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最終話 リョウと崇人【R18】

 「・・・何でそんなに見るの?」    ベッドの上で、まじまじと全身をくまなく見つめてくるリョウの視線に、いよいよ耐え切れなくなった崇人は縮こまりながら抗議した。   「『何で?』って・・・見たいから」    悪びれるでも茶化すでもなく、リョウは真顔で堂々と宣言してきた。リョウは固定されたようにジッと僕を凝視してくることがある。無表情にも近い顔つきで真剣に眺めてくるので、何を考えてるのか全くわからない。僕はいつもどうしたら良いのかわからなくなって、おどおどするばかりだ。   「え、ええ〜……あの、でもさ。そんなに見られると、さすがに恥ずかしいんだけど」   「俺も真っ裸だから同じだろ。何が恥ずかしいんだよ?」   お前も見ろよと言わんばかりに、腰まで掛けていた毛布を剥いで起き上がると、崇人の上に覆い被さってきた。   「ちょ、ちょっと、リョウ!」    動揺する崇人にはお構いなしに、首に胸元に、唇を滑らせてキスの嵐を降り注ぐ。  身体のラインに沿って手のひらでゆっくりなぞりながら、シーツの波間に身を置く崇人の存在を、噛み締めるように確かめた。骨ばって大きい、けれどすらりと伸びた滑らかなリョウの手指は、傷ひとつ無い。崇人はされるがままに、その指先を目で追って見つめていた。   「なんか妬けちゃうな」   思わず心の声が口から漏れた。崇人のその一言に、リョウはピクリと反応して触れた肌から一旦離れて顔を上げた。   「どうした?」 「あっ、いや・・・別に・・」    余計な事を言ってしまったと、崇人は慌てて視線を外して取り繕った。  このどうにも隠せない色気を発する指で、自分の体を丁寧に愛撫されていると思うと、視覚からものすごく興奮してくる。全身が脈打つように自然と疼いて、リョウが欲しくて欲しくて堪らなくなるんだ――なんて事、恥ずかしくて言えるわけがない。  本当は、その手でもっと僕を愛でて欲しいよ。リョウが望むままに、僕に触れて欲しい。  そんな事を思いながら、僕の腰骨の上に置かれた彼の手を、恨めしそうにチラリと一瞥する。  流れるように美しい所作で、この手からグラスにワインを注いでいるソムリエ姿のリョウが思わず想像できて、あまりのカッコ良さに脳が蕩けそうになる。きっと、接客される誰も彼もがリョウの手元に、その指先に、羨望の眼差しを向けながら感嘆の溜め息を漏らして釘付けになっているんだろう。そう思うと、理不尽な嫉妬心がむくむくと湧きあがってくるのだから、やっぱり僕って自分勝手だ。   「何だよ。言ってよ」    言葉を濁す僕に向かって、リョウが口元を緩めながら言ってきた。   「何でもない。でも、ちょっと・・・リョウがカッコ良すぎるから、一人で勝手にモヤモヤしてただけ」    バツが悪そうにしている僕の目の前で、リョウは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。それから顔を隠すように下を向いて肩を振るわせたと思うと、嬉しそうにクスクス笑い出した。   「一人で勝手にって、何に?可愛いんだけど」    口角が上がって、笑みを隠せない。でも悪戯な表情を時折チラチラと見せながら言ってきた。   「リョウがソムリエしてる時の姿とか所作に、お客さんは絶対ときめいてると思うよ」    高揚して頬を赤くしながら、崇人は枕を掴んで顔を埋めた。リョウの反応がやっぱり気になって、チラリと顔を覗かせると目線だけ向けてきた。 「そうかな?」とリョウは首を傾げた。幼少の頃から注目される事に慣れすぎているので、自分自身へ投げられる関心には無頓着が過ぎる。そう言われる事が本当に分からないらしい。でも、思い当たりそうな節を探して頭を捻るリョウの姿はちょっと可愛い。  崇人はそんな彼の手を取って、ぐいっと引っ張り、顔の側まで持って来る。指を絡めて、握りしめながら呟いた。   「僕だけが独り占めしたいのに」   素直に甘えながら本音を吐露してみた。どんな風に返ってくるのか、ちょっとリョウを困らせてやりたい気持ちも一緒に湧いてくる。   