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5 (悪魔side) 足元も目の前も暗い、ゴツゴツした地面は走り辛かった。曲がり角はどの当たりだったか、暗く狭い通路でスピードを出し過ぎると壁へぶつかりかねない…。 「グラウィタ…。少し先にここよりは広い場所があったな。あそこは通路が集まる箇所になっていて、貯水槽のように広かったはず。ここよりも明るかった…」 「えぇ、ベルブ様…。その場所で奴の姿を確認できそうですね…」 ランタンを持った左手を伸ばし、右手には剣を握っていた。背後からグラウィタが遅れずに付いてきている。そしてグラグラと地面が揺れているのを背後から感じ取っていた…俺たちを追ってあの悪魔が通路を進んできているのだろう。 しばらく走り続け、グラウィタに話していた貯水槽になったエリアが見えてくる…。目の前を睨みながら魔力が使えるのか確認してみる、背後の悪魔との距離を測れるか…? ――いや、やはりダメだ。まだ結界の中というわけか。 走っていた通路を飛び出た先、そこは巨大な円柱の空洞のような空間だった。その直径は30m程あるだろうか。上は遥か高く吹き抜け、下は底の見えない闇が沈んでいる。 円柱の側面には、その外周に沿ってぐるりと細い通路が一本だけ走り、壁には四方へ通じる横穴の入口が無数に空いていた。心許ない電球が環状にポツポツと続き、ぼんやりと通路を照らしてその陰影を浮かび上がらせている。 「よし…もと来た道へ…」 だだっ広い円柱の溝の淵を沿った、細く頼りない通路を走り続ける。俺たちが抜けてきた通路のちょうど反対側、半円進んだ先の大きな横穴がライラたちの待つあの場所へ続く道だった。 その時… 「はっ…!?はっ…!あぁ、仲間か!?助けてくれ…!」 そんな声とともに、既に通り過ぎた背後の横穴の1つから、何者かが飛び出して来たらしい。 俺たちはちょうど外周を4分の1ほど走ったところだったが、その声に釣られてグラウィタ共に振り返る。しかしその足は止めなかった。 3匹… 見た目ですぐ分かる、悪魔だ。 魚のような顔で鱗のような肌を持っていたり、獣のように毛むくじゃらだったり、でっぷりと太った緑の肌を持つ悪魔も居る。身長は低い、見た目も薄汚く…ヘドロのような黒い液体が肌を汚している。この地下に住まう悪魔であることが直ぐに察せた。 俺とグラウィタは少しだけスピードを緩め、互いに目線を合わせる。突然現れた悪魔たちは俺たちに遅れまいと走って追いかけてくる。 しかし、依然として俺たちが抜けてきた大きな通路の方からは、ゴゴゴゴゴ、と得体の知れないなにかが迫ってきている音もする。 「…貴様たち、何者だ?」 グラウィタは俺と悪魔たちの間に入るようにして、剣を悪魔に向けつつ、咄嗟にそう尋ねた。ヒタヒタヒタ、とグラウィタの足音の後に、悪魔たちの乱れた足音がバタバタと慌ただしく追いかけている。 3匹の汚い悪魔たちはゼェゼェと息をあげながら必死に走っているらしい。 「俺たちはここに住む悪魔ですよぉ!」 「ドブネズミたちが騒いでんだ!ネズミどもが群れをなして逃げてくるから不思議に思ってたら、急に壁がえぐれて怪物が出てきてっ…!な、仲間が…あのバケモンに1匹殺られたんだ!」 「あぁ、アイツが来てる音がする…!間違いねぇど…!」 彼らは焦燥感と恐怖を顔に貼り付け、俺たちのほうへさらに距離を詰めて救いを求めてくる。 「仲間が殺られただと?悪魔が怪物…その化け物とやらに食われたのか?」と、グラウィタ越しに早口で俺は尋ねた。 「そうですよ!早く!逃げましょう!ヤツが来てる!」と、毛むくじゃらの1匹が返し、怯えた様子で半円先の通路、俺たちが抜けてきた方を何度も振り返りながら走っている。 「ベルブ様、いかがしましょう…」 「コイツらも逃がすしかないだろう。もうそこまで来てるはずだ、ヤツの姿を目視して…」 そう言ってさらに走る速度を緩めた時だった。 俺たちが警戒している通路の方で何かが無数に蠢く音がする。人間ならその様子も見えない距離だろう、だが、俺達には見えていた…穴の中に大量の光る小さな何かが…。 「な、なんだ…」と、グラウィタの声と共に、穴のなかからワラワラとドブネズミたちの大群が飛び出してくる。 「うわあぁ!」と、悪魔たちが悲鳴を上げた。おぞましい量のドブネズミだ。それは山のような形を描いて、左右に縦横無尽に広がり、円を描いてあらゆる通路へと逃げ込んでいく。 しかし、その光景に驚いている間も無かった。 メキメキメキ、と壁が軋む音ともに、ドブネズミたちが飛び出できた穴から沢山の亀裂が壁へ走っていく。