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7 (悪魔side) ボコッ!!!と正面の壁が、激しく隆起した。固い壁を粉砕するようにして、あの赤黒い泥のような悪魔が這い出てくる。 「なんて巨体だ…」と、鼻を手の甲で押さえながら呟く。 この臭いも強烈だが…その体の全体像がみえた今、この化け物の大きさは異常だ。予想はしていたが、こんなにも巨大だったとは。 7〜8mはあるだろうか…。丸っこく大きな頭をもたげながら、這うことができるようになったばかりの赤子のような動作で前足らしき物を動かし...ボッカリと空けた穴からその身体を出してくる。 ドロドロと赤黒い体液がその巨体から飛び散って、嫌な水音を立てていた。広いはずのこの空間でさえ、その巨体からの威圧感で狭く感じる。 不気味で醜い血肉の塊だ…。 スプーンで不格好に抉りとったような目と口のような穴が顔の場所に開いている。そこに瞳はなくて、ただの歪な穴に見えた。 「ひぃいいぃ!」と、あの3匹の悪魔たちが隣で悲鳴を上げている。するとその怪物は声に反応し、途端にその身体を起こした。ドス、ドス、と大きな足音を立て、ブチュッと嫌な水音が弾ける。その大きな歩幅を使って距離を詰めてきていた。 なんだ…この怪物、あまり視覚が良いようには見えない…。音か…?何かを使って、俺たちの場所を察知しているらしい。 「お前たちは音を立てずに逃げろ…」と、悪魔たちにヒソヒソ伝える。 悪魔たちは各々に口を塞ぎ、忍び足で身を隠そうと動き始めていた。 「おい!貴様は何者だ…!」 グラウィタは俺の前に立ちながら、敢えて大声で尋ねているらしい。あの悪魔たちを逃がすためだろう。 「ア…ゥウウ……!」 グラウィタの問いかけに答えるように、その怪物が大きな唸り声を上げた。この空間が振動するほどに響き渡り、眉を顰めて奴を見上げる。 この化け物…満足に言葉も発せんのか…? 「…ベルブ様。此奴に話は通じないようですね…」 「あぁ。声帯は未発達のようだ…」 「この化け物……。私にやらせてください…ベルブ様。貴方様のお役に立ちますから…」 「ふん……いいだろう。飛べもしないようだったが…。魔王城に仕える先鋭部隊の隊長が、どの程度か見てやろうじゃないか」 腕を組みながらそう言うと、グラウィタは振り返って不敵に笑う。トゲトゲと尖った歯を見せながら、グラウィタは自信に満ちた表情だった。随分と強気だ。なにか奥の手が…? 「足場があるなら…。奴は私の速さに追いつけないでしょう…」 グラウィタはそう言って、化け物の方を向き直った。そして俺が瞬きをしたその瞬間… ズズッ、と傾いていたこの足元が揺れた。 そう思った途端に、目の前からグラウィタの姿が消えている。水気を含んだこの空間の風が微かに通り抜ける。 グラウィタ… まさか…、速すぎて…俺の目に見えなかった…? ――俺は息を飲む。 気づけば、あの怪物からヘドロのような体液が激しく噴き出している。その太く大きな右足が…膝の下辺りから切断され… ズドンッ!と大きな音と共に地面がグラグラと揺れたのは、怪物が失った右膝から下のせいで、バランスを崩し倒れたからだった。 ハッ、と、怪物の背後を見る。剣を構えたグラウィタがそれを素早く一振りし、刃先にへばりつく怪物の体液を飛ばす仕草が見えた。 「ほう……やるじゃないか…」 ボソッと呟き、思わず口角を上げる。魔力が使えない空間で、これほどの身体能力を発揮するなんて……。 グラウィタの素の速さなら、俺を上回るに違いない。 しかし、そのような光景も束の間のことだった。地面に倒れたあの悪魔は、グチュグヂュッ、と嫌な水音を響かせる。