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第1話

「ねぇ、いつになったら僕を見てくれるの」 窓から差し込む夕日が、僕らのいる部屋へ影を落とし始める。 いつもの言葉を相手に投げかけると、何を言っている、と言わんばかりに鼻で笑われた。 「いつもなにも、いつも見ているだろう? 今日もこうやって俺の部屋に来てダベってるじゃないか」 シャーペンをくるくると回しながら、へらりと笑ってこちらを見てくる。 「…そういう意味じゃないよ…それにダベってるって訳じゃないよ、君の勉強を見ているんだけど?」 いつも問いかけにいつもの笑顔で答える蓮に、小さく息を吐く。 「湊には感謝しているよ。いつも、ありがとう」 「で、僕の話は聞いていた? いつになったら、僕を見てくれるの?」 「さっき答えたろ? いつも見てるって」 「違うよ、そうじゃなくて…」 「じゃあ、どういう意味だ?」 先ほどまで笑みを浮かべていた蓮の薄い唇が少しだけ不機嫌そうに歪められ、低い声で問われた。 茜色だった空も群青色へ姿を変えはじめた事も相まって部屋の温度が少しだけ下がった気がする。 「僕は冬真さんの代用品じゃないってこと」 彼の目を見てそう言うと、蓮の目が一瞬だけ揺れ、心のどこかを矢で射られたような表情を見せた。 「なにを…」 しばらくの沈黙の後に、絞り出すように言った言葉が震えているのは図星だからだろう。 僕は知っている。 蓮が養親である冬真さんへ幼少の頃に引き取られて以来、恋慕を抱いている事を。 高校生にもなれば、思慕と恋慕の違いくらいわかる。 ――彼のそれは、紛れもなく恋だ。 でも悲しいかな、彼は決して君の手には落ちないよ。 冬真さんから見たら、君はどこまでも息子だ。 そして冬真さんはパートナーである晴臣さんを愛している。誰の目から見てもわかるほどに。 だから君はどこまでいっても晴臣さんと冬真さんの息子なんだよ。 艶のある黒髪で少し茶色かかった瞳。 蓮の抱いている気持ちに気付いているだろうに、好きだと、言われたら少しだけ困ったような顔をしてふわりと笑う。 そして「僕もだよ、蓮。君が息子にきてくれて嬉しいよ」と優しく抱きしめる。 そのやり取りを何度見た事か。 そして僕は、彼の想い人”冬真さん”の本当の甥だ。 僕の父である陸翔は冬真さんの実の兄にあたる。つまり、僕と蓮は血は繋がっていないが、従兄弟同士となる。 僕は父方の血を濃く受け継いだのか、若干の違いはあるようだが、父や晴臣さんがいうには冬真さんの生き写しと言っていいほどだそうだ。 そんな事だから、余計に蓮は僕を僕として見てくれない。 僕の中にいる”彼”を見ているのだ。僕はこんなに恋焦がれているのに。 「湊、俺たち従兄弟だろ?」 「関係なくない? それは書類上の話だよね?」 「関係あるさ」 「なんで?」 「親父たちが悲しむぞ」 ああ、この一言が全てだ 親父たち…というのは体裁で、蓮の心のうちは「冬真さんが悲しむ」それに尽きるのだ。 そう言われた僕の気持ちはどこに向かえばいい? すっかり暗くなった空に星が瞬いているのが見える。 ――もう、いっそ。 無理やりにでも、体の関係を持ってしまおうか。 容姿は彼の好きな人の形をしているのだから、僕が誘えば断れないし断らないだろう。 この終わりのない関係に終止符を打つことができるだろう。 でも、それと引き換えに残るのは、お互いホンモノを得られなかった虚しさだけを抱くのだろう。 「僕たちの気持ちに親は関係ある?」 「俺は湊を家族だと思っているが? それは俺だけか? 俺たちは家族になれないのか?」 持っていたシャーペンを少々乱暴に置くと、僅かな怒りを滲ませて僕を見つめる。 「蓮、僕は前々から言っているよ。君の事が好きなんだよ」 諭すように、救いを求めるように彼へ言うと、何も言わずに部屋を出て行ってしまった。 扉の閉まる音の後に、静寂が部屋を包む。 ああ、今日はダメだ…。 今日、蓮が女子から告白を受けていたという話をクラスメートから聞いた。 「俺、好きな人がいるから無理」 と、満面の笑顔で女子に言い放ったらしい。その女子は諦めきれなくて食い下がったみたいだけど彼はたった一言「君は好みじゃない」って言って、女子から顰蹙を買うことになった。 そんな話を聞いてから蓮の家に来たら、今日に限って冬真さんがいて僕の中で今まで抑えていた感情が抑えれなくなっていた。 「ああ…やっちゃったなぁ」 いつもならもっとうまくやれるのに、今日はダメだった。 きっと蓮もいつも違うと感じたはずだ。 その些細な差異を僕の焦りとどうか気付いてほしいと祈りに近い気持ちを抱くように、ベッドを背に膝をかかるように座りなおした。

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