90 / 90
第84話 青の中、独り占め
また別の日。
金曜に高村の部屋に泊まった次の日。
まだ少しだけ眠気の残る体のまま、並んで支度をして、昼前に家を出て水族館に向かう。
休日ということもあって、館内はそれなりに人が多い。
「結構いるな……」
「まあ、こんなもんじゃない?」
ゆっくりと歩きながら、二人で順路を進んでいく。
大きな水槽の前で、
思わず日比野が足を止めた。
「……すご」
青い光に包まれた空間の中を、
魚たちがゆったりと泳いでいる。
その様子を、日比野はじっと見つめていた。
「慧、こういうの好き?」
「……なんか、落ち着く」
ぽつりと呟く。
その横顔を、高村は少しだけ眺めて日比野と同じように水槽に目を向けた。
一つ一つ説明を読んだり、二人で話したりしながらゆっくりと楽しむ。
美しくライトアップされたクラゲの水槽の前。
ふわふわと漂うそれを見ながら、
日比野は小さく息をはいた。
「……綺麗だな…」
「うん」
静かに水槽を眺める日比野の横顔を、高村は少し離れた位置から見ていた。
目がキラキラと輝いているのは、ライトアップされた光のせいだけではない。
(……ほんと、こういう顔、誰にも見せたくないな)
そんな考えが一瞬よぎって、わずかに目を細める。
「…ずっと見ていられるなぁ」
「いいよ、ゆっくり見てよう」
日比野の言葉に高村は穏やかに答える。
それを聞いて日比野はチラリと高村を見る。
「…翔央ってさ…」
「ん?なに?」
「……いや、なんでもない」
「気になるなぁ。教えてよ」
少し恥ずかしそうな表情で日比野は高村を見る。
「…やさしいよな。俺のしたいこと、全部受け止めてくれるっていうか、なんか…そういうの嬉しいなって…」
もじもじと照れたように微笑む日比野が可愛らしくて、高村は日比野にわからないように浅く深呼吸して口を開いた。
「…水槽眺めている慧が楽しそうだから、俺も楽しい。しばらくここにいたいって言われたら、俺も一緒にいたい。…それだけだよ」
当たり前のように返された言葉に、日比野が高村のほうをじっと見て微笑む。
「俺、お前のそういうところ好きだな」
「!」
自分で言って照れたのか、ふいっと水槽のほうに顔を向けた日比野の横顔を高村は見つめる。
特に何も言ってこないのを不思議に思って、日比野が横の高村を見て口を開いた。
「……どうかした?何も言わないし」
「ひとつ大事なの言い忘れてた」
「なに?」
「…ずっと見ていられるの役得だなぁってこと」
「…………クラゲのことだよな?」
一瞬だけ間があってから、そう言う。
「この姿は俺だけのものだから、ちゃんと目に焼き付けておきたいなって」
「……クラゲのことだよな?!」
日比野は軽く高村を睨む。けれどその目はどこか柔らかい。
高村はにっこりと微笑むだけで何も言わない。
「……ほんと、お前って…」
日比野は呆れつつ、しかし頬は赤くしながら水槽に視線を戻した。
クラゲをしばらく見た後、館内を一通り回って、外に出る。
少し冷たい風が気持ちいい。
「……なんか、楽しかった」
「うん」
「思ってたより、良かったな水族館」
そう言うと、
高村は少しだけ笑った。
「でしょ」
「……また来たい、かも」
ぽつりと零す。
その言葉に、高村が目を細める。
「また来ようね」
「うん」
互いに微笑んで並んで歩きながら、
自然と肩が触れる。
その距離が、
当たり前みたいに感じられて——
日比野は少しだけわざと高村の肩に身を寄せた。
ともだちにシェアしよう!

