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最終章『そして、春――愚か者どもの愚かな真実』ー8

「陸郎さんはどうだったんですか? 優雅と恋人ごっこをして、やっぱり優雅のことを……とか」  だんだん声がか細くなってしまう。これで、実はやっぱり優雅のことが……なんて言われたらどうしよう。 「……ごめん」  陸郎が項垂れる。 (ええーっ。もしかして、やっぱり) 「本当のこというと俺ももう一度確かめてみたかった。今俺が優雅のことをどう思っているのか。俺のことを好きだと言い、手を出してもいい状況にいたとしても――俺はきみを好きだと言えるのか」  ごくっと喉が鳴る。 「……それ……で……?」 「優雅のことを好きで煮詰まっていた頃のような、触れたい好きという気持ちは、もうなかった。優雅といても、俺はずっと、温、きみのこと考えていたよ。会いたい、抱きしめたい、キスしたい、触れ合いたい。ずっとそういうふうに思っていた」 「りくろ……ほんとに……?」 (優雅よりも……僕のことを……)  心臓がぎゅーっとなって、鼻がつんとしてくる。  彼が頷くのが滲んで見える。 「ずっと会いたかった。本当は優を家の前まで送っていったのだって、偶然きみに会えないかな、なんて思ったからだ」 (陸郎……っ! なにそれっ嬉しいっ)  口を開いたら涙も一緒に出てきそうだ。 「温はどうしてた……? 俺に会いたいと思ってくれてた? 三か月近く連絡もしない俺のこと恨んでた? 嫌いになった?」  以前にも陸郎の告白を聞いた。  あれは僕が先に告白をして、陸郎が「ごめん」と言った後のこと。  あの時僕らは何者でもなかった。それでも会わない期間は辛くて切なくて、陸郎に「好きだ」と言われてすごく嬉しかった。  でも今は、その時以上だ。  一度想いが通じ合い、触れ合って、離れた。  前の時よりももっとずっと辛かった。  陸郎の言葉も声音もあの時よりも切ない響きを持っている。  愛おしい。  そんな気持ちが溢れでる。 「そんなこと……っ」  口を開いた途端ぼろっと涙が零れた。 「嫌いになるわけないっ! でもちょっと恨んだ。あの時優雅を選んだこと、その後連絡もくれなかったこと。……僕もできなかった、優雅とうまくいって僕とは別れたいってはっきり言われるのが怖かった。でも、それじゃあやっぱりダメなんだって思って、それじゃあ僕が先に進めないって思って。はっきりさせなきゃって……っ」  涙は滝のように頬を伝っていく。 「ごめん」  陸郎が両手でその涙を拭う。 「温に辛い思いをさせた。本当は優の脅しは効力がないってこともわかってたのに」 「……え……どういうこと?」 「優は自分の気持ちを認めた。同性同士の恋愛を認めた。それなのに、ご両親に俺たちのこと言えると思うか? 優の性格からしてそれは無理だ」 (え……そうなのか……?)  陸郎のほうが優雅のことをよく分かっている部分があるのかもしれない。じゃあ、僕らが離れることはなかったのではないか。 「じゃあ……なんで」  陸郎が僅かに口角を上げると、少し悪い顔になった。 「優は俺たちのこと、賛成はしないだろう。でも何かの時のために一人くらい知ってる人間がいてもいいんじゃないかって。そのためには優が自分の気持ちにケリをつけなきゃいけないって思ったんだ」 「ええーっっ」  僕は頭を抱える。驚いて涙も引っ込んだ。 (僕の恋人は意外と腹黒でした! ってかっ) 「馬鹿だろ、そんなこと考えて、きみにつらい思いさせちゃったんだから」 「……このっ愚か者……っ」  僕は少し笑いながら手を振りあげた。陸郎の胸をぽこぽこと叩く。  そうしながらまた涙が滲む。   しばらく叩かれていた陸郎は、僕の両手首を優しく掴んだ。 「ねぇ……キスしてもいい?」  愛おしげに見つめる瞳にぶつかる。  嬉しい。だけど。  森の中とはいえ大学の敷地内だ。誰が見ているかもわからない。 「え……でも……」 「……今恋人たちの森にいるのは、別れを惜しむ恋人たちだけだよ。みんな自分たちのことで精一杯で誰も見ていない」  実際どうだか分からないが、でも、それでもいいと思った。僕は目を閉じた。  温かくて少しかさついた感触が僕の唇を覆うのを感じた。

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