほど兄上の剣は軽くない。だが、これは想定通りだ。兄上は昔から、初撃に渾身の一撃を放ってくる人だった。 右手の剣で初撃を受け止めた瞬間、兄上の腹めがけて思い切り衝撃波を打ち込んで剣の重さも兄上自身の身体も弾き飛ばした。 動きが速い魔物は追っても疲れるだけだ。攻撃のために向こうから近づいてくる瞬間を狙うのが一番効率がいい。その経験を活かした反撃だった。 兄上は驚くほどあっけなく修練場の端まで吹き飛んで、壁に背中をしたたかに打ち付ける。 無論、この程度で戦意を喪失するような兄上ではない。 「ぐっ……」 それを充分に理解していた俺は、兄上が呻きながら立ち上がろうとする隙に自らに肉体強化とスピードアップの呪文を重ねがけする。B級の魔物と戦うくらい、思い切ってあげておかないと無理だろう。 「まさか俺の一撃を防ぐとは思わなかったぞ!」 たいしたダメージも負わなかったのか、すぐに体勢を立て直した兄上は一瞬で間を詰めて打ち掛かってくる。さすがに打たれ強い。 だが、俺もB級魔物と戦えるレベルの身体強化をかけている。先程よりもはるかに軽く受け止めることができた。兄上の剣を跳ね上げこちらから積極的に幾度となく打ち込むが、驚くほど華麗に捌かれてしまう。けれど、兄上の額には、ジワリと汗が滲んでいた。 「いつものお前より、体捌きも剣筋も早い。めちゃくちゃな構えのくせに、生意気な……!」 「肉体強化とスピードアップで身体能力を底上げしています」 「なるほど、魔法か……だが、その程度で俺に勝てると思うなよ?」 激しく剣で打ち合っていたところにフ……と兄上の力が抜けて、俺は僅かに体勢を崩した。まさか兄上が力押しでは無くフェイントをかけてくるとは思わなかった。 その隙を兄上が見逃す筈もない。 「身の程を思い知るがいい!」 目に見えぬほどの速さで兄上の剣先が空気を裂いた瞬間、凝縮された気が巨大な刃となって俺に襲いかかる。とっさに防護壁を張ったが、それすら切り裂く。まるで強力な魔法を見た気分だ。 「終わりだ!」

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