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第2話

――君の事が好きなんだよ── 湊の言葉の残響が鼓膜に残り続けている。 いつも表情を崩さない湊が泣きそうな声色で俺に伝えてくるのは初めての事だった。 あの救いを求めるような声と表情が頭の奥で何度も反響する。 逃げ場を探すように、俺はキッチンへ向かった。 湊の事は好きだが、未だにあいつの気持ちに応える事ができない。異性に対する気持ちではなく、親兄弟に対するものに近い。 ――だが、あいつは違う。 俺への感情を言葉にして真剣に伝えてくれる。 それに対し俺は……あいつの真っ直ぐな気持ちを受け止める勇気もないまま、ダラダラと付き合っている。 のらりくらりと躱し、曖昧な態度であいつに僅かな希望を抱かせてしまっている。 あの人に引き取られた時、この場所が俺の居場所である以上、この人たちを家族として悲しませないと誓った。 ……受け止めてしまった時、俺はどうなる? 家族として築いてきたすべてが、崩れてしまうのではないか。 一瞬そんな考えが過って、背筋がゾクリと粟立った。 「蓮、湊はまだいるの?」 二人分の飲物をキッチンに取りに来ると、後ろから声を掛けられた。 「ええ…飲み物を取りに来て…」 「湊と一緒に勉強?」 優しい笑顔でそう告げる冬真さんから、シロツメ草のような匂いに交じって、サンドルウッドの匂いが鼻をかすめる。 「…晴臣さんも今日は有給で?」 「え?」 サンダルウッドは晴臣さんの匂いだ。少しだけ紅潮した頬に潤んだ瞳。 ――あぁ、そういうことか。 「湊が来ているので、あまり騒がしくしないでください」 俺がそう言うと、冬真さんは焦って言葉に詰まっていた。 「あ、蓮、湊は今日夕飯を食べていくのかな?」 「晴臣さんもいて……地獄だろ」 舌打ち混じりで呟くと俺の態度に傷ついたように少し眉尻を下げるのを見て、 心がチクリと痛む。 この人は、いつだって優しさの仮面をかぶる。 何も知らないふりをして、俺の心の上を軽く踏んでいく。 きっと俺が嫌うことができないのを分かっているように。 卑怯な人。 「…湊に聞いておきます」 「うん、お願い」 ペットボトルを持って部屋へ戻ろうとすると、背後からまた名前を呼ばれた。 「蓮」 「はい」 「湊と仲良くね」 「…はい」 もはや呪詛のように聞こえる彼の声を背に聞き、手に持つペットボトルの冷たさが全身を駆け巡った。 誓ったはずの俺の居場所が形を変えようとしていた。 誰のせいでもない。自分の所為である事は分かっている。 しかし誰かの所為にしようとしていて、その矛先を湊にぶつようとしている自分がいる。 そんな自分を忌み嫌い、これからどうしたらいいのか、自分の感情の行方が分からないまま湊の待つ部屋へと戻った。

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