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6 (ライラside) アダムと警察官たちの足音は、俺とマーレの方へゆっくりと、しかし確実に近づいてきていた。 彼らは口を固く閉じているらしい…もう、奴らのお喋りも聞こえない。アダムたちの息遣いからは3人の緊張が伝わってくる。 " 悪魔がココにいる――…" ――そんなアダムの確信が、彼らに警戒と恐怖をもたらしているに違いなかった。 辺りは依然として真っ暗だ。ランタンの灯りが照らす範囲しか確認できないが、この場所は広すぎる。この空間を熟知している訳でもない彼らが、このような真っ暗闇のどこかに潜む悪魔の気配だけを感じ取っているなんて… それはよっぽど恐ろしいに違いなかった。 「はぁ……はぁ……」と、焦燥感と怯えの混じる震えた吐息が重なり合う、これは警察官たちのものだろう。 一方でアダムは必死に、あの聖句の刻まれた針の方向を目指しながら警察官たちを先導している。その片手にはしっかりと十字架を構えているが… その動きはイマイチだ…。 そんなことをアダムに対して俺は思っていた。身を潜めている通路から覗き見ながら、アダムのエクソシストとしての行動を観察してしまっている。 十字架だけじゃ自分とその2人を守りきるには不足している。この暗闇の中ではいつ悪魔が奇襲をしかけてくるかタイミングも分からない。悪魔の方向を針で探知していても…危険な状況だ。 しかし、その時だった。光の中でアダムは何かを思い出したように顔を上げる……そして、不意に肩にかけていたバッグを漁るような仕草をした。 アダムがバッグから取り出したのは小さな小瓶…? 恐らく聖油か聖水だ… 俺はそれを見て、額に汗を滲ませながら、フッと小さく笑う。 …そうだ、俺でもそうするだろう。聖油や聖水を周囲に振りまいて護りを固めつつ、祝詞まで唱えれば…悪魔はきっと姿を見せる。悪魔の奇襲を受ける前に、悪魔の正体を暴くのが先決だ。 やるじゃないか…。 経験の浅いアダムのはずだが…あの時渡した俺の手記をよく読み込んでくれてるのかもしれない。このような場合においての対処法を身につけたらしい。 実践で活かせるかどうかは別だが……いい動きだ。 アダムは、自分の背後に居た警察官たちを振り返り、静かに目配せをする。警戒しろ、という合図のようだった。 アダムの視線を受けた警察官たちは震える膝で、すぐさま拳銃を身構えた。しかしアダムは首を小さく横に振り、警察官たちを宥めるように銃を下げさせた。そして彼らの額に小瓶から手に取った何かを素早く塗る。 警察官たちに悪魔が入らないようにしてるな… そして2人の首にサッとロザリオをかけて、拳銃ではなく十字を握らせた。 うんうん、と俺は満足気にアダムを観察している。悪魔に拳銃が通じるはずが無い、よっぽどその十字架のほうが身を守れるってわけだ。 そしてその後も続くアダムの行動は、俺をさらに唸らせた。アダムは新たに取り出した小瓶…恐らくこちらは聖水。これを十字に振り撒き…さらには、その口から完璧なラテン語の祝詞を唱え始めた。 あぁ、こりゃマズイかもしれん。 俺の動きをすっかり再現してやがる。 成長してるな… と、思わず口元に笑みを浮かべる。 だが、マーレを苦しめるわけにはいかない。悪いが…止めさせてもらわなきゃな…。 「アダム…!」 俺の声は広い空間の中で反響した。祝詞を唱えるアダムの声を、見事に遮断して中断させる。 「えっ…!?…ライラさん…!?」 グルグルと慌てたように辺りを見渡すアダムは、十字架と針を構えた両腕を下ろして俺を探し始める。しかしこの場所は広すぎて異常なほどに音が反響し合う… 奴はまだ俺の位置に気づけない… そして警察官がランタンをかざして恐る恐る数歩前に出た時、その光の中にゆっくりと俺の姿が浮かび上がった。僅かに俺の姿が見える距離だ。 警察官たちは驚いた顔をしたが、そこに居たのが人間だと分かるとホッとした様子だ。彼らも俺の顔を一方的に知っているらしい、「あぁ…元エクソシストの…」などと言う言葉を漏らす。 「…アダム。こんなところで何してる?