79 / 79

第74話 カーテン越しの朝

朝、目を開けた瞬間、 日比野は一拍だけ思考が遅れた。 天井も、カーテンの色も、見慣れている。 高村の部屋で朝を迎えること自体は、もう何度もあるはず、なのに。 身体の内側に残る、妙に生々しい熱と、 昨夜の感触が、まだはっきりと輪郭を持っていた。 「……あ」 小さく声を出した拍子に、 隣で眠っていた高村が、ゆっくりと目を開ける。 「起きた?」 低くて、少し掠れた声。 朝の空気の中でも、その声だけが近い。 「……いつの間にか、寝て……」 日比野がそう言うと、 高村は一瞬だけ間を置いてから、ふっと笑った。 「仕事、相当疲れてたんじゃない? すぐ寝ちゃってたよ」 「……っ」 日比野の耳まで一気に赤くなる。 「……昨日……」 言いかけて、言葉に詰まる。 高村は急かさず、ただ日比野を見る。 「……可愛かった」 短く、でもはっきりとした言葉。 「…俺だけ…、ごめん」 日比野は布団をぎゅっと掴みながら、視線を逸らす。 「……次は…その、ちゃんと、二人で……」 最後はほとんど聞こえないくらいの声だった。 高村の喉が、小さく鳴った。 「……それ、朝から言う?」 冗談めかしているのに、 日比野の腰に回された腕には、ほんの少しだけ力がこもる。 「…今、襲って欲しいって言ってるのかと思っちゃうけど?」 笑って言う高村に、日比野は顔を赤くして首をぶんぶん横に振った。 「ち、違……っ!! その……そのうち……」 慌てて否定しながら、 否定しきれていない自分に気づいて、 日比野はさらに顔を赤くする。 高村はそれ以上踏み込まず、 ただ額に軽くキスを落とした。 「…大丈夫。ゆっくりでいいよ」 腕をほどかれて、身体を起こす。 日比野は、確かめるように自身の熱い頬を手で押さえた。 先にベッドから出て立ち上がった高村が、日比野のほうを振り返り、手を差し出して微笑む。 「じゃあ、朝ごはん食べようか」 日比野は高村の顔を数秒眺めて、それから手を取った。 手を繋いでそのままリビングのほうへ行こうとする背中に 「…あ、高村」 と日比野が声をかけた。 「ん?なに?」 振り向き微笑むその頬にすかさず、ちゅ、と軽いキスをする。 「…おはよう、高村」 頬を少し染めてはにかむ日比野。 高村は、驚いたように一瞬固まった後、目を細めた。 「おはよう、日比野」 高村がお返しの頬へのキスをした後、二人で少し照れたように笑ってリビングまで歩く。 カーテンの向こうから差す光は、いつもと同じ朝に見えた。 けれどこの部屋の空気だけが、もう一歩先を知っているようだった。 ――第3章・了

ともだちにシェアしよう!