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第19話 ―蓮―

 出るべきではなかったのかもしれない。  そんな思いが胸によぎるが、通話はもう繋がっていた。   「……はい……」  自分の声と理解するまでに、少し時間がかかった。 「蓮……久しぶりだね」  冬真さんの声。  優しい声色。きっと穏やかな表情で俺の名を呼んでいる。  数か月ぶりに聞く、その声に、胸が苦しくなる。  でも、その奥に心配が滲んでいる気がする。 「……久しぶりです」  やっと、言葉が出た。  たった一言を出すだけに、かなりの時間と労力を要した気がする。  ひどく喉が、渇いている。 「元気にしてた?  蓮からの連絡がなくて、心配してたんだよ。  晴臣から話は聞いていたけど、君の声を聞かないと、と思って……ね」  最後に柔らかく笑う音がスマホの向こうから聞こえる。  心配、させた。  罪悪感が、胸を締め付ける。 「……すみません」 「ううん、謝らないで。慣れない環境にいるんだから、仕方ないよ」  優しい声。  あの時は、この優しさが苦しかった。  『息子』としての優しさに、傷ついていた。  でも、今は――  少しだけ、違って聞こえる。 「学校は、どう? 慣れた?」 「……はい。なんとか」 「そっか。良かった」  冬真さんが、ほっとしたように言う。 「晴臣には、世話になってる?」 「……はい。すごく、良くしてもらってます」 「そう。良かった」  会話が、ぎこちない。  以前は、もっと自然に話せた。  でも、今はもう――  何を話せばいいのか、分からない。  沈黙が、流れる。 「冬真さん……」  震える声で、言う。 「ん?」 「……聞いても良いですか?」  勇気を振り絞って、言った。 「もちろん。いくらでも聞くよ」  冬真さんが、優しく答える。  スマホを握る手が汗ばんで、滑りそうになる。  深呼吸をする。  そして―― 「俺が、なんで……転校した……のか」  声が掠れて言葉が喉の奥に引っかかって出てない。  ひどく緊張していて、心臓の音が電話越しに聞こえるのではないかと思うほどだ。 「……」 「……なんで、引っ越しをしたのか」  冬真さんの息を飲む音を感じる。   「……お……俺は」  言葉を出そうとすればするほど、奥歯がカチカチと鳴っているように思う。  言っていいのか、それともダメなのか。  言わないでいるのは、逃げているだけじゃないのか。  そんな思考が頭を駆け巡る。 「……湊を……みんなを」  傷つけてしまう存在で……    もう、言葉が出てこなかった。  涙で視界が滲む。 「……蓮」 「……はい」 「君は悪くない」  はっきりと冬真さんが口にする。 「え?」 「蓮、君は何も悪くないんだよ」  言い聞かせるように言う冬真さんの声が震えているように聞こえる。  何かを押し止めているような息使い。 「だから、自分を責めないで」 「……」 「転校と引っ越しについては……僕が決めた」 「……なんで……」 「……」 「お……俺のせいで……俺がいなければ……みんな……」 「蓮、違うよ」  言葉をかぶせて、強い口調で冬真さんが言う。 「君には幸せになる権利がある。そのために環境を変える必要が……」 「分かりません」  冬真さんの声が遠くに感じて、自分でも思うより先に言葉が出た。 「…………っ」 「……ただの厄介払いとしか思えなかったです」    もう自分で止めることが出来なかった。  溢れ出した言葉は、冬真さんを傷つけると分かっていても、止めることが出来なかった。

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