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第五章『水族館でぇと』ー7

 陸郎が行ってしまうと何故か急に冷めたような気がした。  水族館にいる生き物たちがゆらゆらと揺れているストラップに触れる。その中には海月もいて、それに触れる。 (お揃い……とか、無理だよね。今のままだと春にはただの思い出になってしまう……それは切なすぎる。もし僕が本当に陸郎さんの恋人になれたら……その時には……)  でもそんな日が来るのだろうか。  僕は海月のストラップを離し、他は見ずに外へ出た。 「ーーだからっ、さっきから何度同じことをっ。今日は用事あるから駄目だってーーまだ終わってないーー」  ショップの外の端のほうから陸郎の声がした。珍しく少し荒い口調だ。近づいていいのかわからず、自動ドア前で立ち止まって様子を伺っていると、陸郎も僕のほうを見た。スマホに耳を当てながら顔の前に「ごめん」というように片手を立てた。そのあとは僕に聞こえないようにか小声で話してすぐに通話を終えた。  そこで僕はやっと陸郎に歩み寄った。 「ごめんね、温くん。もう、いいの?」  ちらっとショップのほうに目を走らせる。 「はい、もう大丈夫です」 「そう。こっちから海に出られるよ」  水族館の裏はもう海岸だった。敷地は膝の辺りしかないコンクリートで仕切られていて乗り越えれば海岸に出られる。でもこちら側より海岸側のほうに着地するほうがちょっと大変な高さだった。飛び降りるという手もあるが……。 「あ、あっちに階段ありますね」  陸郎の足を思って階段を使うことにした。    海岸に座っている人、水際で遊んでいる人、サーフィンをしている人と様々だ。そんな人々を眺めながら陸郎と並んで砂浜を歩く。 「……あの……」  さっきから考えていたことをやっと口にしようと思った。 「ん?」 「さっきの電話……もしかして、兄ですか?」 「あ……うん、そうだよ……」  言いにくそうに言って、苦笑いをする。 「朝も出かける前に電話してきて、今日は用事があるから駄目だと言ったんだが……もう、用事終わったかって……」  やっぱりそうだったんだ。さっきの様子を見て、なんとなくそんな気はしていた。 「最近なんだかやたらと構ってくるんだ」 「……良かったんですか? 今帰れば……」 (だって、僕は代わりだから。本物には敵わない……)   自虐的な気持ちが楽しかった時間を侵食していく。 「いいんだ、今日は温くんと一緒に出かけるって決めてたんだから。先の約束は違えたくない」  立ち止まって僕の顔をじっと見る。 (……陸郎さん、本当に誠実な人だな) 「嬉しいです。兄より優先して貰えて」  めいっぱい嬉しそうに笑ってみるが、心の中ではまだ複雑な気持ちが拭いきれない。 「あの……もしかして、兄は彼女と別れたとかじゃないですか?」 「さぁ……そんな話は聞いてないけど。どうしてそう思うの?」 「最近、家にいることが多くなったし。それに今陸郎さんが言ったようにやたら陸郎さんのまわりにいるような……」  確信ではない。ただの感だ。でもこの感は当たっているような気がする。 「……そういえば、前にも一時期構ってきたことあったな……確か、彼女と別れた時に……」  顔を見合わせる。やっぱりそうなのか、とお互いの顔に書いてありそうだ。 「良かったですね……また一緒にいられて」  とつい言ってしまったら、 「別にそういうのは望んでないよ」  少し怒ったような返事が返ってきた。  なんとなく気不味くなって、そこから先は黙ってただ砂浜を歩いていた。    

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