そして切断されたはずのあの脚がドロドロ溶けながら形を失い、それは粘液となって独りでに動き始めた…。そして脚だったものがあの化け物の元に戻ると...なんと、その膝下が再生されていく。 まるで歪な赤黒いスライムのようだった。 これは、悪魔の治癒能力とはまた違う…。魔力で筋組織を再生するようなものではない。悪魔とはまた違う、なにか異様な存在のように感じられる。 気味が悪いな…。 だが、グラウィタはその再生を目の当たりしながらも、引くことはなかった。グラウィタはまた、目にも止まらぬようなスピードで移動する。 プシッ!プシッ!と、あの化け物から次々と体液が飛び出る。俺は目を凝らした...。 グラウィタの剣が怒涛の攻撃を畳み掛けてその悪魔の体を分断し続けている...。 気づけば既に、あの大きな悪魔の体は満遍なく切り刻まれてしまったようだ。粘着質な粘液の水溜まりのようになってしまい、人間の形さえ保てていない...。 ズッ、と地面と足裏が強く擦れる音と共に、俺の前に風が吹き抜けた。気づけば目の前にグラウィタが立っている。 「...…ベルブ様。まだ終わってないようです」 グラウィタは僅かにその広い肩を上下させながら、俺に背中を向けたまま呟く。 「手応えがないか?」と、グラウィタの背後から話しかけた。 「えぇ...。全く...。恐らく...凄まじい再生能力を持っている様子です」 「......どうやら、そのようだな」 俺がそう呟く合間にも、あのドロドロになった液体はグチョリと音を立てながら次第に形を変え始める。そしてゆっくりと、あの巨体を再び再現させていた。 あの化け物に全く怯む様子が見られない。俺たちのような悪魔も治癒力は高いが、痛みは伴うし、あれほどに切り刻まれればダメージは大きいはずのに。 しかし、この化け物は......何も感じていないように見えた。 まさか、不死身だとでも言うのか...? 「...まだピンピンしてるぞ」 「...えぇ。如何しましょう。恐らく、足止めをすることしかできなさそうです...物理的な攻撃を与え続けても、時間稼ぎにしかならないかと...」 「持久戦はできんな。俺たちが疲弊するだけというわけか」 「はい、ベルブ様。……私がアイツをここに留めさせます。ですから、ベルブ様はマーレ殿のところへ...」 グラウィタはそう言って、少し首を捻って振り返る。決意に満ちたグラウィタの瞳を、俺は鋭く睨み返した。 「...お前をこの場に置いていけと?そのような判断は望まん」 「...ですが、」 「結界の無いところまで、奴をおびき出す...。その作戦に戻そう。どちらにしろ、俺たちはアイツを仕留めねばならん。......あの悪魔たちが使えるはず」 「あの下級の悪魔共ですか...?」 「俺の顔を知らんほどに長い間、ここに住み着いていたのだろう...。向こうに一つだけ排水の穴があるな。地図が無くとも、奴らならこの場所に詳しいはず...」 そう呟き、悪魔たちが隠れている背後の瓦礫の方をチラリと見やる。一方であの化け物の方は既に片膝を付き、まさに立ち上がろうとしているところだった。 「グラウィタ。あの悪魔たちを援護しながら、その通路に逃げ込むぞ...」 「御意...」 赤黒い怪物は、再びドスンドスンと大きな音を立てながらこちらへ向かってきていた。その動きは対して速くない、しかしその体が大きなせいで距離を詰めてくるスピードは速く感じられる。 直ちにあの悪魔共を連れて、化け物の背後にある通路へ向かわねば... 「ベルブ様、私が奴を引きつけておきましょう。あの鈍い動きでは捕まえられないはずです」 「よし、任せたぞ。俺は下水の悪魔共を誘導する」 そんな短い会話を交わすと、グラウィタの姿は瞬く間に姿を消した。