117 / 117

エピローグ『眠り姫は王子様のキスで目覚める』

 秋の夕暮れ  黄金色の陽が入りこむリビング。  二人の男は眠っているようだった。  兄とその親友。  兄はソファーで仰向けに寝転んで目を閉じている。そして、その親友はソファーの前で膝を折り、兄の胸に顔を(うず)めている。彼は兄の手に自分の手を重ね合わせていた。  指を絡めて。  愛おしげに。  大事なものを離すまいと。 * *  その光景から目を離すことができない。  僕の頬を一筋の涙が伝い落ちた。  僕は今まで夢を見ていたのだろうか。  兄・優雅の親友で、僕の憧れの松村陸郎と恋人同士になった夢を。  一年近い物語のある、長い長い夢を。  本当の恋人同士はこの二人だったのだ。 「ん……」  苦しい吐息を漏らす唇に何かが触れた感触がして、僕はゆっくりと目を(ひら)いた。  僕はソファーの上に仰向けに身体を預けている。誰かが僕の手に手を重ねていて、指を絡めている。  少し胸が重いのはその誰かの頭が乗っているからだ。 「陸郎……?」 「おはよう、温」  彼は顔を上げ、僕を見つめて微笑んだ。 「あれ、僕寝てた? いつの間に」  そう、さっきのほうが夢だったのだ。  今は秋でもなく、まだ午前中だった。  卒業式後陸郎も研修が始まり、それからひと月以上会えなかった。連絡だけは一言でもし合うようにはしていたけど。  その代わりゴールデンウィークにはどこかに出かけよう。二人で過ごそうと決めていた。  それが今日だった。  どこへ行っても混んでいるような時だから、近場にのんびり行こうと、僕たちらしいプランだ。  僕は陸郎が車で迎えにきてくれるのを待っていた。その間に眠ってしまったらしい。まるで初めてのデートでもするみたいに緊張してなかなか眠れなかったからだ。  「午前中から寝ちゃってるなんて、恥ずかしい」  赤くなってソファーの背のほうに顔を向けた。 「なんで……泣いてたんだ?」  片手はまだ繋がれている。空いた手で陸郎は僕の頭を撫でてくれた。 「夢を見てた」 「悲しい夢?」 「僕が中学生の頃この部屋で見た陸郎と優雅の姿――陸郎と恋人になったのが、全部夢だったのかと思って悲しくなった」 「夢じゃないよ」  僕は「うん」と答えて起き上がる。僕の手を握る陸郎の手のその上に、もう片方の手を重ねる。 「今……塗り替えられた。陸郎が同じように僕にしてくれて。きっともう見ない」 「うん」と陸郎も頷いてくれた。 「そういえば……今……」  悲しい夢から僕を起こしたのは……。僕の言いたいことがわかったのか、くすっと彼が笑う。 「眠り姫はキスで起きるかと思って」 「びっくりした! 陸郎って意外とロマンチストなんだ」 「はいっ、そこっ。いつまでいちゃいちゃしてるのっ」  突然、少し甲高い、あきれたような声が聞こえた。 「あれ、お兄ちゃんいたんだ」 「優、いたのか」  僕らは同時に棒読みのように言った。 「いたよ、いて、悪かったね。陸も俺が家に入れてやったんだろ」  そうだ。僕が寝ていたのに陸郎が勝手に入るわけがなかった。 「出かけるんだろ、早く行けよ」 「お兄ちゃんはゴールデンウィークにぼっちですかー?」 「悪かったなっぼっちで」  陸郎があの日言っていた通り、優雅は僕らの味方ではないけど、前のように邪魔をしてくることもなかった。  同性同士の恋愛をまだ誰もが認めている社会ではない。奇異の目で見られたり、興味本位でつついてくる者もいるだろう。  この先僕らの未来が順風満帆ではないことはわかっている。  それでも僕は、この先もずっと、松村陸郎の隣に並んでいると誓う。                  fin.  二人の未来が幸多からんことを!                 さくら乃  

ともだちにシェアしよう!