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9 (ライラside) 「ライラさん。いくら貴方からの忠告があっても、私はこの一件から、身を引くことができないのです...」 アダムはその眉根を寄せながら神妙な面持ちでそう言った。彼の彫りの深い顔立ちにランタンの明かりが作る闇が深く影を落とす。 「...なんだ。どうしても、ってか?...その意志の強さは認めてやる。だが、悪魔同士の戦いに巻き込まれることになるぞ」 俺はそう言って腕を体の前に組む。するとアダムの視線は躊躇うように揺れて、最後には濡れた地面へと落ちていった。 「悪魔同士の戦い......。ですが、私は必ずこの一件を解決しなければ...」 アダムのやつ、随分と思い詰めたような表情だ…。 「...そうか。なにやら引くに引けねぇ複雑な事情らしいな。深刻そうだ」 「その通りです。とても...とても深刻な事態なんですよ......」 深いため息混じりにアダムはそう返し、その視線が再び俺を捉える。 アダムの眼差しは真剣そのものだ、しかし…揺れている。どこか脆く感じられる。俺に助けを求めたい、ということがありありと伝わってくるのに、何か複雑な事情に阻まれてしまっているかのようだった。 「...なんだ。俺に話せることか?」 俺はそう尋ねて、アダムを勇気付けるようにその右肩を掴む。 ...アダムは教皇庁に属するエクソシストだ。そして俺もかつてはその中の人間だった。コイツの抱えている葛藤を俺は見透かしている。その喉まで俺を頼りたい言葉が出てきそうなほどなのに、ここまで躊躇しているということは... ......教皇庁でなにか大きなことが起こっているに違いない。この地下の悪魔のことだけでなく、まだ他にも何かある。司祭や枢機卿から口外を禁じられた何かを知っているはずだ。 アダムはまだ葛藤の色を浮かべ、下唇を噛み締めていた。 俺はアダムの立場に理解を示す。俺だって、教皇庁からは何かと秘密裏に動けだの、なんだのを言われてきた身だ。 「ふん。お前の事情はよく分かってるさ。その深刻な事態ってのは……まぁ、俺が悪魔と通じていることもある訳だし、お前にとっちゃ俺に打ち明けづらいだろうな...」 「えぇ。ですが、私は貴方を信頼している...。そして直ぐに、この事態を教皇庁は隠し通せなくなる...」 ...やっぱりな。教皇庁はまた何か隠してやがる。そしていつかそのツケに終われて身を滅ぼしそうな組織だ。あの船を降りられたことに安堵さえ覚える。 アダムは、俺に教皇庁の内情を打ち明けることへの決心を固め始めている様子だった。 「...ほう。それで……今回のヤツらは一体何を隠してんだ?無理にとは言わんが、話してくれるなら力になれるかもしれん」 それは本心だった。アダムの状況に俺は同情している。 目を細めながら尋ねると、アダムは肩を竦めて自嘲する。 「...お話しましょう。正直に言って、私には1人で乗り切る自信がないのです。貴方に助けを求めるべきだと、私の心は叫んでいる。ですが.....」 アダムはそこで言葉を止め、俺の隣にいるマーレをチラリと見やった。 マーレの存在が気になるのだろう。当然のことだ。アダムにとっては彼女が悪魔であるということが引っ掛かるに違いない。 「...わかった。少し向こうで話そうか」と、アダムの心情を察したように伝える。しかしそれを良しとしないのはマーレ本人だった。 「...ライラ様。なりません。私の傍から離れることは...」と、マーレが低い声で呟き始める。俺は彼女の言葉を強引に遮った。 「すまない。少しだけだ。あまり遠くには行かないさ。すぐそこだ、向こうで話してくる。君はここで皆の帰りを待っててくれ。気配を察知したら、直ちに俺にも教えて欲しい」 マーレにそう伝えるが、彼女は首を縦に振ろうとしない。 「......いいえ。私はあの方に、貴方様を護るようにと命じられているのです。あの子にとって1を預かっているのですよ。傍を離れることはできかねます」 マーレはベルブの名前を伏せながら宣言した。その表情は真剣そのものだ。マーレの覚悟がヒシヒシと伝わってくる。だが、アダムをこのままにしておく訳には...。 「...あぁ、分かってる。だがな、ここに潜む悪魔を追う上で知っておかなければならない事情かもしれない。お願いだ、少しの間でいい」 俺はマーレの瞳を真っ直ぐに見つめ返して伝える。その熱意が伝わったのか、彼女は頭を抱えながらも渋々頷いた。 「...承知しました。本当に、少しだけですからね…?」 マーレは念を押すようにそう言って、その視線はアダムにも突き刺さる。マーレのその凛とした表情と声色は鋭い重みを感じさせ、俺とアダムに緊張感と圧迫感を与えている。俺たちは若干の怯えを感じながらコクコクと首を縦に振った。 マーレ、怖いな...。 さすが、ベルブとルゼブを教育してきただけの悪魔だ...。 「よ、よし。アダム、手短にな。