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第六章『涙のバースデイ』ー2

「誰か待ってるの? もしかして彼女とか?」  洸はバイト先の先輩の中でも話しやすく、仕事はできるし教え方も丁寧だ。加えて同じ大学ということで他の人よりも親しみを感じている。一緒に働くのにはやりやすい相手だった。  しかしたまについていけないノリの時もある。 (あーでも、僕も陸郎さんに対してはこういうノリの時もあるな。本当の僕はそんな性格じゃないのに)  もっともっとずっと重い。でも重いノリではこの『恋人ごっこ』はできないのだ。 「いえ、誰も待ってませんよ」 「ほんとに〜?」 「ほんとですって」 「じゃあ、オレここに座ってもいい?」  そう言った時にはもう既に前に座っていた。 「どうぞ」 (きっともう陸郎さんは来ない) 「僕お昼まだなんで買ってきます」  そう言って立ち上がると「あ、オレも」と洸も立ち上がった。席取りの為お互い荷物を置いて財布だけを持って行く。  数分後にそれぞれトレイを持ってテーブルに向かう。 「お前それだけなの? 足りんの?」  皿に盛られたお洒落なサンドウィッチを覗きこんで来る。洸はオムライスとホットドッグだ。 「ここちょっと高いじゃないですか。先に飲み物も買ったしこれで充分ですよ」  と言いつつ、最後の授業の後半にはたぶんお腹を鳴らしているだろう。 (陸郎さん来ないなら学食でも良かったなぁ。学食の丼もののほうが安いし) 「バイト代あるだろー」 「いいんですよ」  そんな言い合いをしながらテーブルに辿り着く。 「温くん」  背後から再び声をかけられる。勿論隣に立っている男ではなく、今度こそ間違いなく。 「陸郎さん」  ぱっと表情が変わるのが自分でもわかって慌てて今までの顔に戻そうとする。 「良かった、まだいた。連絡できなくてごめんなーーあ、友だちと一緒だった?」  陸郎が珍しいものを見るような目で僕の隣の男を見る。そういえば僕が誰かと一緒にいるところに彼が遭遇したことはないかもしれない。 「あ、ほんとに待ち人いたんだ。彼女じゃなかったけど」  本当に思ったことをすぐ口にする男だなと思った。 「え? 彼女?」  当然意味がわからず困惑する。 「じゃあ、オレは別のとこに行くよ」 「別に」  一緒でもいいとでも言おうとしたんだろう。それを遮るように。 「そうしてください」  と被せた。 「温くん冷たっ」  でも洸はまったく嫌な顔もせずに教科書の入ったトートバッグを肩にかけて去って行った。 「いいのか?」 「いいんですよ、気にする人じゃないんで」 「そう……えっと、ここいいか?」  洸が座ろうとした席を差す。本当なら僕の向かいには陸郎が座るはずだったのに、今のやり取りのせいか遠慮がちに訊いてくる。 「もちろんですよ」

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