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エリートαと風俗Ω ー人生最悪の日から始める、最後の恋ー 第一話-1 | 【公式】エクレアノベルスの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
エリートαと風俗Ω ー人生...
第一話-1
作者:
【公式】エクレアノベルス
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第一話-1
神田
(
かんだ
)
麻陽
(
あさひ
)
は、中学の頃から学校に行っていない。 オメガと診断された直後、世話になっていた親戚の男に犯され、ずっと閉じ込められていたからである。 麻陽の両親は小学校中学年の頃に事故死した。それから世話になっていたのが、麻陽の父の弟である男のところだった。けれどその父の弟も、麻陽がオメガと知るや否や麻陽を保護の対象ではなく性の対象へと変えた。オメガは人口的に少ないが最高に良いセックスができると噂があり、ベータであった父の弟もそれに流されてしまったからである。 関係が終わるのはそれから数年後の、麻陽がもうすぐ十七になる頃だった。男の妻に情事を見られたことがきっかけとなり、麻陽は身一つで追い出された。 行くあてもなかった麻陽だったが偶然にもオメガ専門風俗のオーナーに拾われ、住み込みで入店し住居を得た。 ここまでが、神田麻陽という男の過去である。 おおよその者がこれを聞けば「可哀想だね」「頑張ったね」と涙まじりに慰めるものだが、そんな必要はまったくない。なぜなら麻陽は自身を悲観していないし、「可哀想」と何かに対して思えるほど情緒も育っていなかった。 そしてなにより、麻陽は驚くほどの「お馬鹿」だった。 能天気で楽天的。底抜けのお馬鹿で、ついでに言えば晴れ男。運も悪くはない。なんとなく買った馬券がうん十万に化けたことだってある。 麻陽はむしろ幸せだと思っていた。セックスだって好きだ。誰とするのも気持ちがいい。オメガが世間で蔑まれているのだって麻陽には興味もなかったし、番なんてどうでも良かった。 とにかく今が楽しければいい。 麻陽は風俗店から出ると、機嫌よく街に足を向けた。 「お、あっちゃん、どこ行くんだよ。今日予約は?」 隣の店の客引きの男が、風俗街を歩く麻陽を呼び止める。 「今日はオフにしてもらったんだよ。ふふ、ちょっとね、テレビで美味しそーなケーキ見てね、食べに行くの」 「おお、いいなぁ。あっちゃんなら女が好きそうな店でケーキ食ってても違和感ねえ。行ってらっしゃい」 「うん。お兄さんも頑張ってね」 麻陽がオメガ専門の風俗店、"Lavish ─ラビッシュ─"に入店してから、もう三年が経過した。 麻陽は今年で二十歳になる。けれど特に将来のことなんか考えてもいなくて、この年にしてはお金も有り余るほど持っているために苦労もなく、今日も今日とて自分のしたいことをしたいようにして生きているだけである。 街に出ると、周囲の目が一気に麻陽に集まった。チョーカーをしているからということもあるが、麻陽の容姿があまり見ないほどには整っていて可愛らしいというのが一番の理由だ。 しかし麻陽はそんな視線にも慣れているから、すべてに無視を決め込みまっすぐにケーキ屋さんを目指す。ふわふわのムースにチーズクリーム、とろりととろけるフォンダンショコラ。思い出すだけでよだれが出そうになるのを堪えながら、スキップでもしてしまいそうな心地である。 「はぁー、でもどれから食べよっかな……」 頭の中のメニュー表を開いていると、横から突然、勢いよく水がかけられた。まるでバケツをひっくり返したかのような量と衝撃である。 ふわふわと旅立っていた浮かれ心地な思考が止まる。数度瞬きをして自身を見下ろすと、全身がびしょ濡れになっていた。 ポタリと一つ、前髪から滴が落ちる。 はて、いったい何が起きたのか。 「う、うわ! すみません、すみません! あの! タオルお持ちしますので!」 え? なんて反応する間も無く、一人の男がすぐ近くにある花屋の奥に姿を消す。すると立ちすくんでいた麻陽を追い抜いて、スーツの男が花屋に突撃して行く背中が見えた。