俺たちが通ってきたあの穴は一瞬のうちに崩壊し、ベコっと大きな塊で壁が抉れていく。その場所から通路や壁が次々と崩れて、底が見えないほど深い下へと落ちていった…そして数秒遅れて下の方から、バシャン!と激しい水音が響き続ける。 数秒も経たぬうちに、ズズズッ、と壁の内側から何か突き出すのが見えた。太い柱のような…それらが5本見える、まるで大きな人の手の指のようだった。赤黒くて大きい。向こう側から壁を掘るように硬いはずの壁面を抉り取っていく… 「…なんだコイツは」 手のような物が引っ込んだ後、俺たちの通り抜けた通路を盛大に破壊しながら現れたのは…… 大きなひしゃげた顔のようなものだった。 1mほどある…。その物体を俺が顔だと思ったのは、不格好に穴を開けただけのような穴が目のように2つ開いていて、その下に口のような少し大きな穴がボッコリと開いていたからだ。中には歯のような物が疎らに見える…。 崩れかけた泥の人形のような顔に見えた…。なんと醜い…。 どろどろと爛れたような皮膚は赤黒く、得体の知れない赤く濁ったヘドロのような体液が流れ続けていた。そして鼻が曲がりそうな程の異臭がする。強烈な腐敗臭…腐乱した死体のような臭い…。 これは…あの穴の臭いで間違いないな。コイツが俺たちの追いかけていた悪魔の正体…。 今まで見たことの無い、珍しい容姿をしていた。こんな悪魔がいたとは… そんなことを思いつつ、その巨大な赤黒い塊のような怪物の動きを見守る。 …ここは円柱型にくり抜かれたとても深い貯水槽だ。このまま奴が飛び出してきたとしても…その巨体では下の貯水池へ真っ逆さまに落ちて潰れてしまうだろう。 「貴様たちの仲間を喰ったというのはアレか?」と、グラウィタが額に汗を滲ませて尋ねる。 悪魔たちは恐れ慄いた表情で腰を抜かして、通路の上を俺たちの方へ這ってきた。 「あ、アレだよ…!あのバケモンだよぉ…!」 口々に悪魔たちはそう言うと、俺の前に居たグラウィタの腰に縋るように腕を掛けて掴み始める。 「アンタら高位だろ…!?どうにかしてくれ…!あんなの…俺たちの手にゃ負えねぇ…!!」と、肥満体型の緑色の悪魔が叫ぶ。 グラウィタと俺に向かって必死な眼差しを向ける悪魔たちを見下ろし…そして次に、あの化け物の方をチラリと見る。 あの赤黒い化け物は、壁から出した大きな頭を左右にゆっくりと振り…どうやらこの空間の作りを確かめているような素振りだ。 ほう、少しは知能があるらしい…このまま進めば下に落ちると言うことに気付いたようだ。 「高位と言えど、今ここは謎の結界の中なんだ、魔力が使えん」と、グラウィタが冷静に呟く。 「な、なぁんだって…!?」 「魔力が使えねぇだなんて…!」 悪魔たちは驚いた声を上げていた。その時だ、あの化け物がドロドロと溶けだしそうな大きな手で、崩れかけた通路の端をガッシリと掴むのが見える。 「マズイ、崩れるぞ…!」と、口走る。 化け物は次の瞬間に外周に繋がるこの通路を、その怪力でいとも簡単にベキベキと壁から剥がし始める。 するとグラウィタは目を見開き、俺を見ていた。そしてすぐさまグラウィタが咄嗟に動き…すぐ側にあった横穴に飛び移ろうとしている。 ――しかし、既に俺たちの足元は傾き、壁から離れ始めていた。通路を伝わってくる揺れでまっすぐ立つのも難しい。 俺が背中の翼を広げた時。グラウィタは必死に通路にしがみいていた…。 あぁ、コイツ、確かに翼が無い… 俺は片手にあったランタンを手放し、グラウィタの甲冑のベルトを直ぐに掴んだ。2mを超えた筋肉の塊のようなコイツを魔力無しで持ち上げることに苦戦しつつ、直ぐに右手の剣を腰に戻して両手でグラウィタを宙吊りにする。 「べ、ベルブ様…っ…」 「お、重いぞ貴様……暴れるな…」 俺たちの立っていた通路は既に崩壊していた。あの薄汚い地下の悪魔共も、咄嗟に空を飛んだらしい。グラウィタのように飛べない悪魔が1匹居たらしく、2匹でその1匹を掴んで飛んでいる。 重すぎる…、驚くほどの重量だ…。 横穴の方へ飛んで、グラウィタを降ろさなければ…。 そう思いながら翼で風を切って進もうとしたその時、あの化け物が次の動きを見せた。 掘り出した壁の塊を、まるで的当てゲームのようにコチラへ投げ始めている。 「っ…、…あの化け物め…」 あまりに大きな壁の塊が飛んでくるせいで、それを避けるのが精一杯だ。横穴は無数にあるのに、近づけない…。無理に動くと次々と投げられる物に当たるだろう。しかしこのグラウィタを魔力無しにぶら下げ続けるのも限界が来る… 「ベルブ様…!俺を壁に投げてください、掴まれますから…!」と、グラウィタは叫ぶ。