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第五章『水族館でぇと』ー6
「ああ」と溜息のような声を漏らし、右足を軽くあげてトンっとまた床の上に下ろす。
「ちょっとな。でも大丈夫」
「大丈夫じゃないですよっ歩かせすぎちゃいましたね、すみませんっ」
向かいあって立っている彼の服の裾をぎゅっと掴んだ。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「どこかで休みましょう」
「ほんと、大丈夫だよ?」
表情は変わらず大丈夫そうに見えるけど。
その時陸郎越しにある光景が目に入った。
(あ、ここって、売店だ)
「あ、じゃあ、お昼食べませんか? 僕ちょっとお腹空いてきちゃった」
タイミングよくきゅるっとお腹が鳴る。実際十二時は過ぎていたのでお昼という理由はリアリティがあると思う。
「そこの売店で何か買ってイルカショーやるところで食べましょう」
「いいよ」
信じてくれたかどうかはわからないけどとりあえずは自然に見えるようにそういう流れになった。
それぞれ売店で昼食を買い、少し先のイルカショーのステージに向かう。観客席の手前にショーの時間が書いてある看板を見つけた。
「二十分後くらいかな、ついでに観ていきますか?」
「そうだね」
陸郎が頷いてくれたので、少しの間休憩ができるとほっとする。観客席にはもうだいぶ人がいて同じように昼食を取りながら始まるのを待っているようだった。僕らは隅の空いている席に隣合って座った。
「懐かしいです。小学校の遠足でもやっぱりお弁当食べながらイルカショー見ました」
「あ、そうだったね」
大丈夫だと言っていたけどやっぱり痛かったのだろう。座ってから表情が少し違って見えた。
二人ともステージのほうを向きながら買ってきたものを頬張る。
ふと見ると僕らより少し前のやっぱり隅っこのほうでさっきの二人連れが仲良さげに座っていた。
(あ、さっきの二人……やっぱり、二人は恋人同士なのかな)
本当のところはわからない。でもきっとそうだと思わせる雰囲気があった。現実に幸せそうな同性カップル見たのは初めてで、自分以外にも同性のほうが好ましい人間もいるのだと少しだけ安堵した。
* *
一通り館内を巡りイルカショーを見終えた僕らは出口に向かった。席を立つ前に陸郎が言ってくれた。
「どうする? 海見に行く?」
水族館に入る前に言っていたことをちゃんと覚えててくれたのだ。もちろん僕の答えは。
「行きます!」
水族館の出口の先はショップでこういうところにありがちなぬいぐるみやストラップ、菓子などが置いてある。
「見ていく?」
僕がちらちらっと視線を走らせたことに気づいたらしい。
「あ、じゃあ。ちょっとだけ」
えへへっと笑う。子どもっぽいと思われただろうか。
(お揃いのものなんかいいな……)
そんなことがちょっと頭に浮かんだ時、すぐ傍らでスマホの振動が聞こえた。
「ごめん、電話だ」
そう言って急いでショップを出て行った。
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