捜査か?」 と、俺は腕を組んでそう尋ねる。アダムも当然、驚いた顔で俺を見ていた。 「ライラさんこそ…。何してるんです…?まさか、地下であの悪魔を追ってるんじゃ…。い、いや、…こんな真っ暗の中に一人で居るなんて…?…ふ、普通じゃないでしょう……何をしてたんです…?」 アダムは不審感を顕にしつつ、疑いを込めた鋭い眼差しを俺に向けていた。しかし、相手が俺だったからだろう、アダムは両手にそれぞれ握っていた十字架と聖句の針を下げたままだ… アダムはまだ気付いていない、彼の手の中の針が、はち切れんばかりに反応して……俺の方を向いている…。 「あ、あれっ…ライラさん…!これはっ…」 アダムは漸く針の動きに気づいたらしい。俺の方へピンと張った針と糸を見て、それを胸の前まで上げた。 なぜ俺に反応しているのか、アダムはその頭フル回転させていて… 「あぁ…何故だろうな…」と、俺は悪く笑いながら首をかしげて呟く。 「あの、ライラさんの恋人?の悪魔の…残穢への反応ですか…?」と、アダムはボソリと吐くが、しかし針先が激しく俺の方に向いている様子に目を細める。 俺は言葉を発さずに、試すようにアダムを見つめ続けていた。 「…いや、違う…。貴方が教えてくれた…。これほどまでの反応を示すとき……それは魔力の残穢どころじゃなくて…」 ――そうだ、あの時と同じだ。あの穴で、その針が犬の姿のベルブに反応を示した時のように、針は強く反応している。 「…ライラさん…?貴方は…悪魔になった…?」 震えるアダムの唇がそう呟き、彼の強い眼差しと共に、その目は大きく見開かれる。 俺は、ふん、と、鼻を鳴らした。挑発的に笑う… アダム、気付けるか…? 今、何が起こっているのか… 隙だらけだ…警戒すべきは、目の前の俺じゃない… 「もしかして、貴方の姿をした…悪…魔……」 アダムはポツリと呟いた。その瞬間に、アダムは俺へ十字架を向けようとしている。 「ご名答だ…」と、俺は言葉を発した。それはアダムの背後からだった。既に俺は身を潜めていた場所から静かに、アダムたちの背後に忍び寄っていた。つまり、俺と俺で、アダムと警察官を板挟みにしている。 「えっ…」と、アダムが戸惑いの言葉を口走って後ろを振り向こうとした瞬間に、本物の俺が、アダムの両脇に居た警察官たちの首へと素早く左手で手刀を食らわせる。銃を持ってるコイツらを気絶させて… 「うっ…!」と、呻く警察官たちが失神して崩れ落ちた。混乱を極めるアダムは、咄嗟に十字架を背後の俺に向ける。 そう、アダムの正面にいたのは…今、アダムが背中を向けている方は……俺に変身したマーレ。アダムが丁度、振り返って十字架を向けている俺が、本物だ…。 「ラ、ライラさん…!?どういうことです…!?」 アダムの困惑した声を無視して、十字架を強く突きつけるアダムのその腕を左手で即座に掴み、手加減しながら捻りあげた。 「痛いッ…!痛い痛い…!」と、アダムが悶絶しながら十字架を手放す。ガチン!と、冷たい金属が地面に落ちる音がする。 アダムは跪いて膝から崩れ落ち、捻られた腕を庇うように身を屈める。そんなアダムからエクソシスト道具が入ったバッグを剥ぎ取った。 「コレは俺には効かねぇよ…。十字架もソッチの俺に向けてたら効果抜群だったんがな…」と、呟きながら、アダムから離れた場所にバッグを放る。 アダムはまだ混乱した様子で、アダムの身動きを止めている俺と、もう1人の俺…マーレが変身した偽物の俺を交互に見ていた。 「祝詞、唱えるなよ?俺には効かないが、ソッチの俺に変身してる仲間に悪影響があるんだ。少しでも唱え始めたら首を絞めあげるぞ…」 アダムに警告するように告げながら、アダムの両腕を背後で重ねて動けないように捕まえている。地面に落ちて割れていたランタンをマーレが拾い上げ、消えてしまった火口に魔力で火を灯し… そして彼女はランタンを胸元に掲げながら、その変身を解く。俺の姿から一瞬でマーレの姿に戻り、アダムに微笑んだ。 「あっ…悪魔…!針が反応してたのは…この悪魔に…!」 「心配すんな、彼女は俺の仲間なんだよ…。まぁ、警戒しちまうのも無理ねぇが。