彼も水に濡れているようだ。もしかしたら麻陽とは近くを歩いていて、一緒に濡れてしまったのかもしれない。 「あ、なるほどねー、水撒きしてたんだ」 ぼんやりしちゃってたのかなー、なんて呑気に思っていた麻陽とは裏腹に、麻陽のところまで怒鳴り声が届く。どうやらスーツの彼はこれから商談があるらしく、スーツを濡らされたことに腹を立てているらしい。店員は男にタオルを渡し、泣きそうな顔でひたすら謝り倒していた。 なんとなくそれを眺めていた麻陽は、まったりとした歩みで店に向かう。 「店の教育はどうなってるんだ! 水を撒くなら確認ぐらいするのが普通だろう! 弁償できるのかおまえ!」 「す、すみません、申し訳ありません! クリーニング代を、」 「弁償だ弁償! こっちは商談もぶっ飛ぶんだぞ!」 「おっと」 わざとらしい声と共にこれまたわざとらしく躓いてみせた麻陽は、怒鳴っていた男の背中に抱きつく形で飛び込んだ。一瞬動きを止めたその場は、やはり怒り狂った男が麻陽を弾き飛ばすことで動きを再開する。 「なんだおまえ! 濡れた体で俺に抱きついたな……! 汚いオメガが触れやがって!」 「べんしょー? なら僕がするよ。だって僕が濡らしちゃったもん」 「ああどっちでもいい、それならさっさと金を出せ。いいか、このスーツはおまえみたいなお子様が買えるような額じゃない。支払えないのなら、」 「んー、この近辺の高級なスーツ屋さんってどこ? ここ?」 ぽちぽちとスマートフォンをいじっていた麻陽が画面を見せると、男はぐっと言葉をつまらせる。 「……近場で言えばそこ、だが、おまえに支払えるわけが、」 「じゃあ行こうよ。商談は何時? 今すぐ買ったら間に合うでしょ?」 「……正気か?」 「べんしょーべんしょー」 全身水を被ったまま、麻陽は陽気に花屋から出た。 幸いスーツ屋は近いようだ。徒歩で五分圏内にある。軽い足取りで向かう麻陽に、男は渋々ながらについて歩く。 並んで歩くわけでもないから会話もない。麻陽は店に着くとすぐ、ふらふらと「そこのお兄さん」と店員を呼びに行った。すると気付いた店員は真っ先に麻陽にタオルを渡す。麻陽はこのままでも良かったが、そうなると店内が汚れてしまう。それに気付いてひとまずタオルは大人しく受け取っておいた。 「スーツを一式? 今すぐですか?」 「うん。オーダーは間に合わないから、既製品で一番いいやつをこの人にプレゼントするの」 「か、かしこまりました」 どうしてオメガの少年が? と不思議そうな男を一瞥して、店員はすぐに店の奥に向かう。 麻陽の首には少し大きいチョーカーがついている。彼がオメガであることは一目瞭然だ。 「……おまえ、本当に買うのか」 麻陽の奇行を前に怒りが落ち着いたのか、近くの椅子に座った男が脱力しながらつぶやいた。 「へ? うん、買う。べんしょー」 「その言い方やめろ、腹が立つ。……はぁ。なんだおまえは本当に……気が抜ける……」 「お兄さんがカリカリしすぎなんじゃない?」 「……分かってるよそんなこと……嫌なことが続いて八つ当たりしたんだ。自覚はある」 麻陽が頭を拭いていると、店員がようやくスーツを持ってきた。すぐに男は試着室に向かう。途中、男がちらりと麻陽を振り返ったが、麻陽にはその意味が分からなかった。 「ん、そうだ、お会計しとく。先にお会計」 「かしこまりました。あちらのスーツをお買い上げでしょうか」 「うん。もしもサイズ合わなかったりしたらもっと値段変わる? だったら一番高いお金で引いといてよ。返金あったら試着してるあの人にあげて」 麻陽が気さくにカードを渡すと、カウンターの向こう側にいる店員はやはり不思議そうな目で麻陽を見る。 「うん? なに?」 「いえ、失礼いたしました。それではこちらカードをお返し……あ、お客様、試着を待たれないのでしょうか」 「うん、僕大事な用事あるから。あ、タオルありがとー」 店員は自身に押し付けられたタオルを受け取り、立ち去る麻陽の背中を唖然と見送った。 それは、麻陽にとってはとても些細な出来事だった。だからこそ誰に何を言うでもなく、ほんの些細な出来事として麻陽の中からはあっさりと消えた。
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