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第一話-2

「あ、ヨウくん、イくよ、イく、はぁ、気持ちいね」  腰を掴まれて、深く突き上げられる。麻陽は後ろからの乱暴な仕草にも快楽を覚えながら、ナカを締め付け射精を煽る。 「イく、僕もイっちゃう、あ、もっとして、奥、ぅ!」 「うん、ここだよね、ヨウくん……ああ、気持ちいいよ……はぁ」  ベッドが激しく軋む。そんな音さえ快楽に変え、麻陽は体を震わせた。 「あ! イく、ヨウくん!」 「僕、も! ああ!」  同時に達すると、男は一度麻陽の背中にキスをしてそれを引き抜く。麻陽の蜜液でどろどろの蕾は、抜けることを嫌がって最後まで吸い付いていた。 「はー、ほんっとヨウくんはいいねえ。最高だ」 「ん、うん。お兄さんもイイよ。僕、いっつも気持ちいもん」 「そう? へへ、そう言ってくれるとまた来ちゃうなあ」 「うん。ねえ、ちゅうして。着替えながらして」  時間ギリギリまで行為に耽っていたために、男は必死に着替えているようだった。しかし麻陽がキスをねだり、その手も時折止まる。着替え終わる頃には、退店時間ぴったりだった。 「じゃあヨウくん、また指名するから」 「うん。またねー」  男が出て行ったのを見て、麻陽はすぐに室内にあるシャワー室に入った。  セックスは好きだ。楽しくて気持ちがいい。ずっとしていたって飽きない。でも一人になる瞬間だけはあまり好きではない。  シャワーのお湯を頭から浴びながら、大きく頭を振る。  オーナーの計らいで、麻陽のシフトは調整されていた。だからこの後は客も来ないし、夜まで自由時間である。  住み込みで働いているとそれこそ毎日毎時間セックスになるために気を遣ってくれたとは分かるのだが、麻陽からすれば特にすることもないからそれは無駄な気遣いだった。 「あっちゃん、お出かけ?」  支度を済ませてロビーに行くと、ボーイの男が立っていた。これから誰かを迎えに行くのか、車の鍵を持って麻陽と共に外に出る。この店はファッションヘルスが基本だが、最近ではデリヘルのほうにも力を入れている。 「うん。暇だもん」 「だよねー。いっつも何すんの?」 「今日は映画でも観てくる」 「そりゃあいい。行ってらっしゃい」  ボーイに手を振って、麻陽はすぐに街に向かう。  朝から三人相手にしたけれど、別に苦痛とも思わない。昔からセックスばかりだったから体力もあるし、何より麻陽は元気いっぱいだ。それなのにオーナーの制限のせいでお客さんが入らない。映画を観たりケーキを食べたり、それなりに楽しいけれど、やっぱりそんな暇つぶしよりはセックスをしていたほうがよっぽど楽しいと思えた。  オーナーは十六の麻陽を拾って今までずっと面倒を見てきたから、息子のように思っているのだろう。分かってはいても、麻陽が納得できるかは別である。 「そーだ、今度ちょっと話してみよっと」  ずっとシフトを入れるのは無理にしても、増やすだけならできるかもしれない。そんな未来を考えて、麻陽は途端にご機嫌になった。 「あ、あの、この間の、」  突然声をかけられて、麻陽はくるりと振り向いた。  見覚えのある花屋の前。気弱そうな店員の男が、麻陽に深く頭を下げる。 「この間は申し訳ありませんでした。あなたにも水をかけてしまって……その、それどころか助けていただいて、謝罪もお礼もなく……」 「ううん、別に。僕濡れても死なないもん」 「え、あ、そうかもしれませんが……」  店員は困ったように視線を泳がせ、やがて上目に麻陽を見る。麻陽は店員のその様子に首を傾げたが、そんな麻陽を見てどう思ったのか、店員は今度、弱々しく眉を下げた。 「あの……ぼく、あなたのこと知ってました。よくここを歩いてますよね。いつもブランドの服を着て、顔もすごく可愛いし、つんとしてるイメージだったから、水なんかかけちゃって絶対に怒られると思っていたんです。でもイメージとまったく逆でした」 「僕、怖かったの?」 「ははは……まあ……」  麻陽はずっとブランド物しか身に付けていない。それはオーナーが最初に買い与えたものがそれだったからで、それしか知らなかったから、麻陽自身もそのブランドでしか服は買っていなかった。  さらに麻陽は可愛らしい容姿をしている。やや天パのハニーブラウンの髪の毛はくるりと跳ねて、やる気のない眠たそうな目は二重で大きい。肌も白く鼻も小さく、唇もぷるんと潤って綺麗なピンク色である。ミステリアスな雰囲気とその容姿、さらには首元にチョーカー。