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プリクラの距離5
お土産第一弾は終わったから寿司でも行くか、と店に向かおうとするとイジュンが足を止めて、スマホでなにかを見ている。
「明日海。回転寿司って浅草にもある?」
「あるけど。どうした?」
「これ乗ってみたいんだ」
そう言って見せて来たのは水上バスのホームページだった。そこには近未来的な船の写真がいくつか写っている。航路はどこだろうかと見ると、ここから乗車するとなると日の出桟橋か浅草になる。でも、ここから浅草へ出て日の出桟橋に行くのもどうかと思う。そうしたらここから日の出桟橋へ出て、そこから浅草へ行くのが良いだろう。日にちに余裕があれば、後日、とするところだけど、イジュンにはあとは明日しか残っていない。そうしたら今日、叶えてあげたい。
「ちょっと急ぎ足で行かないと間に合わないけど、行くか?」
眉を垂らして、心配そうに俺を見ていたイジュンは、俺がそう言ったことでパーッと笑顔になった。そんなに乗りたかったのか。
「行く! その乗り場まで遠いの?」
「そこそこだな。それより遠回りだ」
「そうなんだ……ごめん」
「謝らなくていいよ。ほら、行くぞ」
「うん」
日の出桟橋の最寄り駅である浜松町までは電車で10分。それはそんなに時間がかからないのだけど、駅から日の出桟橋までがそこそこ歩くことになる。だからトータルすると、近いとは言いがたい。それでも、後のないイジュンの願いは叶えてやりたいと思う。秋葉原から電車に乗り浜松町まで。ここから日の出桟橋まで、まっすぐ急いで行かないと最終便を逃してしまう。だから、駅からは急ぎ足で桟橋まで来た。
「間に合ったな」
時計を見ると最終便の少し前だった。ホームページに写真が載っていた近未来的な船のうちのひとつに乗り込む。浅草までは、40分かけて行くらしい。
「わー。すごい。なんか未来から来たって感じがする」
乗船したイジュンは大喜びで写真を撮っている。そう、あの写ルンです、で。物珍しくて、デッキにしがみついているイジュンの横で、俺も何気ない顔をしながら景色を見ていた。いつも陸からしか見ない街並みが、川からはこう見えるのかと感嘆する。
「明日海はこれ、乗ったことある?」
「いや、初めて」
「そうなんだ。じゃあ俺と一緒だね。写真撮らなくていいの?」
そう言われてスマホを取り出し、川から見る街並みを撮る。イジュンがいなかったら、こんな体験することなかったんだなと思うと、きっと2度と乗ることはないと思ったから。東京は生まれ育った街だから色々知っているつもりでいた。だから水上バスがあるということは知っていた。でも、どの航路を運航しているだとか、どんな船があるのだとかは知らなかった。そして、それはイジュンがいなければ、知ることはなかった。観光客目線で東京を見たことってなかったなと思う。俺にとって東京は遊ぶ街ではあるけれど、あくまで生活する街なんだ。生活するのに水上バスは必要ない。だから知らなかったんだ。だから、これはいい経験だ。
「水の上から東京を見るのもいいね」
まるで俺が考えていたようなことを言う。それについ笑ってしまう。
「これ、夜もあればいいのにないんだよね。夜景が見えて綺麗だと思うんだけどな」
「17時台のこれが最終だもんな」
「そうなんだよ。せめて19時、20時くらいまではあって欲しい。でも、間に合ったから良かった。明日海、ありがとう」
「そんなこといいよ」
「お寿司、なに食べようかなー」
「今度は食い気かよ」
「だって、韓国では食べられないようなのがあるって言うからさ」
「それってなんだ?」
「いくらっていうやつ! それに、韓国にもあるけど、サーモンが高いんだ。でも、日本は高くないって言うからサーモンも食べたい」
なんでサーモンが高いのかと思えば、サーモンは輸入なんだそうだ。だから国内で捕れる日本に来たら食べたいと思っていたらしい。そして、鮭が輸入物だから、当然その卵であるいくらはないだろう。
「どんな味がするのか楽しみ」
と、既に頭の中は寿司でいっぱいのようだ。楽しそうだな、とその横顔を眺める。イジュンが楽しそうにしてくれているのであればそれでいいけれど。もう日本滞在も残り少ないから。だから、帰国までは思い切り楽しんで欲しい。そう思った。
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