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未来を囲む灯り6
俺の言葉にイジュンはなにを言っているのかわからないという顔をした。チゲを食べている手も止まってしまっている。俺が言えることではないけれど、すぐに飲まないとスープ冷めるぞと内心思う。そうしてどれくらいたっただろうか。やっとイジュンが口を開いた。そして言った。
「俺が好きなのは明日海だよ。ソヨンじゃない。それは変わらないよ。なにがあっても」
それに、俺は何を言われているのかわからず、聞き返してしまう。
「え?」
「だから。俺が好きなのは明日海だけだよ。ソヨンじゃない。ソヨンは従姉妹で家族みたいでしかない。俺にとっては妹同然だよ」
さらりと、でも迷いのない声だった。その言葉に嘘はないように思えた。だから俺は黙ってしまう。でも、その真っ直ぐな言葉に俺の心臓は跳ね上がった。俺の体も嘘がつけないようだ。顔の熱が一気に広がり、耳まで赤くなっているだろうことが自分でもわかった。この赤さは決して鍋の熱のせいではない。
「な、なに言ってるんだよ」
慌てて視線を逸らし、スプーンを持ったまま止まってしまう。ぐつぐつと煮立つ鍋の赤いスープが今の俺の顔色と同じように思えてならない。イジュンは少し困ったように笑いながら、俺を覗き込む。
「ほんとだよ。俺が大事なのは明日海だよ。一緒にいたいのは明日海だけだ」
その声は落ち着いていて、余計に俺を追い詰めた。胸の奥が熱くて、でも同時に不安が冷たい影を落とす。
「……そんなこと簡単に言うなよ」
「簡単に言ってるんじゃない。ほんとにそう思ってるから言ってるんだ」
真剣な瞳が、俺の逃げ場をなくす。俺は慌てて水を飲んで咳払いをした。ごまかすように鍋から具材を取り分けて口に運ぶ。熱いのに、美味しいはずなのに味がよくわからない。
「……わかったよ。ありがと」
精一杯、軽い調子で返す。でも、声が震えているのを自分でも感じる。イジュンはそれで納得してくれたのか、にこっと笑って黙った。沈黙が降りて、店のざわめきとスープの煮える音が響いた。イジュンは真面目に言ってくれた。それを疑いはしない。それなのに、俺の胸の奥では、まだなにかがざわついていた。
ソヨンさんの自然な立ち居振る舞い。家族の一員としての立場。笑うときの距離の近さ。それに比べて俺は、ただ「外から来た人間」に過ぎない。今日は歓迎されても、明日には忘れられてしまうかもしれない存在だ。イジュンの言葉を信じたい。信じたいのに不安はなかなか消えてくれない。俺はイジュンにふさわしいんだろうか。ブテチゲの赤い湯気にかき消されるように、その問いが胸の奥に沈んで行った。
それでも、イジュンの顔を盗み見ると、やっぱり胸が温かくなる。イジュンの笑顔が好きで、声が好きで、一緒にいる時間が心地良い。矛盾する感情に振り回されながら俺は黙々とスプーンを動かし続けた。
ラーメンがのびてしまうからと言って、最後は2人とも黙って鍋を食べた。店を出ても鍋で温まった体には外の風が心地良く感じた。
さっきから俺はひとつの言葉を繰り返している。イジュンのことを信じたい。でも、怖い。その間で揺れながら、俺はイジュンと並んで歩いていた。夜風に当たりながら歩いていると、イジュンが俺との距離を詰めてくる。さり気なく肩が触れた。わざとなのかたまたまなのかはわからない。でも、その温もりに少しだけ胸の重さがやわらいだ。
「明日海。まだ心配してる?」
低い声でそう訊かれて、俺は首を振る。
「大丈夫。イジュンがそう言ってくれたから」
口にすると、不思議とその言葉が自分の中に落ちて行くのを感じた。完全に不安が消えたわけじゃない。ソヨンさんの存在が今でも心の片隅でちらついているのは確かだ。けれど、今、ここで隣を歩くイジュンの温度が、確かに俺を選んでくれている証のように思える。
「そっか」
イジュンは安心したように笑い、俺のゆっくりとした歩調に合わせてくれる。その優しさがただ嬉しい。不安と温もりの間で揺れながらも、とりあえず今は信じてみよう。そう思いながら俺はイジュンと並んで歩き続けた。
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