「いいよ」    案外あっさりとリョウは返事を返した。   「俺のこと独占してよ。そしたら崇人も、俺だけのものになるんだろ」   自分から聞いたくせに、思いもよらない返しに崇人は、「え!」っと声を張り上げて、首まで真っ赤にして驚いた。   「あ、えっと……」    ストレートすぎるリョウの言葉に挙動不審になる。思わず目を逸らして横を向いた。そんな態度にはお構いなしに、リョウは崇人の頬を触ると、自分の方へ顔を向け直させてキスをした。  深くて柔くて熱いキス。思わず息が上がってため息が漏れる。舌が絡んで、お互いの粘膜がくっついて擦れて、心地が良すぎて離れがたくなってしまう。キスに夢中になってきて、崇人はリョウの首筋に腕を回した。ギュッと更に身体を寄せてしがみつくと、彼の唇をより深く享受する。  リョウと僕、もう何度キスしたかな。案外リョウってキス魔なんだ。隙あらば軽いキスから濃厚なキスまで、さらっとやってのけてくる。こんなに積極的に来てくれるリョウがいる未来は予想もしていなかったけれど、気持ち的にも物理的も、実際めちゃくちゃ嬉しいんだ。言葉で足りない分、行動で「好きだ」って伝えてくれているのが伝わるから。  名残惜しく唇が離れると、リョウが質問して来た。   「崇人の勤務先の学校、麹町だよな?」 「うん。そうだよ。え、どうしたの?急に」    突然の問いかけに、崇人は不思議そうにしながら微笑んで返事した。   「あのさ、一緒に住まない?」 「え……」 「通うのに支障が無いならこの家で暮らせばいいし、二人で新しく探しても良いよ。俺たち、今は何とか会えてるけど、基本的に時間があんまり噛み合わないだろ。特に俺は土日も仕事ある事が多いし。一緒に住めたらそういうの、あんまり気にしなくて良くなるんじゃないかなって思って」 「リョウ、それ……すごい良い案だよ!」    崇人は目を見開いて、思わずリョウの腕を掴んだ。   「本当?良かった。早すぎるって言われるかなと思ったけど、もうすぐ部屋の更新だって言ってたから……」 「覚えててくれたんだ……ありがとう。僕もいつかリョウと一緒に住めたらって思ってたから、嬉しいよ」    リョウはまた崇人を抱き寄せてギュッときつく抱擁すると、満面の笑みを浮かべて声高々に言った。   「俺も、めちゃくちゃ嬉しい」    *******  僕はずっと、誰かの事を愛して良いと赦されたかった。僕みたいな――そう自ら卑下してしまう自分自身が、誰かに特別な感情を持つ事を罪だと感じていた。思えば可笑しな話で、少しでもその兆候を感じ取ろうものなら、自分で自分を罰して孤独に引き返させようと、一人で勝手に葛藤していたんだ。  思春期に負った大きな傷を、ずっと引きずってここまで来たけれど、今、ようやく穏やかな優しい気持ちで、自分の心と感情に寄り添って行けている気がする。あの時に付いた傷は完全に治りはしないけれど、痛みは薄れて、記憶は徐々に風化してくれると僕は信じている。  母との関係は、これからも変わらぬままかもしれない。けれど、父に受け入れてもらえたのは、自分の中で大きな自信となったのは確かだ。妹にも、自分の口からカミングアウト出来るようになりたい。リョウのこともきちんと会わせて紹介したいんだ。まだ時間と勇気が必要だけれど、いつかきっと、妹にも本当の自分を見せられる日が来たらどんなにいいだろうと、前向きな気持ちでいる。  こんな風に思えるようになれたのは、リョウに出会えて、自分が愛し愛されてると深く理解出来ているから。偶然に過ぎない、でも必然だった出会いが僕を変えた。リョウが変えてくれたんだ。人生に現れるはずが無いと決めつけていた『運命の人』が、本当の僕を見つけてくれた。  人生はこれからも続く。世界は急に変わったりはしないけれど、僕が少しだけ変わった。  素顔を隠して取り繕っていた『本田崇人』の仮面を置いて、僕は前へ歩き出そうと決めた。 リョウと一緒に。この眠らない街、新宿で。  いつまでも一緒に――   第一部 終わり    

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