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第40話 拍手のあとの約束
《Next Vision Project》は最終段階に差しかかっていた。
LUNARIA(ルナリア)の新キャンペーン──
「#本当のわたしが光るとき」。
Z世代に向けて「飾らない自分」をテーマにしたSNSと動画の連動企画を中心に提案していた。
何度も会議を重ね、夜遅くまで議論を繰り返した。
「高村、この案、もう少しキャッチを柔らかくしたいんだけど、見てもらえる?」
「うん。もう少し”リアルさ”を出したほうが響くかもしれない」
あの夜の会議室での出来事以降、日比野と高村の間にはさらに前以上の信頼が生まれていた。
チームの空気は引き締まり、全員が同じ方向を見ていた。
半年間をかけて練り上げた提案。
あとは最終プレゼンを残すだけだった。
──そして当日。
LUNARIAの本社ビル、会議室。
ブランドのマーケティング責任者たちを前に、日比野は立っていた。
緊張を押し殺し、ゆっくり息を整える。
「それでは、《Next Vision Project》の提案を始めさせていただきます」
冒頭の言葉に合わせて淡い音楽とともに映し出された映像には、
さまざまな人たちが“素の自分”を見せる姿が映っていた。
カフェで仕事に集中する姿、スポーツや音楽など趣味に夢中になる姿、スキンケアをする姿。
画面に映るそれぞれの人たちの笑顔や涙が、会議室の空気を静かに変えていった。
台本のないインタビュー形式。
最後には「光るのは、あなたがあなたでいる瞬間」というコピー。
静寂のあと、拍手が起きた。
マーケティング部長が口を開く。
「非常に良い企画です。LUNARIAの方向性にも合っています。正式に採用したいと思います」
その言葉を聞いた瞬間、日比野は小さく息をはいた。
隣に座る高村を見ると、彼も安堵の笑みを浮かべていた。
「おつかれさま。すごく良かった」
会議室を出てから、高村が小さく言った。
「…ありがとう。高村も、おつかれさま。本当に助かった」
目が合って微笑み合うけど、照れたようにすぐに逸らす。
──どこか、まだ互いに素直になれない、一線を引いた部分は残っていた。
ビルのロビーに流れる午後の光が、優しく二人を照らしていた。
夜。チーム全員での打ち上げを終えて、笑顔と酔いの余韻が残る帰り道。
ふいに横に並んだ高村が、穏やかな声で言う。
「……日比野、本当におつかれさま」
「…あ、うん。高村も。ほんとに助けられた。…高村がいなかったら、ここまでは出来なかった」
「言い過ぎだよ。こちらこそ、日比野がいたからこんなに上手く終われた」
二人の視線が自然に絡み、思わず微笑み合う。
照れくさくなった日比野は、そっと視線を逸らしながら口を開いた。
「……それよりさ、覚えてる? …前の約束」
「もちろん。そのことを言いに来た」
高村が少し身を傾けて、覗き込むように日比野の顔を見つめる。
「いつが空いてる? 俺は、いつでも大丈夫」
「……俺も。いつでも」
日比野は返事をしながら、顔が赤くなるのを感じる。酒のせいだけじゃなかった。
高村が微笑みながら聞く。
「……じゃあ、明日にする?俺が行こうか?」
すると日比野が顔を上げて
「……高村の部屋に行ってもいい?」
と聞いてくる。
「もちろん。じゃあ、待ってる」
高村はやさしく微笑み、軽く手を上げて去って行った。
その背中を見送りながら、日比野は胸の奥がほのかにあたたかくなるのを感じていた。
久しぶりの高村の部屋。
その響きに、なぜだか胸が高鳴って仕方ない。
(……楽しみ、だな)
心臓の音を抑えられないまま、日比野は足取りも軽く、自宅へと帰っていった。
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