グラウィタの素早い動きとそこから繰り出される強靭な剣が怪物を切り刻む。俺はその間に背後に隠れていた怪物たちの元へ駆けた。 直ぐに瓦礫の影に隠れていた3匹を見つける。俺が顔を覗かせると、ヒィ、と彼らは驚いた声を上げた。 「貴様ら。あの水路から元いた場所に戻る道を案内しろ。この場所は詳しいだろう?」 「わ、わ、分かりました…!案内しやす…!」 「よし、行くぞ…あそこまで走れ――…」 俺がその言葉を言い終わる前に、グラウィタの声が背後から響いた。 「ベルブ様…!」 ハッ、と振り返る。グラウィタによって切り刻まれた怪物はドロドロに溶けだしているのに、赤黒い大きな塊となって這うようにこちらの方へズルズルとにじり寄っていた。グラウィタは何度も剣を振るっている…。赤黒い体液が飛び散って、ボロボロに刻まれた肉塊のようになっているのに…その怪物はそれでも動き続けていた。 目を凝らすと、先程よりも身体を修復させるスピードが各段に速い様に感じる。汚い体液が固まってはすぐにグラウィタに切り刻まれる、グラウィタはその怪物の回復速度に押され、後退している。 そして何故だ… あの怪物、グラウィタを追わずに俺たちの方を狙っている…。 目の前で攻撃を仕掛けてくるグラウィタを無視して、俺たちを追跡しようとする動きだ。 「急げ…!行くぞ…!」と、悪魔達に声をかけた。悪魔たちは慌てて瓦礫の後ろから飛び出し、通路の方へ走り出す。俺はその後を離れずに付いていく…。 チラリと怪物の方を見れば、異様なスピードで修復を重ね…。その腕のような部分…それは最早、木の幹ほど太い触手に見える物になっていたが、それがブンッと上へ振り上げられている。グラウィタは咄嗟にそれを攻撃するが、断ち切った場所から直ぐに再生し、くっ付いていくのが見えた。 そしてズシンッ、と地鳴りを起こしながら重く振り下ろされた鞭のような腕は、メキメキと音を立てて地面に突き刺さった。そして次の瞬間… 「うゎぁぁ!」と、先頭を歩いていた悪魔の悲鳴と共に、あの赤黒い触手のようなものが地面から飛び出てきていた。それは既に人の手のような形で大きく太い指を5本広げ、悪魔を捕まえようとしている。 あの腕が…グラウィタの戦っている本体の方から地面の下を通って、俺たちの目の前に出てきたのか…!? 俺は直ぐに地面を強く蹴り、剣を構えた。タンッ!と靴裏を強く地面にぶつけて身体を宙に飛ばし、構えた剣で赤黒い掌を狙う。 この攻撃も直ぐに回復されてしまうだろう。だが、下水の悪魔を守らねば…。 黒い刃先は、その掌を真っ二つに切り落とした。しかし忽ちに癒着するはずだ…。次の攻撃に備えなければと、そう思った刹那… 「っ…!?」 俺は驚いて息を飲んだ。2つに裂けた掌は先程のようにくっ付くどころか、寸断された衝撃に乗って飛んでいく。 ……回復は!? ……修復を敢えて止めたのか? 両断された怪物の肉塊が、剣を振り抜いた俺の体の横を掠めてビュンッと背後に飛んで行った。 すぐさま、反射的に背後を振り返る。地面に脚を付きながら首を捻って視線を向けた後方……赤い2つの塊が、背後に居た下水の悪魔の体にまとわりついていた。 「ぎゃああああ!」と、耳の鼓膜を強く揺らす断末魔が鳴り響く。その声と共に、怪物の肉片がドロリと垂れている下水の悪魔の体からジュウジュウと黒煙が上がった。 「な、なんだ…」 それは、一瞬のことだった――。下水の悪魔が、まるで怪物の赤黒い体液の一部へ吸収されてしまうかのように、ダラダラと赤い液体になって溶けだして混じっていく。 「…く、喰われた…!アイツも喰われた…!」 その後ろに居た残りの下水の悪魔たちが叫ぶ。 喰った…? 確かに、言い得て妙だが。 