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路地裏の夕暮れ3

 この商店街のことは知っているけれど、この周辺で美味しいものを食べられるところというのは知らない。だからスマホでちょっと検索をしてみたら、いいお店を見つけた。イジュンが食べたいと言っていた肉じゃがを食べられるお店だ。商店街から少し離れたところになるけれど、今、メンチカツとドーナツを食べたから腹ごなしに歩くにはちょうどいいだろう。 「イジュン。肉じゃが食べられるぞ」  隣にいたイジュンは目を見開いた後、目をキラキラとさせた。嬉しいんだな。俺も無理だと思っていたからホッとした。 「ほんと? 近くにあるの?」 「この商店街から少し離れるけど、美味しい定食屋として有名で、その中で肉じゃがは人気メニューのひとつらしい」 「うわー。嬉しい。もう諦めてたんだよね。それが叶うなんて」 「俺も見つかって嬉しいよ。上野あたりにありそうなのに見つからなかったけど、ここにあるとはね。確かにレトロな商店街がある町だからあってもおかしくないんだけど。とにかく行ってみよう」  この商店街を外れると俺も道はよくわからないので、スマホで場所を確認しながら歩いて行く。思ったより歩いたところでお店が見えてきた。店内に入ると路地に入っていて、お世辞にも目立つとは言えない場所なのに、結構人が入っていて驚いた。きっと近所の人なのだろう。店内は木のぬくもりと、畳の小上がり席に昭和の残り香が漂う雰囲気。日本のレトロが好きなイジュンは目をキラキラとさせながら店内を見る。 「お前は肉じゃが定食でいいんだろ?」 「うん。それでいいよ」  イジュンはメニューを見るまでもないので、俺1人でメニューを眺める。定食屋なんてあまり入ったことがないから、どんなメニューがあるのかわからなかった。  焼き魚定食、唐揚げ定食、生姜焼き定食……。美味しそうなメニューが並ぶ。唐揚げいいな。でも、生姜焼きも捨てがたい。悩んだ末に生姜焼き定食に決めた。唐揚げはスーパーでも売ってるけど、生姜焼きは売ってない。それならなかなか食べられない方を選んだだけだ。  注文してからイジュンに旅行のことを聞いた。 「あと何日くらい日本にいるんだ?」 「あと2日。楽しいときって時間があっという間に過ぎていくよね」    あと2日でイジュンは韓国に帰ってしまう。それがやけに寂しく感じた。いや、元々知り合いなわけではないし、ずっとガイドなんてできないし、それはいいんだけど。でも、イジュンに会えなくなるということがなんだか寂しく感じた。でも、そんなことはおくびにも出さず、なんでもないように話す。 「そしたらその2日のどちらかで寿司食べに行かなきゃな。回転寿司でいいんだろ?」 「うん。回転寿司でいいよ。韓国で行ってるお店も回転寿司だから。今度日本に来ることがあったら、そのときは回らない寿司を食べるよ」  今度日本に来ることがあったら――。  今度来たら、とは言わないんだな。来れるかはわからない。だから来ることがあったら、なんだろう。確かに、今就職先を探しているのだから、就職したらそう簡単に休みを取ることは難しくなるだろう。そう思ったとき、また会いたいと思った。でも、それはそんなに簡単なことじゃない。イジュンが就職するように、俺だって来年の春には内定を貰っている会社で働くようになるのだ。イジュンが簡単に休みを取れないように、俺だって簡単には休みを取れない。なのに、また会いたいと思う。イジュンがどう思っているかはわからないけれど。  

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