俺が無理にグラウィタを捕まえていることを察しているらしい。 「馬鹿者。そんなことをしたら滞空時間では身動きが取れん、格好の的だ」 「では…!俺を…放してください…!この高さ…落ちても怪我で済みます…下に水があるはず…!」 「アイツの壊した壁が既に多量に溜まってるんだ、水溜まりではなくなっているかもな。怪我で済むか怪しいぞ」 両腕が痺れている。翼を何度もはためかせているが、高度が下がっているのが分かる…。横穴の入口が遠ざかる… このままではグラウィタと共に落ちてしまう。しかし放すわけには…。 その時、グラウィタは何を思ったか…突然その鋭い爪で、体にくい込んでいる甲冑の革ベルトを傷つけ始めた。 「何をしてる…!」 「ベルブ様まで道連れにする訳にはいかないのですよ…!」 「馬鹿者が!何度も言わせるな!」 俺は重力に逆らうことを止め、すぐさま高度を下げ始めた。 「あぁ!待ってくれ!俺たちも逃げたい…!」と、あの悪魔たちが俺と同じように下へ向かって降りてくる声が響く。一方であの化け物は上から岩壁を投げ続けていた。 降りる動きは楽だ…風に乗れる… ベルトを切ろうとしているグラウィタをグッと強く、甲冑ごと自分の方へ引き上げた。渾身の力を込めた時、まさにちょうどグラウィタのベルトは切断されたらしい。 「グラウィタ…!」と、声を荒らげながら… 一瞬だけ俺の近くまで引き上げることができていた奴の腕を、ガッシリと掴む。 「っ…!」 グラウィタはその片腕に自分の全体重がかったせいか、辛そうに眉を顰めた。しかし構っていられるものか…とにかくグラウィタの腕を離さないようにしながら、どんどんと高度下げていく。 地面が近づいている。湿った空気が濃くなった。円柱だと思っていたこの空間…下に行くほど大きく広がっているらしい。より多く雨水を貯めるためか…。 底の方には再び電球が設置されている、底がぼんやりと見えた。やはり先程のあの化け物の行為のせいで、溜まっていた水は既に崩れた壁で見えなくなっている。墜落していたら怪我をして…魔力の使えないこの場所じゃ治癒力も落ちているはずだ、無事では済まされなかっただろう。 縁に沿うように降りていき、多少荒々しい動きになってしまったが地面に着地する。グラウィタを引き摺るようにしながら、崩れて斜めに傾く壁の上に降り立つ。 そしてすぐさま、ハッと上を見た… ここからは化け物の姿も見えない。特に下に行くほどこの穴は大きく広がっているから、上からはさらに死角になっているはずだ。この角度であれば上から物を投げられても当たらない。 「…ベルブ様…ありがとうございます…」 グラウィタは傾いた地面の上で体を起こし、すぐさま俺の前に跪く。 「…礼には及ばん。今度勝手な真似をしたら本当に見捨てるぞ」 冷たく見下ろして伝えると、グラウィタはさらにその頭を低く下げた。 「た、助けてくれぇ…!」と、騒がしい声とともにあの悪魔達も降りてくる。ペシャ、と3匹が積み重なるように俺たちの側へ不時着した。 グラウィタは直ぐに体を起こし、片腕の関節を整えるように肩を回す。しかしグラウィタの動きは以前として悪魔たちから俺を遠ざけるような動きであり、悪魔たちと俺の間に直ぐさま割って入ってきた。 「貴様ら。このお方に近付き過ぎるな。魔界の王になる方だぞ…!」と、グラウィタの声がする。 「へぇ、そうですか!俺たちゃあココで暮らして長いモンで…魔界のことには疎くて…なぁ?」 「次の魔王様のお姿か…!近くで見られて良かったのぅ」 悪魔たちがそのような言葉をグラウィタに話している。俺を認知しているかしていないかなど、今はどうでもいい… それよりも… 「グラウィタよ。随分と下まで降りてきてしまったな。それに例の結界がこんなに深くまで届くとは…」 俺は魔力が使えないことをもう一度確かめながら呟く。 「えぇ、そうですね…。上に戻らなければ…。あの怪物が去るのを待つしかありませんね…」 グラウィタがそんなことを呟いた時… 壁の向こうから、嫌な音が聞こえてくる。まるで地中を掘るような音… 上の方から…近づいている… 「…ふん、逃してくれないという訳か。予定を変更せねばならんようだ。ここであの化け物を迎え撃たねばな…」 俺はグラウィタを鋭く見つめてそう伝える。 「…御意。次こそは…ベルブ様のお役に立ちます…」 グラウィタはグッと強く拳を握りしめ、その黄色い瞳を爛々と燃えたぎらせた。 音は壁の裏を伝ってきている… もう、すぐそこまで来ているようだ。 あの化け物が、再び俺たちの前に姿を表す瞬間を待ち構えた。

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