27 / 33

第四章『陸郎さんて呼んでもいい?』ー6

「松村さんのこと振ったくせに」   それだからこそ今の僕と陸郎の関係があるわけなんだけど。 (振ったけど松村さんが他の誰かと一緒にいるのを見るのが嫌とか? 自分のことを一番に考えて欲しいとか? あるある、絶対あるよ〜あの兄なら)  薄気味の悪さにふるっと身体が震えた。 「陸」  兄が松村のことを呼ぶ時の呼び方を真似てみた。 (そういえば優雅の口から松村さんの名前が出るの久しぶりだな) 「陸……か」  もう一度呼んでみた。 「いいな……僕も名前で呼んでみたいな。絶対そのほうが恋人感出るよね。松村さんは僕が優雅の弟だから会った時から『温くん』って呼んでるし」  さっきまでの怒りは何処へやら。自分の考えたことにテンションがあがる。  僕は例のノートを開き、またつけ加える。 『名前で呼ぶ』 * * 「松村さん……ホラー好きなんですか?」 「好き……というか、今この時点で観てみたいのがこれだったんだけど……温くんホラー、ダメだった?」 「そんなことないですよー、楽しみですね」  予定通り駅で待ち合わせをして軽く昼食を取り、映画館へ。看板を観ながら何を観ようか悩む。男同士で少女漫画原作の恋愛物を観るのはどうかと思うし、子どもの多いアニメも年齢的に合わない。観てもいいかなぁって作品は時間が合わなかったり。  そしたら。 「これにする?」  と陸郎が指差したのがホラーだった。しかもジャパニーズホラー。海外のスプラッターや怖い人形が出てくるものよりも日本のホラーのほうが怖いと僕は思ってる。  つまり、僕はホラーが苦手だ。  でも陸郎には言えなかった。ホラーが苦手なんか情けないし、何しろ陸郎が選んだものだ。 (大丈夫。大丈夫。ホラーなんて。それに口コミじゃ怖くないって書いてあった!)  チケットを買ってから少しの時間の間にネットで調べた。  だけど。まだ始まる予告の前からもうどきどきしている。  そしていよいよ始まり……。 (うぎゃ〜誰だよ、怖くないって書いたヤツ。めっちゃ怖いじゃないか〜)  思わず隣の肘掛けに甲を向けて置いてあった陸郎の手を握った。 (あ、いけない)  と離そうとした瞬間、くるっと陸郎の手が反転した。甲を向いていたのが掌に変わりぎゅっと握り返された。 (松村さん……)  恐怖からのどきどきは別のどきどきに変わったけど。それは一瞬だけですぐに目の前を流れる映像に慄いた。 「まつ……り……りく……っ」  彼の腕にぎゅっとしがみついて目を瞑った。 「温くん、やっぱりホラー駄目だったんだね」  映画館の入っているショッピングモールのフードコートで一息をつく。 「すみません、なんかご迷惑かけちゃって」  結局あれからラストまでぎゅうぎゅう腕にしがみついていた。 「言ってくれれば他のにしたのに」  アイスコーヒーを飲みながら労るような眼差しを向けてくる。

ともだちにシェアしよう!