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路地裏の夕暮れ4

 そんなことを考えていると、肉じゃが定食と生姜焼き定食が運ばれて来た。寂しくなるようなことは考えるのはやめよう。今は美味しそうな匂いをさせている食事を食べることに専念しよう。 「肉じゃがだ! 明日海のそれはなに? 薄切りの肉が乗ってるけど」 「ああ。生姜焼きだよ」 「生姜焼き?」 「生姜焼きは知らないか」 「うん。どんな料理?」 「なんて言えばいいかな? 豚肉をショウガの汁を加えた醤油とみりん、砂糖などをベースにしたタレに漬けた肉を焼いた料理だよ。一口食べるか?」 「うん。食べてみたい」 「取っていいよ」 「ありがとう」  イジュンは少し肉を取ると、置くところがないことに気づき、早速口の中に入れていた。どうだろう? イジュンの口には合うだろうか。そんなことを考えてイジュンを見ていると、しばらく咀嚼したあと、目を丸くしたあとにこりと笑った。キラキラとした目を見ると、口にあったようだ。 「美味しい! 韓国でも食べられるのかな? 生姜焼き、だっけ?」 「そう」 「覚えておく。でも、韓国で食べられたとしても味、違うんだろうな」  そう言って寂しそうにする姿を見て、俺ももっと美味しいものを食べさせてやりたいと思ってしまう。あと2回の夕食のどちらかは寿司を食べに行く。そうしたら残りは1日だ。俺が美味しいと思うものを全部食べさせるのは無理だ。会えなくなることとあわさって、俺はほんとに寂しいと思った。思ったってどうしようもないんだけど。でも、そんなことはおくびにも出さず、何気ないように言った。 「今度来たときに食べればいいじゃん。楽しみ増えるだろ?」 「……そうだね」  イジュンだって次がいつ来るかわからないから、寂しいと思っているのだろう。そんな返事だった。どうかその寂しいと思う中に、俺と会えなくなることも入っていて欲しい。そう思ってしまった。 「念願の肉じゃがどう? 韓国で食べるのと違う?」  しんみりしていたって仕方ない。もとよりイジュンは観光客だ。そんな観光客に数日案内をするだけの関係。なんだから寂しいと思ってしまう方がおかしいんだ。だから俺はなんでもないように言う。 「韓国のも美味しいと思ってたんだけど、やっぱり本物は違うね」 「なんだよ、その本物って」 「だってさ、ほんとに違うんだ。こっちの方が何倍も何十倍も美味しいよ。やっぱり日本食は日本で食べるに限るね」 「まぁ日本超えられても困るけどな」  俺がそう言うとイジュンは笑った。俺の好きなイジュンの顔だ。あと2日。イジュンの笑顔を見ていたい。 「そしたら、日本で食べる韓国料理も韓国で食べた方が美味しいってことだよね」 「明日海が食べてる韓国料理ってなに?」 「焼肉とビビンバ」  俺がそう答えると腹を抱えて笑っている。なにか変なことを行っただろうか。   「残念ながら、それはあまり差がないかもしれない」 「なんで?」 「まずひとつに日本の方が肉が美味いと思われる」 「なんで?」 「さっきの生姜焼きだよ。味付けはされているけれど、肉が美味しいのはよくわかったからね。で、焼肉はタレを漬け込んだりするからそれで多少味は変わるけど、素材の美味しさは消せない。あと、ビビンバだけど、米は日本の方が甘くて美味しい。そして混ぜ合わせるだけだから、素材が美味しい方が美味しく出来上がる。だからビビンバも日本の方がおいしいんじゃないかな? コチュジャンはある?」 「韓国のが輸入されて売ってる」 「そしたら、あまり韓国の方が美味しいと期待しない方がいい。タレと味付けさえ間違わなければ日本の方が美味しいはずだよ」 「でも、その味付けが違ったら素材だけでは勝てないんじゃないか? それにほんとに肉と米は日本の方が美味しいの?」 「米は間違いなく日本の方が美味しいよ」  韓国へ行ったことのない俺には反論することができなかった。でも、それを証明するためにも韓国に行ってみようか。唐突にそんなことを思ってしまった。そうしたらイジュンにもまた会えるかもしれない。俺はそんなことを思った。

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