向こうに行こうか」 「え、えぇ。直ぐに...」 俺たちはいそいそとマーレから距離を開けて、少し離れた場所でその身を寄せる。 「...それで?なんなんだ?」 早口でヒソヒソと尋ねると、アダムは上半身を傾けながら俺のほうへ手を伸ばし、コソコソと耳打ちする。 「実はですね......」 どんな内容がコイツの口から飛び出てくるのだろうか……。 きっととんでもない事態に違いないと、俺は息を飲む。さらにはマーレから急かされているような気持ちも相まっているのか、ドクドクとこの心臓の音が速まっていた。 「...チッ。早く言え。彼女を怒らせたら怖い...」と、焦燥感に駆られ、マーレの方をチラチラと確認しながらアダムに告げる。 「っ...急かさないでください。私だって......まだ心の準備が......」 「んなもん知るか。俺に話すって決めたんだろ、腹括れ。あの場所が隠したがる情報はとんでもない話ばかりだからな...」 お互いに眉間に皺を寄せながら声を押さえて言葉を交わし合い、ついにアダムが決意した声色になる。 「そうですね、その通りです......。なら、伝えますね......。実は......」 そこで1度深呼吸したアダムのその声は、震えていた。 「教皇が、死去されたのです......」 「......は?」 アダムの言葉で、俺は一瞬呼吸も忘れた。衝撃のあまり俺は、アダムに間抜けな面を晒していることだろう。 教皇が亡くなった、だと...? 俺は魔界で過ごしている間も、毎日新聞を用意してもらって読んでいたが、そんなことは一つも...。奴らは国のトップの死までを隠匿するようになっちまったのか...? しかし、例えば病気なんかで急逝したのであれば、世間一般に公表しても問題無いはずだ。なぜ教皇庁はそんなことを隠したがったんだ...? 想像よりも深い闇が隠されている...... そんな確信を得てしまい、俺は眉を顰めた。 「...アイツらはいつから隠してんだよ、その事実を」 その背後に絡む事情を慎重に探りながら、アダムにそんな質問を投げかける。 「......もう、1週間ほど」 そんな言葉が返ってくると、俺は呆れながら溜息をつく。 「1週間も隠してるのか...?教皇選挙を直ぐに実施すべきなのに...」 事があまりにも大きすぎる...。つまり、この国のトップが居ない状態で1週間も経過し、それを国民に隠している。この事態、普通ならすぐさま教皇選挙だろうが。 「......そうですね。そして、この事実は、ほんの一部の人間しか知らないことなんです」 アダムのそんな言葉を聞いて、俺は教皇庁という存在に対しての猜疑心がたっぷり詰まった瞳でアダムを鋭く見つめる。 …一部の人間?そりゃそうだろう。こんな事態、いくらあの組織が腐っていたとしても、事が事だ、中にいる彼らも放っておかないはずなんだ。 少しでも職員に漏れれば、早急に選挙を行い次の教皇を決めるべきだと言う声は当然のように上がり、世間にもその事実は隠せなくなる。つーか、教皇が姿を見せなくなったんだ。直ぐに職員たちにバレることも分かってるはずなのに、隠そうとするなんて。余程隠したい"何か"がある…。 とはいえ、アダムがその極秘情報を知っているとは......。 アダムはエクソシストだぞ...? これほどまでに大きな情報を隠すとなると、教皇庁側も枢機卿レベルに留めようとするはずだ。 「......なぜお前がこの事実を知ってる?」 俺がそう尋ねると、アダムは震えながらその手に胸元のロザリオを掴み、片手で十字を切り始めた。そしてその震える唇で呟く。 「...ライラさん。教皇は、のです......私がそれを確かめたのです......」 アダムの言葉に再び衝撃を受けて、反射的にアダムの胸倉を掴んでしまう。アダムのカソックを握り、グッと顔を寄せる。 「...なんだそれ」 俺は言葉を失いながら、唖然とした表情で返すのがやっとだった。 アダムは苦虫を噛み潰したような表情だ。その震える唇が再び口を開く。 「...死去した場所は、教皇庁の中でも教皇が主に使われていた特別な聖堂の中です。そのような神聖な場で、悪魔が聖職者を、それも教皇を殺せるなんて...。恐ろしい...」 アダムはそう言って祈るようにロザリオを握りしめ、その手を額に当てて俯く。 教皇が使っていた聖堂.....確かに、あの場所の神聖さは、他とは格が違う。教皇庁に入る時、1度だけあの場所へ当時の教皇に招かれ、足を踏み入れたことがあるが......あの場所は特別だった。 あんな場所で悪魔が動けるのか...? あれほどまでに神聖な場所に入り込める悪魔が居るとは...にわかには信じ難い...。 「...お前が確かめたと言ったな。その針を使ったのか?」と、アダムに尋ねる。 「...えぇ。不可解な現象......聖堂の祭壇に置かれていた聖水が濁っていることを発見した司祭に呼ばれて...。ライラさんにいただいたこの針を使ったのです...」 「それで、残穢があったのか...」 「えぇ。