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*第83話 見えないところに残るもの
金曜の夜は仕事終わりにそのままどちらかの家に泊まることが多い。
今日も、会社を出てから高村が
「外でご飯食べてから帰ろうか」
と当たり前のように言ってきた。
さっきまでの、資料室での出来事なんか無かったみたいに。
高村の家の近くの、何度か行っている定食屋さんでご飯を食べてから二人で部屋へ。
いつも通りの穏やかな会話。やさしい表情と声。
日比野はホッとするような、少し肩透かしをくらっているような変な気分だったけれど、特に気にすることなくいつも通りにしていた。
風呂から上がり寝る支度を整えて寝室に向かうところで、高村がそっと日比野を後ろから抱きしめる。
「びっくりした…なんだよ…」
「ん?…なんだろうね」
答えになっていない返事が聞こえたと同時に、日比野の耳に柔らかく温かい感触が下りてきた。
「ん…っ」
耳周りをじっくりと唇と舌が行き来する。その音や感触に背中からぞわぞわとした感覚が這い上がる。
気づけばパジャマの中に高村の手が入り込み、胸元をくすぐるようにゆるゆると円を描いて触られていた。
「…は…っ、あっ、…待っ……、」
元々、胸なんか自分で触っても何も感じたりしない場所だった。
身体の準備の時に高村から何度か丁寧に(というか執拗に)弄られて、今ではすぐにぷくりと膨らんでしまう。
何もない廊下の真ん中で、感覚の逃げ場が無くて日比野は高村のパジャマの裾を掴む。
「…待っ、て……!…ベッド…、に…っ」
「…ん?なに?」
「ベッドに…、行こ…?」
「…いいよ。じゃあ今日は、慧がしてほしいこと、ちゃんと言ってくれたらその通りにする」
やさしい微笑みはいつも通りの高村。
寝室に入ってベッドに座るとゆっくりと顔が近づく。
唇が柔らかく触れて、キスが深くなる。でも、何度か舌が絡み合ったあと唇が離れる。
日比野は離れてしまった唇と高村の目を交互に見て
「…もっと…」
と呟いた。
高村は目を細めて日比野を愛おしげに見つめる。
「…可愛いね、慧」
そうして、日比野がおねだりをする度に高村がたっぷりと時間をかけて快感を与える。
とろとろに溶かされた日比野の身体に、ピリリと痛みのような感覚が走る。
「んっ、あぅ…っ」
熱を帯びた瞳で高村が日比野を見下ろす。
「…ごめん、少し痛かった?…でもきっと、慧はすぐに気持ちよくなれるよ」
軽く微笑んで、また何度か日比野の身体に唇を落とす。
言われた通り、最後のほうは痛みよりも快感が勝っていた。
限界の日比野からの最後のおねだりで、二人は静かに、深く繋がる。
決して強い言葉や無理強いなどないやさしく穏やかな時間。だけど、緩やかに快感で締め上げてくるような、じんわりした圧を感じながら日比野は意識を手放していた。
月曜日。
日比野はいつも通り仕事をしていた。
なんとなくシャツの上から身体をさする。
週末につけられた赤い痕は、のちに鏡で見てドキリとするくらい割とたくさん付いていた。
でも、ワイシャツを着用していれば見えない位置にしかない。
だから誰に見つかることもないし気にすることもないのだが。
でも日比野は、なんとなく落ち着かない様子でフロアを見渡す。
すると、高村と目が合う。
高村は軽く微笑んで日比野を見る。
独占欲をちらつかせた週末の高村とは全く違うその表情に、日比野は目を逸らした。
(…俺、実はとんでもないヤツ好きになっちゃったのかもなぁ…)
でも嫌な気持ちになるどころか、頬を赤くしている自分がいる。
ふう、と軽く息をはいて、パソコン画面に視線を戻して仕事に集中することにした。
——あのとき向けられた視線と見えない場所にだけ残された痕。それが意識から離れず、妙に指先が落ち着かなかった。
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