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未来を囲む灯り5

 夕方、イジュンの家を出る。ソヨンさんもついてこようとしたけれど、さすがにそこはイジュンが「仕事のこと2人で話したいから」と断ってくれた。でも、だからといって俺の様子に気づいているかはわからないけれど。  頬を撫でる風は、川が近いからなのか街中よりも冷たく感じた。風は冷たいけれど、通りのネオンや車のヘッドライトは温かな色をしている。けれどその華やかさとは裏腹に、俺の胸は重く沈んだままだった。隣を歩くイジュンが何度もチラチラと俺を見てくるのに気づいていたけれど、俺は気づかないふりをして、ただ前へと歩いて行く。 「寒くない?」  優しい声が隣からかかる。俺は黙ったまま、ただ首だけを横に振る。 「大丈夫」  一言。たったそれだけを答えて、沈黙が落ちる。  地下鉄のホームで電車を待っている間にイジュンに尋ねられる。 「行きに言ってたブテチゲのお店、行っていい? 味は保証する」  そうだ。俺が辛いものを食べたいと言ってそんな話しになったんだった。イジュンが大学生の頃、よく通ったというお店。正直、あまり食欲はないけれど、そう言うわけにもいかず、いいよと答える。過去のイジュンに触れたい気持ちがあるから。大学生のイジュンはなにを考えていたんだろう。どんな気持ちで食べていたんだろう。知りたかったから。だから断ることはせずに頷く。食欲がないのは、イジュンの家でたくさんご馳走になったからというのもあるけれど、一番の原因はソヨンさんが原因だった。  電車を乗り換えて来た学生街だという街。確かに通りには大学生らしき年齢の子たちで溢れている。イジュンが連れてきてくれたのは駅からほど近いお店だった。ドアを開けると、店内は暖房と鍋の熱気でむっとするくらい暖かかった。テーブルに案内され、ブテチゲを注文する。ここのブテチゲは最初からラーメンが入れられていて、チーズもふんだんに入れられているらしい。  注文して間もなく店員が鍋を持ってくる。火をつけ、しばらくするとぐつぐつと煮えてくる。ウインナーやラーメンが煮え立っていく。 「ほら、こうやって混ぜるんだ」  イジュンが慣れた手つきで鍋をかき混ぜ、器によそってくれる。俺はだまったままスプーンを持った。日本だと鍋でも箸だけど、韓国ではスプーンらしい。以前、イジュンが教えてくれた。まずスープから口にするけれど、味がよくわからない。辛さも旨味も全てどこか遠くに感じる。 「美味しい?」  イジュンの問いかけに、俺は笑顔を作って「うん」と答える。でも、その声は自分でもわかるほど弱々しかった。 「ねえ明日海。どうしたの? なにかあった? さっきから元気ないよ」 「別に……疲れただけだよ」 「ほんとに?」  イジュンのその視線が痛い。まるで俺の内側まで見ようとしているみたいだ。  鍋の湯気が視線を曇らせる。俺はうつむき、黙り込んだ。イジュンは黙って俺の器に具材を入れていく。昼、あんなにお肉を食べたのに夜までウインナーがたくさんだ。 「ほら、ウインナーたくさん食べて」  その言い方がお母さんみたいで、俺は一瞬ふと唇を緩めた。それがイジュンなりの気の使い方だとわかっていても、それでも心が晴れることはなかった。何度目かの沈黙のあと、またイジュンが口を開く。 「やっぱりおかしいよ。疲れただけじゃないでしょう。何があった?」 「……」  俺は答えられずに、ただ黙ってスープを口に運ぶ。熱いはずなのになにも感じない。 「明日海。大丈夫?」  イジュンの声音は真剣だった。軽く問いかけているのではない。本気で心配している。それに対してなんと言っていいのかわからない。言いたくない。言ったら自分が小さすぎる人間だと知られてしまう。そう思って黙り込む。でも、イジュンの真剣な瞳に射抜かれて、言葉が喉の奥でうごめく。 「……なんでもない」 「それは嘘だ」  即座に返される。イジュンは笑っていなかった。本気で俺の答えを待っている。それは決して騙せるものではなかった。もう逃げられないと思い、俺はため息をついて口を開く。降参だ。 「……ソヨンさんが」  小さく漏れた声に、イジュンが眉を寄せる。 「ソヨン?」 「……すごく、イジュンとお似合いに見えた」  言ってしまった。口にしてはいけないと思っていた言葉が、ついに零れ落ちてしまった。

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