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(悪魔side)
空中への逃げ場を失い、地面に再び降り立とうしている。そんな俺の足元で、グラウィタが素早く動いていた。
そのグラウィタは剣を既に手放している。奴は、切ってもすぐさま再生する赤黒い触手に対して違う形でダメージを与えることを試みたらしい。
なんとグラウィタは、その怪物に負けず劣らずの怪力で足元の大きな瓦礫を掴みあげた。
「ふんっ…!」と、力強く息む声と共に屈強な腕からその塊を投げ飛ばすと、それは地面から伸びる触手の根元をグチャッ!と叩き潰す。
奴の動きは、俺が着地するのをフォローするものだった。その一連の動きを素早い動きと異様な怪力を駆使して何度も成し遂げる。
次々と潰されていく触手を確認しつつ、着地できる隙を狙う。触手はぐちゃぐちゃに飛び散って、剣で断ち切られた時よりもその再生速度は僅かながら遅い。
グラウィタの応戦のお陰で着地できる隙が生まれた...!
俺は、グラウィタが広げてくれた空間に向かってすぐさま降下する。その動きに上から触手が追従してきていたが、グラウィタがさらに瓦礫を投げ飛ばして牽制する。
「ベルブ様……!」と、グラウィタは俺に向かって視線を向ける。
コイツの言わんとしていることは分かっている。また、自分を見捨てて逃げろと言い出すのだろう...。
地面に足を付いて下水の悪魔たちの体も両腕から降ろしながら、俺を呼んだグラウィタを素早く見やる。
「グラウィタ、通路まで逃げる。しかしお前も一緒にだ、よいな?」
グラウィタは眉を顰めて息を上げながら、少し躊躇うような間を置いた。下唇を噛みながら、葛藤している。
......しかし、俺たちに考える時間さえ残されていない。
グラウィタが潰した触手たちはもう、元の形を取り戻しつつあった。
「命令だ。来い」と、低い声で告げると、グラウィタは額に汗を滲ませて俺に従うしかなかった。
「1匹ずつだ、抱えるしかないだろう」と、俺は呟く。生き残っている下水の悪魔は2匹。グラウィタと1匹ずつ抱えて走れば……。
「……御意」と、グラウィタは小さく返す。
俺は下水の悪魔を肩に抱える。グラウィタも丸太を担ぐ木こりのように悪魔の体を肩に乗せた。
「ぐぇ……」と、苦しそうに下水の悪魔が声をあげるが、そんなことを気にしている場合ではない。
片手に剣を構え、左腕で下水の悪魔の体を強引に抱えながら通路の方へ向かって、グラウィタと走り出す。
「グラウィタ、速く動けるなら先に行け!直ぐに後を追う…!」と、グラウィタに向かって叫ぶ。
グラウィタなら、例えその悪魔1匹を抱えたところでもっと速く、俺よりも走れるはず…。
襲い来る触手の動きを交わしながら、息を乱しつつ走り続ける。
「御意…!戻って直ぐに援護を…!」
グラウィタはそう言うと、目にも止まらぬ速さでその速度を上げた。そしてグラウィタはあっという間に通路の方へたどり着き、抱えていた下水の悪魔を1匹、その通路の方へと投げ入れたようだ。
グラウィタは直ぐに俺の方へ向かって戻ってくるような動きをしている。
その時突然、目の前から新たな触手がボコっと飛び出して来た…。
「っ……!」
俺はすぐさま足を止め、方向転換する。絡みつこうと伸びてくる目の前の触手の動きを交わし、背後から追いかけてくる触手も素早くしゃがんで避ける…。直ぐに立ち上がり、右斜め前へと踏み出そうとしたその時。
「ひいいいいぃ!」と、肩に抱えていた悪魔が大きな声で叫び始める。
既に俺は進行方向へと足を踏み出していたのに、その叫びを上げる悪魔に引っ張られるように上半身がグッと後ろへ固定される。
抱えていた悪魔が何かに引っ張られている……。
ハッ、と首を捻ると、肩に抱えていた悪魔の腕に触手の先が絡み付いているのが見えた。
クソ…!
このままではあの怪物にコイツも吸収されてしまう……。
さらには、動きを止められてしまった下水の悪魔とこの俺に向かって、次々と他の場所から生えた触手たちも伸び始めていた。
囲まれる…。
直ぐにこの下水の悪魔を触手から剥がさなねば…。
しかし下水の悪魔は、俺の体から離れようとしてしまっている…。触手の怪力か…?