…妙な動きをしなきゃ、俺たちはお前を傷つけるつもりもないからな」 俺はアダムにそう伝える。アダムは額に汗を流しながら、不安と不満をたっぷりと浮かべた瞳で背後の俺をチラリと見た。 「…ライラさん、悪魔の仲間なんて連れて…。本物に貴方は堕ちるところまで堕ちたのですね…。恋人も悪魔だとか…わけのわからない事を言ってたし…!」 「うるせぇな…。仕方ねぇだろ…好きになっちまったんだから…」 咳払いをしながらアダムを睨み返しつつそう呟く。 「それで。どうしてこんな場所に?まさか、俺に任せたあの事件を追ってるんじゃないでしょうね!?」 アダムは拗ねたように顔をフィッと逸らしながら呟く。撫でつけられているそのオールバックの黒髪が乱れ、少し跳ねていた。 俺は気まずさを感じながら唸るように答える。 「あぁ…コッチはコッチでその事件を解決しなきゃならねぇ事情ができたんだよ…」 「事情…?」 「まぁ…悪いが、詳しいことはお前には話してやれねぇよ」 ベルブや魔界の情報は、教皇庁に所属するアダムに伝えるべきではないと判断した。そんな風に俺は言葉を濁す。 「…随分と都合の良い人ですね」と、アダムは文句を垂れた後、「…協力できると思ったのに」と、小さく呟く。 俺は眉を上げて驚いた。 コッチには悪魔も居るって言うのに…俺と協力したいだなんて。悪魔に寝返ったような俺を受け入れられない節はあるのだろうが、アダムの心底ではまだ俺の存在が大きな影響を持っていることを察してしまい、もう一度咳払いする。 「馬鹿言え。悪魔連れてる人間に協力なんて考えるな。教皇庁側の情報が筒抜けになりかねないんだぞ」 説教じみた口調で諭すと、アダムは悔しそうに俺を睨みつけてくる。 「だって……ライラさんだから…」 アダムがボソッと呟くそんな一言に面食らって、俺は乾いた笑いを漏らす。 「ハッ…。例え俺だろうと悪魔と仲良くしてる人間に隙を見せるな。信用もするな。そんなんじゃ…悪魔に喰われちまう…」 自嘲気味にそう告げると、アダムは首をもう一度俺の方へ捻り、力強い眼差しを向けてきた…。 「…私は私の信じるものを貫いている。それだけですよ。ライラさんと同じです」 アダムのそんな言葉を受けて、俺は思わず息を飲む。 俺は確かに…ベルブや、マーレと言った悪魔の仲間たちを信じてる。最初の頃は…特にベルブと出会った頃は、あの悪魔に惹かれながらも、きっとどこまでいっても…ベルブが悪魔だから、俺はベルブを信じきることなんてできないと諦めていた。惹かれていることと、信じ切れるかどうかということは、当時の俺の中では比例しなかった。 諦めていたに近い…もう、この悪魔に騙されてもいい、と。そうやって無理に奴を信じようとしていたことを思い出す。 だけど、今は違う。俺は、ベルブを心から信じてしまっている、そして同時に、俺のそばにいる悪魔たちのことも信じてる。 悪魔を信頼している今の俺は…… もう、アダムのような敬虔な信者でありエクソシストである人間とは、住む世界も違うと一線を引いていた。 だが…俺と同じだって…? アダムは神を信じながらも…まだこんな俺のことも信じてくれているのか…。 「…そうか。お前と話してると…なんだか、いつも気が抜けるな。悪い意味じゃない、良い意味で。信じてくれているなら、その信頼を裏切るようなことはせん」 アダムを見つめ返しながら静かにそう返す。アダムは少しだけ微笑み、その身を捩ってさらに振り返る。 「…ライラさんが仲間だと言うなら。仕方無いですね…その悪魔のことも信じなきゃ。ところで、この警察官たちは…大丈夫でしょうか…」 「あぁ…警察官には申し訳ねぇが、失神させちまった。まぁ、しばらくすりゃ起きるだろ…」 「全く、貴方って人は…」 「…アダム。悪いが、ココからは離れてくれ。お前の探してる悪魔はココにはいないし。俺たちの仲間が戻ってくるとさらに悪魔が増えるぜ、面倒だろ?その針も狂っちまうかもな」 そんな風にアダムと話している俺の姿を、マーレが見守るように見つめていた。

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