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*第73話 甘やかす夜
週末、高村の家に着いたのは、夕方に差しかかる頃だった。
午前中は仕事で予定がずれ込んでしまって、
結局、こうして来るのは少し遅くなった。
「お疲れ」
玄関で迎えられて、リビングに入る。
「晩ご飯にはまだ早いし……どうする?
映画でも見る?」
いつもと同じ調子で、ソファに腰を下ろす高村。
日比野は一瞬だけ立ち止まって、
それから何も言わずに近づいた。
次の瞬間、
高村の膝の上に、そのまま腰を下ろす。
向かい合う形。
高村の、一瞬、驚いた顔。
でも、日比野は逃げない。
頬を赤くしながら、小さくつぶやく。
「……甘えたい……っていうか」
一度、視線を逸らしてから。
「……この前の…続き、したい」
あまりにも素直な言葉に、
高村は思わず苦笑した。
「……ほんと、可愛すぎて困る」
そう言いながらも、
逃がすつもりはないらしく、腰に腕が回る。
近づく気配。
唇が、軽く触れた。
すぐに離れて、
また触れて。
確かめるみたいに、
何度も、短いキスを繰り返す。
日比野は、その柔らかさに身を委ねていた。
考える余裕なんてなくて、
ただ、気持ちいい、と思う。
そのうちに。
高村の動きが、ほんの少し変わった。
触れるだけだった唇が、長く重なる。
そして——
ゆっくりと、舌が入り込んできた。
「……っ」
息が詰まる。
じわじわと、深くなるキスに、
身体の奥が、はっきりと熱を持つ。
思わず、高村の服を掴んでしまう。
舌が口内をじっくりと探るように絡められていく。
激しくはないのに、徐々に奥まで攻め上げられていく。
「……ん、……っ」
頭がぼーっとし始めた頃。
ぐぅぅぅぅぅ…
日比野のお腹が鳴った。
高村が動きを止める。
ゆっくり唇が離れる。
日比野は色んな意味で顔を真っ赤にした。
「あ……っ、お昼、ちゃんと食べれてなくて…」
日比野の表情を見て、高村がくっくっと楽しそうに笑う。
「じゃあ、早めにご飯にしようか」
「……うん…。ありがと…」
名残惜しさと申し訳なさとで、少し俯きがちに日比野は頷く。
「泊まっていくよね?……続きは後で」
日比野の腰を抱いたまま、高村は耳元で囁いた。
互いの前髪が触れ合うほど近い。
離れた唇の感触と、熱を含んだ高村の声と。
日比野は、胸の奥がじんじんと熱いまま、
高村を見つめてこくりと頷いた。
⸻
簡単にご飯を済ませて、互いに風呂に入り、寝る準備を済ませて寝室のベッドの端に座る。
先ほどの続きを期待する自分と、
少しの不安や緊張を感じる自分。
どちらも抱えたまま、日比野は高村を見た。
目が合って、高村がそっと日比野の頬に手を伸ばす。
「…平気?嫌だったら、ちゃんと言ってね」
「……うん…。でも、嫌じゃない、と思う…」
日比野の言葉に、高村は目を細める。
「…もう…本当に…」
愛おしさで、高村はぎゅっと日比野を抱きしめる。
高村の腕に抱き寄せられた瞬間、日比野は自分の身体が思っていた以上に正直だと知った。
触れられただけで、胸の奥がきゅっと縮んで、熱が一気に広がる。
キスは、最初は浅く。
唇がやさしく触れて、離れる。
高村の指が、日比野の背中をなぞる。
Tシャツ越しに、体温がじわりと伝わってくる。
「……っ」
肩甲骨辺りの窪みを指がなぞりながらゆっくり降りていく時、小さく息が漏れたのを、高村は聞き逃さなかった。
次のキスは、少しだけ深い。
舌が触れて、探るように入り込む。
(……なに、これ……)
キスされているだけなのに。
触れられているだけなのに。
身体が、勝手に「もっと」を覚え始めている。
高村が一度、唇を離して、日比野をそっとやさしくベッドに押し倒す。
見下ろされる視線に、呼吸が浅くなる。
「…堪んない」
高村の声も表情も熱を帯びていて、それだけで日比野の熱も上がる。
高村の親指が、腰骨のあたりに触れる。
そこから脇腹、臍の辺りまで、ゆっくりと撫でられるだけで、背筋が跳ねた。
「……っ」
身体が勝手に反応する。
「気持ちいい?」
低く問いかけられて、日比野は言葉を探す前に、体を小さく揺らしてしまう。
指は布越しに確かめるように日比野自身を撫で上げ、やがて直接包み込んだ。
「……あ、……」
漏れる声を噛み殺そうとするけれど、うまくいかない。
高村の手は急がない。
けれど確実に、熱を引き上げていく。
自分でも驚くほどあっけなく波が押し寄せ、
堪えきれず、高村の服を強く掴む。
「……いいよ、そのまま…」
「……っ、!」
耳元で落ちた声と同時に、身体が震えた。
高村の手の中で熱を吐き出し、やがて、じんわりと満たされていく。
力が抜けて、呼吸だけが荒く残る。
ぼんやりとしながら息を整えるようにはくと、同じように深く息をはく気配がした。
「……日比野」
自分の手と日比野の身体を簡単に拭ったあと、
高村の腕が、包むように日比野を抱きしめる。
その腕の中で、日比野の呼吸が少しずつ落ち着いていく。
熱を吐き出したあとの身体は正直で、まぶたが重そうに瞬いた。
「……ん……」
掠れた声でそう呟いたあと、日比野は高村の胸元に額を寄せる。
そのまま、抵抗する力もなく、身体の力が抜けていった。
高村は一瞬、日比野の顔を覗き込む。
半分閉じた瞳と、無防備な表情。
「……寝ていいよ、おやすみ」
小さく息をはいて微笑み、
それ以上何もせず、服を直しそっと布団を引き上げた。
欲がないわけじゃない。
正直、身体はまだ熱を残している。
それでも、今は——
この重さを、温度を、信じきって預けられていること。
そして、
可愛すぎる恋人と、やっと進めた一歩。
その嬉しさのほうが勝つ。
高村は、日比野の背中を一定のリズムで撫でる。
起こさないように、確かめるように。
「……続きは、また今度」
眠っている相手に向けた、独り言みたいな声。
日比野はそれに答えることなく、
小さく寝息を立て始めた。
高村はそのまま腕を解かず、少し微笑んでから静かに目を閉じる。
今夜は、ここまで。
次はきっと、もっと先まで。
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