そこまで揃えば近寄り難く、さらにブランド物なんて身に付けているものだから、いいとこのアルファに飼われたオメガとさえ思われていた。  だからいつも見られるのかと、麻陽はなんとなく理解した。  しかしそれは「可愛くて近寄りがたい、アルファに飼われたオメガ」だからというものではなく、単に「怖がられていたから」という理解までである。  とはいえ麻陽には何のダメージもないために、あまり気にもしていないようだった。 「そうだ。よければ謝罪とお礼に、一つ花束を作らせてください。差し上げますので」 「えー、お花を? いーの?」 「はい!」  それならお言葉に甘えてと、麻陽は結局、そこそこ立派な花束を作ってもらった。  これから映画を観ることなんか考えてもいない。目先のことしか見ないから、麻陽はすっかりご機嫌に手を振って店を出た。  そういえば花をしっかりと見たのは初めてである。部屋に飾ったこともないし、新しいことに胸がそわそわしていた。 「きみ! 神田麻陽くん!」  バン! と車の扉を閉める音と共に呼び止められた。自分は今どこから呼び止められたのか。キョロキョロとしていると、後ろから肩をぐっと引かれる。 「ここだ、やっと見つけた」  そこに居たのは、数日前に花屋で怒り狂っていた、麻陽と共に濡れた男だった。     *  女受けするような雰囲気に、男は落ち着かない様子だった。  麻陽が男に連れられたのは、とある話題のカフェである。内装は落ち着いたものだがパステル色が多く使われ、客層は若く学生かカップルしかいない。そんな店内にはさすがに居づらくて、男の希望で二人はテラス席へと案内された。  注文を終えて現在。  麻陽の前にはいくつものケーキの皿が並ぶ。 「本当にいーの? これぜーんぶもらっちゃって」 「ああ、この間の謝罪だからな」  ほくほくと嬉しそうに頬を染め、麻陽がさっそくフォークを突き刺す。  以前やってきたケーキ屋とは別の場所だ。ここはテレビではしていなかったがSNS映えすると話題の店で、実はあの日行こうかと悩んでいた二軒目の場所だった。  嬉しそうに食べる麻陽を、男はじっと見つめていた。その容姿や服、仕草、すべてをじっくり確認し、ふたたび食べている姿を映す。 「本当はあの日、俺がスーツを買おうと思ったんだが、すでに会計を済まされていた」 「あ、うん。僕ケーキ食べたかったから急いでたし」 「そうじゃなく。……いや、そうか、それできみは居なかったのか」  男は一度間を置き、ふぅと軽く息を吐く。 「きみのことを少し調べたんだ」 「調べた? なんで?」 「謝罪と礼をしたかったからな」 「ふーん。大変そーだね」 「…………風俗で働いているらしいな」  嫌悪感があるのか、ぐっと男の眉が寄る。  しかし麻陽は空気を読むことも相手の気持ちを測ることもできないから、そんな表情もまったく気にならないようだった。 「うん。十六の頃からね。サバよんで働いてるの」 「……事情は知ってるけど、そういうのはやめたほうがいい。もっと自分を大切にしないと」 「……大切に? してるよ?」 「してないだろ。毎日毎日、知らない相手とセックスばかり……本当に好きになった相手ができたとき、そんなところで働いていたらそいつに嫌われるぞ」 「でも、大切にはしてるよ?」  もりもりとケーキを食べる麻陽は、何を言われているのかをあまり理解していないようだ。  何をどう言えばいいのか。男は分かりやすくため息をつくと、自身を落ち着けるようにコーヒーを一口含む。 「だからオメガはダメだと言われるんだ。セックスを武器にして、アルファやベータを陥落させる。自分を大切にすることの意味を分かっていない。きみは周囲からどうやって見られているかをきちんと理解したほうがいい」 「うん、分かったー」  あっという間に五皿のケーキを食べ終えて、麻陽はメニューを開く。まだ頼むつもりらしい。 「……分かったって、そんな簡単に……」 「理解でしょ? 分かったよ、頑張る。でも今はケーキ食べる」 「いや、そんな話じゃ、」 「すみませーん」  店員を呼んだ麻陽は、またしても五皿ほど注文した。  その食欲はどこからくるのか。華奢で小柄なだけに心配も浮かぶが、男が引き止めることはない。 「きみは将来のことをしっかりと考えているのか?」 「しょーらい?」 「……どこで働いて、何になりたいとか。夢くらいあるだろ?」 「んー?」  ケーキを待つ間、麻陽はホットココアを飲んでいた。