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凌介はいつもより優しく俺を抱いた。
俺の様子が少し変だったからかもしれない、自覚はある。
しかし、事が終わってしまえば何故俺はさっきまであんな情緒不安定だったのか、自分で自分自身の理解に苦しむ。
その上、死ぬほど恥ずかしい。
だから凌介から話しかけてくるまでは絶対に一言も喋らない。絶対にだ。
いい歳して子どもじみた行動をしているというのは分かっているが、世の中歳を重ねた分だけ厚顔無恥になる人間ばかりではない、と主張したい。
「なぁ、海里」
「……何だ」
ベッドの上で煙草を吸っている奴の傍ら、頭まで布団を被った状態で返事をする。
そんな俺を見て、凌介はきっと笑っているだろう。見えてないけど分かる。
「治ったか?」
「治った」
言わせるな、恥ずかしい。
絶対にわざとだな、この野郎。
「……明日、仕事休みか?」
「休みじゃない。けど、休みにもできる」
「そうか。じゃあ結婚しよう」
は?
俺は布団を捲って顔を出した。
今、奴はなんと言った?
けっこん……血痕、結魂、は無理があるか、日本語が続かない。
結婚?
「聞こえたか?」
「多分」
俺の耳が正常に機能しているならば。
「結婚しよう」
「何で?」
「愛してるからだよ」
「誰が誰を」
「俺が、お前を」
「……」
凌介は、ハンブルクで何か変なものを食べてきたのだろうか。腐ったジャガイモか?
俺を見て笑っていると思ったのに、真面目な顔をしていてなんだかひどくおかしく見える。
一笑してやりたいのに俺は声が出なくて、代わりに頬の筋肉がピクピクと動いた。
なんとか、頭をフル回転させながら話す。
「あ、愛してるのは理解できた」
「理解できたのか」
「でも、結婚は理解できない。理由が明確じゃない」
「分かってる。今から理由を説明する」
凌介がそう言った途端、スっと肩の力が抜けた。
ああ、吃驚した。
死ぬほど吃驚した。死なないけど。
「何安心してるんだ?」
「だって、ちゃんとした理由があるんだろう?良かった、ドイツで腐ったジャガイモを食べたせいでますます頭がおかしくなったのかと」
「最初からおかしくないからな。あと腐ったジャガイモも食ってない」
「ジャガイモはともかく、何言ってるんだ?頭大丈夫か?」
「お前がな」
凌介は俺をかわいいとか抜かす奇人変人のくせに、本人にその自覚はないらしい。
やはり周りにも変人しかいないからだろうか。
「ドイツでビールを飲みすぎて死にかけた、と言っただろう」
「言ったな」
「まあ、日頃の行いが良いせいか死ななかったよ」
「良かったな」
「でもこれから先、死にかける機会は何度でもあるだろうな。いくら見かけが若くても、中身はガタが来始めてるからな」
「脳梗塞だの、心筋梗塞だの」
「そうだ。言っとくけどそれらはお前の方が深刻だぞ」
「あまり愉快な話じゃないな」
しかし、凌介にしては歯切れが悪いというか、なかなか核心に至らない。
俺達の健康問題がどうして結婚に結び付くのだろう?
もうそこまで若くないことは自分でも分かっているし、身体に何か不調が起きたとしても孤独死する覚悟はとっくに出来ている。
大体凌介が俺に会いに来るのは、そのための『生存確認』じゃないのだろうか。
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