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第41話 すれ違いの終わり、重なるぬくもり
土曜の昼前、日比野はテイクアウトの袋を抱えて高村の家にやってきた。
「これ、一度やってみたかったんだ」
得意げに袋を差し出す日比野を見て、高村は思わず笑う。
「なに買ってきたの?」
「じゃーん、鰻重!」
「え、結構したんじゃない?」
「大丈夫、大丈夫。手頃なお店だから」
高村がお茶を入れている間に、日比野はダイニングテーブルに並べていく。
久しぶりに訪れた高村の部屋は、以前とほとんど変わっていない。生活感はあるけど…誰かの気配はない。
(……いやだな。探りにきたわけじゃないのに)
嫌な見方をしていると首を振ったとき、リビングのラックに見覚えのある二匹の置物を見つける。
「……あ!置いてる」
ぱたぱたと近づき、寄り添うように並んだ二匹を覗き込む。
「可愛い。くっついてる」
「……その形がしっくりきたから」
お茶を運んできた高村が小さく笑い、「食べようか」と促した。
「……美味しい。鰻いいね」
「よかった。ここの、結構評判いいんだ」
二人で食べるご飯は本当に久しぶりで、それだけで胸があたたかくなった。
食後、ソファで一息ついていると、高村が隣に腰を下ろし、伺うように日比野を見た。
「……どうする? 日比野がしたいようにしていいんだけど…」
「……じゃあ」
日比野は立ち上がり、ためらいがちに高村の膝へと腰を下ろした。
両腕を高村の首に回し、向かい合う形になる。
驚いたように固まる高村。
「……嫌だった?前にもこうしたから、大丈夫かと思って…」
そう言いかけたとき、やさしく腰に腕が回された。
「……俺が嫌なわけないよ。…ただ、」
「ん?」
「………日比野が、嫌じゃないのかな…って…。それがすごく、不思議で」
高村が視線を逸らす。
日比野は逆に首を傾げた。
「……前にも言ってたよな、それ。なんで?
俺、嫌なんて思ったことないけど」
そのまっすぐな瞳を見つめた瞬間、高村の胸に違和感が走る。
(……あれ? これ、もしかして)
「……日比野」
「ん?」
「……前に、中野から俺の好きな人の話、聞いたよね」
「……うん、聞いた」
「誰のことか、わかってる?」
「……え、知らない。俺の知ってる人なの?」
きょとんとした顔。
高村は思わず天を仰いだ。
(……………なんだ、ずっと勘違い……。
というか、俺が意識し過ぎてただけ……?
もしかして…)
この半年以上、悩んでいた時間を返して欲しい。…完全に自分のせいだが、そんなことを思いながら、今度は俯き自分の額に手を当てる。
はぁぁぁぁぁ…と大きなため息をついた。
こんなミス、今までしたことはない。
恋の病とは、恐ろしいものだな…と少し他人事のように思った。
「…高村、どうかしたの?大丈夫?」
首を少し傾けて高村を覗き込む日比野。
「………あ、ごめん。…大丈夫…」
少し立ち直れないでいたが、日比野のほうを向いて心配させないように微笑んだ。
日比野は、高村をチラリと見たあと目を伏せて、頬を赤らめて小さな声で言う。
「……あのね、高村…」
「ん?なに?」
「……高村が嫌じゃなければ、その……好きな人との邪魔にならない時に、また、甘えさせてもらえないかな…?」
あまりにも素直で可愛すぎる一言に、理性が吹き飛びそうになる。
「………」
「…やっぱり、ダメ、かな…?」
しょぼんと下を向く日比野は耳まで赤い。
勇気を出して話してくれているのが、その姿だけでも伝わる。
(……可愛すぎるんだって…。もう隠すの
無理…)
高村は日比野を強く抱き寄せて、耳元で囁いた。
「……今ここにいる人が、俺の好きな人」
「………………へ?」
「日比野が嫌じゃなければ、ずっと甘えててほしい」
「…………え、あの………」
「日比野の、好きにしていいから」
「…………ちょ、……え?」
「……嫌がるようなことは、しない。……極力…できる限り……なんとか……」
「なんか最後のほう声ちっさいな!怖い!
……いや違う、今はそこじゃない。ちょ、ちょっと待って!」
日比野は横を向き一度深呼吸して、高村に向き直る。
「……高村は………俺、のこと?」
「そう。好き。大好き」
とびきり甘い声と真剣な眼差しで言われて、ぶわわわっと日比野は顔を真っ赤にした。
その姿を見て、高村は胸の奥が少しだけ熱くなる。
(………あれ、もしかして、可能性…少しはあるのかも)
とはいえ、あまり期待しすぎるのも良くない。
高村はやさしく話す。
「……あまり、深く考えなくていいよ。
ただ、日比野が甘えてくれるだけで嬉しいから」
その穏やかな声に、日比野の顔がまた赤くなる。
日比野は照れながらも、しっかりと高村と目を合わせて口を開く。
「……いや、待って。考えてもみなかったから、すぐには返事できないけど……ちゃんと考える」
その真剣な言葉に、高村は心から微笑んだ。
「……ありがとう。ゆっくりでいい」
「……ん。こっちこそ…ありがとう」
そして再び、ぎゅっと抱きしめ合う。
「……じゃあ、甘やかしタイム」
「……はは、なんか良いね、それ」
互いの体に腕を回して、ピッタリとくっついて二人とも自然に笑っていた。
やっぱり、この場所が一番落ち着く――そう強く思いながら、確かめるように抱きしめる手に力を込めた。
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