甘いものを食べながら甘いものを飲むなど男には理解しがたいことだが、平気そうな麻陽を見ていれば案外平気なものなのかもしれないとも思えてくる。  麻陽は一度ココアを飲むと、薄かったのかそれをくるくるとかき混ぜ始めた。 「別にない。今が一番たのしーもん」 「……あのなあ……きちんと考えろ。きみはまだ二十歳だが、これからだんだん歳をとる。そうしたら客の指名も減る、収入もない、風俗あがりのオメガなら結婚も難しい、どうやって生きていくつもりだ」 「ん? んー、しょーらいまでには死ぬんじゃない?」 「人間は意外と長く生きるぞ」 「えー、そーなの? どーしよっかな、あ、きたきた」  麻陽は店員が持ってきた皿をキラキラとした目で見つめると、行儀よく「ありがとー」と頭を下げる。店員も最後まで嬉しそうに笑っていた。 「……きみの境遇は知ってる。でもそれで腐って将来のことを何も考えないのは違うだろ。そんな境遇だからこそ見返してやるってバネにするもんじゃないのか」 「そんなもん?」 「そうだろ、普通」 「ふーん。僕、難しいこと苦手。フツーって言われてもよく分かんない」 「だから……」  男の言葉も深くは聞かず、麻陽は美味そうにケーキを頬張る。その様に男もややイラつき、指先がテーブルを断続的に打ち始めた。 「なんでおまえらはそう……普通ってのは普通だろ、なんで分からないんだよ。俺がこうやって時間割いてやってんのに、どうして理解しない……」 「おいしー。ここのケーキすっごいおいしー、お土産にいくつか買って帰ろー」 「俺はなあ!」  男の手が、テーブルを強く叩きつけた。  ガシャン! と食器が跳ねる音に、隣の席の学生が二人を見つめる。テラス席でなければさらに視線を集めていただろう。しかし麻陽には関係がないから、彼はただマイペースにフォークを進めていた。 「きみのために言ってるんだよ! これからどうする、オメガの就職口なんかそもそも少ない! それなら婚活でもして結婚する道を選ぶのが妥当だろ!? なのにきみは風俗なんかで時間を潰して、自分の価値も落として何やってんだよ!」  オメガなんだって。うわ本当だ、チョーカーついてる。しかも風俗って──。  隣の席の学生が、ヒソヒソと二人を見ている。特に麻陽を見る目は厳しく、極力見ないようにと目をそらしていた。 「お兄さんって優しーよね」 「……は、はあ? 俺の話、聞いてたのか?」 「気に入らないなら僕のことなんか放っておけばいーのに。僕が結婚できなくても、死んじゃってもさ、お兄さんが困るわけじゃないでしょ。でも僕のために怒ってくれたんだよね。頭良さそうに見えるのに、馬鹿なんだね」  ものすごいペースでケーキを食べる麻陽は、すでに三皿目を終えていた。  男はぐっと押し黙り、紛らわせるようにカップを持つ。 「お兄さん、僕に頭なんか使わなくっていーよ。僕は適当に生きて適当に死ぬからさ。お兄さんは僕のことなんか気にせず、何も考えずに生きてればいーんだよ」 「……そうかもしれないが……」 「あ、もしかしてそれも八つ当たり? 前もカリカリしてたもんね」  かちゃん、と皿が重なり、四皿目のケーキが終わったことを知らせた。 「そうはっきり言われるとアレだな……はぁ。そうかもな。最近うまくいっていない。友人には金を持って逃げられて、婚約者には別れを告げられ、小さな頃から実家で飼っていた犬も死んだ。そんな中で水をぶっかけられて……」 「それであんなに怒ってたんだー」  ははは、と乾いた声で笑うと、麻陽はとうとう最後の皿も食べ終える。  男がちらりと麻陽を見るが、麻陽はココアを飲んでいた。男の指先はすでに大人しい。男は今度メニュー表を一瞥して目を細めると、落ち着かない様子でふたたびカップを口に運ぶ。 「こんな話を誰かにしたのは初めてだ」 「僕とは他人だもん。話しやすいんだと思うよー」 「……きみは不思議な子だな。俺にあんなことを言われても怒らないのか」 「だってどーでもいーもん」  さて、と麻陽が立ち上がると、男もパッと顔を上げた。まっすぐに麻陽を見つめている。次の仕草を探っているのか、その目には麻陽も思わず動きを止める。 「なに?」 「どこへ?」 「ん? トイレ」 「…………そうか。行ってこい」  麻陽の答えを聞いて、男は椅子に深くもたれた。  麻陽が戻ってくると、またしてもココアと、今度はパフェを頼んでいる。そんな姿に、男はホッと力を抜いた。

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