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第39話 それで十分
何かと忙しなく過ぎて木曜日。
外での打ち合わせが長引いて高村が会社に戻ると、もう社員はほとんど残っていなかった。
(残業になっちゃったなぁ…)
自分のデスクにカバンを置いて座ろうとして、ふと日比野のデスクに目が留まる。
カバンも上着も置いたままだ。
(…まだ仕事してる?)
フロアには姿は見えない。いつもの会議室だろうか。
高村は少し迷ってから会議室まで見に行ってみることにした。
いつも使う会議室の明かりがついていて、ノックしてみる。
…返事がない。
そっと扉を開けると、日比野がパソコンの前で突っ伏して眠っていた。
そっと近づいて顔を覗くと、気持ちよさそうに寝ている。
久々に見る寝顔に、思わず頬が緩む。
(…可愛いな、全く…)
一度表情を戻して、そっと日比野の肩をゆすった。
「…日比野、起きて。風邪ひくよ」
「…………ん、ん?あ……れ」
ぼんやりと高村のほうを見る日比野の目はまだ開ききっていない。
「もう帰るよ?こんなとこで寝ちゃダメでしょ」
「…寝ちゃってた…いつの間に…」
「仕事しすぎ。残りは明日にしようね」
ずっと叱られてて日比野は笑う。
「…ふは、高村、お母さんみたい…」
「……リーダーがそんなに疲れてるのは、一人で仕事しすぎだからじゃないかって、チームだったら皆思うよ…」
そのやさしさに日比野はまた少し微笑んだ。
一人で何もかもやってるわけではない。高村にも他のメンバーにもちゃんと割り振ってやれている。
それでも確かに、疲れが溜まっているのは自分でも感じていた。
…なんで、疲れが取れないのかも。
少し逡巡したが、日比野は思い切って口を開く。
「…あのさ、高村…」
「…ん?なに?」
「…この仕事終わったらさ…」
「うん」
「…一回だけ、甘えさせてくれる…?」
「……」
高村は驚いて一瞬目を見開く。
“甘える”という言葉の響きが、胸の奥を静かに揺らす。
困ったように眉を下げる日比野の表情に、理性よりも先に身体が動いていた。
気づいたときには、日比野を抱き寄せていた。
「!!」
「……なんで…?嫌じゃないの…?」
ぎゅ、と強く抱きしめられながら高村の言葉を反芻するが、日比野には意味がわからなかった。
「…嫌なわけないよ…?なんでそんなこと…」
それが日比野のやさしさなのか、本当に気にしていないのか、高村にはわからなかったけど、もうどうでも良かった。
日比野の腕が高村の背中に回る。
久しぶりの高村の腕の中のあたたかさに日比野は目を閉じた。
「…やっぱり落ち着く…ここ」
日比野の言葉に高村も少し目を閉じて日比野の背中をやさしく撫でた。
「………じゃあ、プロジェクトが終わったら、
一日甘える?」
日比野が顔を上げる。
「……いいの?」
「良いよ。仕事終わったらご褒美。お互いに」
「…良いな。なんか頑張れる」
日比野が嬉しそうに笑うので、高村も微笑んだ。
好意は届かなくても、必要とされているならそれでいい。
それでも十分すぎる幸せだと、高村は思い知らされた。
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