......いや、違う。既に触手による吸収が始まっていた…。巨大な引力に引きずりこまれるかのようだ、1度触れたら決して離すことはない程の吸引力で、下水の悪魔を吸収しようとしている。
俺は肩から既に離れて始めていた下水の悪魔のその脚を掴み、自分の方に強く引き寄せる。右手で素早く剣を抜いた。下水の悪魔を引っ張りながら、右手では迫り来る触手を両断し続ける…。しかしそれはやはり直ぐにくっつき、俺たちの方へと再び狙いを定めて動き出す。
マズい……。
完全に囲まれている。
このままでは、俺も……
「ベルブ様ッ……!」
そんなグラウィタの声と共に、奴の素早い動きが触手たちを加勢するように切り裂いていく。
しかしその時、「ぎゃぁぁああああっ!」と、下水の悪魔の断末魔がそれを搔き消していた。下水の悪魔の毛むくじゃらの体から、既にじゅうじゅうと焦げるような黒煙が登り始めていた…。既にその全身が赤黒く変色し、触手に蝕まれている……。
「ベルブ様、そ奴はもう無理です…!早くこちらへ!」
グラウィタは俺の腕を掴み、死に絶えようとしている下水の悪魔から強引に俺の手を引き剥がす。
みるみるうちに下水の悪魔の身体は溶けだしてしまった、まるで肉塊が赤黒く溶けだしたような姿になり、皮膚も失われていく…。
「チッ……」
小さく舌打ちしながら、その下水の悪魔を諦めるしかない。
「くっ…!」
その時、俺を護るように剣を振り続けていたグラウィタが苦悶の息を漏らす。グラウィタが振り続けていた剣は赤く爛れ、ベットリと怪物の肉片がこびり付いて離れなくなっているらしい。鋭利さを失い、肉片を払うように剣を素早く振るってもそれは剥がれ落ちる様子を見せない。
その瞬間、グラウィタの方に大きな触手が伸びてくる。
「グラウィタ……!」
俺はグラウィタを庇うように自分の剣を掲げた。太い触手を両断するように刃先が走るが、2つに別れた触手が俺を囲むように伸びる。
……ダメだ、断ち切ったのに、この触手はやはり、まだ意思を持って動く…!切断した触手が枝分かれしながら俺の逃げ場を塞いでいる...!
「危ないっ!ベルブ様!」
震えるグラウィタの声とともに、鞭のような黒い影が俺の前を目に見えぬほどの速さで通り過ぎた。風が待って俺の髪がビュッと巻き上がる。俺を挟むように伸びていた二股の触手が地面に落ちていた。何かを吸収して、動きを止めている……?
なんだ……?
「ぐぁ……」と、苦しむ声が聞こえる。
直ぐにグラウィタの方を振り返る。
「グラウィタ…」
なんだ……?
アイツの、尻尾が無い……?
グラウィタの臀部にあったはずの、ワニのような大きな尻尾がプッツリと根元から切れている。そこからは大量の血を流していた。グラウィタは痛みをこらえるようにその片膝をつく。
「おい、大丈夫か……!」
「へ、平気です……ベルブ様、それより、通路の方へ……」
「お前を置いて行けん!」
「も、もう……速くは動けません…。尻尾が再生するまで、先程のように速く動けないのです……」
「馬鹿な真似を……」
トカゲのようにその尻尾を切り落とし、尻尾を身代わりにさせたのか……?
「早く、……ベルブ様……!魔王になられる貴方を道連れにするわけには――……」
グラウィタは必死に言葉を紡いでいるが、既に俺たちの周りはもう逃げきれないほどの触手が取り囲んでいる。
俺だけ逃げるという手段を取ったとしても……
魔力の使えないこの空間で、俺はグラウィタほどは速く動けない。
もう一度空を飛ぶか……?しかしグラウィタを抱えば、この量の触手の動きを避けられるはずがない…。
「……ライラ」
ポツリと呟いた。
ここで終わりか……?
ライラと、もっと過ごしたかった……。
グッと右手を握りしめ、ライラとの契約印を見つめる。
……いや、ここで終わるわけにはいかない。
俺は生き延びなければ。グラウィタも連れて帰る。
触手の餌になるのは御免だ。
やってみなければ分からない。試してみなければ…!
「グラウィタ……俺たちは五体満足で帰れんかもしれんが、俺はお前を見捨てない」
グラウィタにそう告げると、握っていた剣を地面に落とす。グラウィタになんと言われようと構わない。独りで逃げるのも、グラウィタを連れて逃げるのも、そう違いはない。
「行くぞ……手荒になるが許せ」
グラウィタの体を両手で掴み、ズリズリと容赦なく引き摺りながら瓦礫の上を走り始めた。
「べ、ベルブ様ッ……!ぐっ……、お、俺は置いて……っう"っ……!」
積み重なった瓦礫の段差の上をガタガタと激しく引き摺られるグラウィタは苦しそうに呻きながらも、俺を優先させる言葉を必死に叫んでいる。
触手たちは俺たちのほうへ群がるように集まって伸びてくる。出来る範囲で、必死にそれをかわす……。
グラウィタの身体には申し訳ないが、その重い体を引っ張り回しながらとにかく走る。
クソッ……
無理か……?
流石に触手たちが多すぎる……!
あぁ、引き摺っているグラウィタのほうに触手が……
駄目だ、グラウィタまで吸収されてしまう……!
「寄るなっ!!!」
忌々しい触手に向かって感情のままに怒号を飛ばした。荒ぶった俺の声が響き渡ると、何故か触手がピタリと動きを止めた。
「……な、なんだ……?」
なぜだ?何故なんだ……。
俺にもよく分からない…。
触手が恐れ慄いたかのように、一瞬だけ動きを止めていた。
「べ、ベルブ様……!上ッ!」
その時グラウィタの声がして、ハッと、上をむく。不意を突かれた。触手が猛スピードで俺たちの方へ下りてきている。
俺は咄嗟に左手でグラウィタを引き寄せながら、庇うように利き手を上に伸ばした。
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