あの怪物の身体に吸収された、それに近い。 「…グラウィタ!その怪物に身体を触れさせるな!」 俺はグラウィタに向かって声を荒らげる。 コイツ、悪魔の血肉と魔力を丸ごとを吸収しているな。つまり、触れられたら……死ぬということだ。 「…カイルめ。想像以上に厄介な物を押し付けよって……」 チッ、と舌を鳴らして、下水の悪魔を吸収し膨張していく赤黒い塊を睨み見る。 ソレは下水の悪魔を影も形も無く綺麗に取り入れ終わっていた。殺られたあの下水の悪魔1匹分、ちょうどの質量を蓄えたように見える。ぐちゅぐちゅと不気味に蠢めいていて、おぞましい…。 そして直ぐに肉塊のような塊が形を変えていき、まるで大蛇のように身体を筒状に伸ばす…。次は2匹目の下水の悪魔を喰おうとしていた。 俺は直ぐに下水の悪魔の生き残りの方へと咄嗟に身を乗り出した。 切っても無駄か…? ……それなら、避けるだけだ。 剣を腰に素早く戻して、両腕で悪魔たちを小脇に抱える。翼を広げて瞬時に空を舞った。 狙いを外した赤黒い塊は宙をしなり、鞭のように何も無い地面を叩きつけた。ベチャリと嫌な水音を立てて潰れたと思いきや、それは直ぐにまた肉塊へ戻っていく。今の動き……小回りは利かないようだ。それであるならば、なんとか避けられそうだ…。 そう思って安堵しながら高度を調節していたその時。 ボコボコボコ!と地面が抉れる音が鳴り響く。その音と共に、地面から無数の赤黒い触手が飛び出していた。 「はぁ……これはマズい…」 そんな風にボソリと呟く。まるで地面から巨大なクラーケンの脚が生えたような光景だった。太い触手がウネウネと歪に動き、俺たちを絡めとって捕まえようとしている。おぞましい光景だ…。 どういうことだ?この触手は全てあの怪物が変化したものだと…? 「ベルブ様…!お逃げ下さいっ…!」 その時、地上でグラウィタが叫んでいる。直ぐさま視線を向ければ、グラウィタは目に見えぬ速さで触手の動きを素早くかわしているらしい。グラウィタのそばに居たはずの大きな悪魔の本体は消えている…。つまり、恐らくその体全てが今は、この触手へと変化しているということか。 しかし、この触手の動き……やはり、グラウィタよりも俺たちを狙っているような動きだ。太く伸びた数歩の触手がグワンッと強くしなりながら、下水の悪魔を抱えて空を飛ぶ俺を捕まえようとしていた。 視覚ではない、やはり聴覚か? いや、もっと違う感覚で俺たちを捉えている……? 触手の狙いは正確だ、俺を的確に捕まえるような動き…ただ、やはり細かな動きはできないらしい。 とにかく、息遣いか?風の動き?体温か? 奴は特殊な手段で俺たちを見ている。 ……今はここを抜け出さなければ。 グラウィタほどの速さがあればこの怪物の動きを簡単に避けられるだろう。あの通路に逃げ込めば、グラウィタも逃げ切れるかもしれない。代わりに俺はこの下水の悪魔を連れて上へ戻るか…。 「グラウィタ!この触手を引きつける、お前は通路の方へ走れ、後で必ず迎えに…」 そんな言葉を口走ったその時、驚くほどの速さで触手がこちらへ伸びてくる。上へ逃げようと視線を上げながら直ぐに高度を上げると、行く先を塞ぐようにすでに数本の触手が高く伸びていた。 どうしてだ…?先程よりも、速い…? 怪物の体全てが触手のような状態になった途端、動きが速すぎる…! 「くっ…」 魔力無しに悪魔を小脇に2匹も抱えながらではあの触手をかわして上には逃げられない、一旦、下へ行くしか…! 不規則な動きを取って触手をなんとか避けながら、四方八方から伸びてくる触手を避けた。

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