確かに針は振れました...」 「......だが。あの場所に悪魔が入るなんて...どうも考え辛いな」 俺はそう言って、深く思考を巡らせながら俯く。俺はその時、ある決断をしていた。 「...よし。状況が変わった…。情報を整理しなきゃなんねぇな。俺が知ってる情報も、お前に告げる」 俺がそう言うと、アダムはロザリオを額からバッと離し、「えっ!?」、と小さく漏らしながら顔を上げる。 「アダム。俺から伝えておきたい情報はな、この一連の事件は、悪魔だけでなく、人間も関わっている、ということだ。悪魔と人間が共犯者なんだよ...」 カイルとのやり取りで発覚した、犯人の情報...... 俺はそれをアダムに打ち明けた。 アダムはその事実に驚愕し、黒く大きな瞳を見開く。 「それは......確かな情報なのですか?」 「...あぁ。にわかには信じられんだろうが......俺の前に天使が......」 「て、天使!?ライラさん...?貴方は天使ともお付き合いが!?」 アダムのそんな言葉を聞いて、俺は苦笑いを浮かべる。 「まぁ、少しな…ちょっと口を聞いたくらいだよ。だがな、天使というのはこのような事態や事件に干渉できん立場らしい。だから、俺や仲間の悪魔たちにその解決を求めてきたわけだ」 「...な、なんと。天使と悪魔に......そのような接点が......!」 アダムはさらに衝撃を受けていて、見開かれた瞳が 揺らいでいる。常識では考えられないような現実に戸惑いを隠せていないらしい。 「だが、その話はさておき......。俺は、教皇の聖堂に悪魔が簡単に入れるとは思わん。この事件に関わっている人間というのは......」 「ライラさん......それは、つまり......」 「......あぁ。共犯者は、"教皇庁の中の人間"…かもしれんな...。それも、随分とあの場所で権力を持った奴だ...」 俺はそんな考えを告げ、もっと深く考えるように顎に手を当てる。 一歩でアダムは、俺の言葉で先程よりもより一層大きな衝撃を受けてしまい、その体が指先まで固まって震えている。 「...ラ、ライラさん!も、もしかして...」と、アダムが我に返ったように言葉を発する。 「なんだ?」 「...教皇が亡くなられたことも、トラックや穴の事故のことも。なぜ、今、そのような事が立て続けにおこっているのか.........。いや、......」 アダムがそんな風に呟き、唇を噛む。 確かに。今この一連の事態が起こっているきっかけがあるのかもしれん...。 「それは、"ライラさんが教皇庁を辞めた" から......。――んです。貴方は教皇庁の中に入れなくなっています。だから、その犯人が、教皇庁で動きやすくなった......!」 アダムは震える声で早口になり、畳み掛けるようにそんな言葉を紡ぐ。 おい、まさか... 犯人は時期を伺ってたのか...? 俺が邪魔だったとでも...? 「...ハッ。俺を買い被りすぎだ、と謙遜してぇところが。その可能性もあるかもな...。しかし、もしそうだったとしても、犯人は何故教皇を狙おうと思ったんだ...?私怨かなにかか......それとも、悪魔と協力して教皇庁を崩壊させようとでもしてるのか...。そこも分からんな」 「......たしかに、そうですね。でも......。私はこの事件に関わり始めて、教皇の死を経た時......ひとつ、確信したことがあるのです」 アダムはそう言って、再び俺を真っ直ぐに見つめる。 「"エクソシストが、教皇庁も、この国の人々も、その全てを守らなければならない"…と。悪魔に強くならなければ......。教皇亡き後に行われる選挙では、エクソシストを推進している"オセ枢機卿 "を、この国のトップにしなければならないんです...!」 「...オセか。あの男か...。確かにな。だが、最近の新聞記事によると、ラグエルのほうが有利になってきたんだろう?今度の教皇選挙は接戦のはずだったが、新しい改革を期待できるラグエルのほうに軍配が上がりそうだと載ってたぞ」 「えぇ。その通りなのです...。ですから、今回のこの一件、私はエクソシストとして活躍し、なんとしてでもエクソシストの重要性を訴えかけたい。今のままでは、教皇はただの不審死だと判断されてしまう......。ですが、確かにあの場所には、悪魔の痕跡があったのですから...」 「...そうか。確かにな…」 「えぇ。司祭とオセ枢機卿は、悪魔の仕業だと信じてくれている。ですが、現状教皇の地位に近づいているラグエル枢機卿は、人々を見えぬ脅威に晒すべきではない、との一点張りで...。オセ枢機卿は、私があのトラックや穴の事件を解決し、エクソシストという立場を再建してほしいと、私に直々にお言葉をくださいました。私はオセ枢機卿のためにも、この一件に関わり、解決しなければならないんです...!」

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