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「それでだ。もしお前が倒れて入院でもした場合、誰が面倒を見るんだ?」 「何故俺が倒れる前提なのかを聞こうか」 「可能性の問題だ」 それを言われたら返す言葉もない。 俺の方が凌介よりも不摂生な生活をしている自覚はあるからだ。 「……真っ先に連絡がいくのは、多分伯父夫婦だな。ロクに会ったこともないけど」 俺には家族がいない。 俗にいう天涯孤独というやつである。 「そう……25年も一緒にいた俺じゃなくて、そのロクに会ったこともない伯父夫婦がお前の世話をしなきゃならんわけだ」 「ほぼ他人だし、迷惑をかけるつもりはないけどな」 中途半端に生き伸びて迷惑をかけるくらいなら、いっそ死にたいと思う。 そう上手くいくとは限らないが。 「お前に迷惑かける気があろうとなかろうと、行政には関係ない。……なあ海里、お前はそれでいいのか?」 「何がだ」 「例えば医者の説明を受けたり、洗濯物を持ってきたり……普通家族にしてもらうこと……そんなことを任せるのが、ほぼ他人同然の親戚なんかでいいのかって聞いてるんだ」 「それは……」 「俺の方が気兼ねなくていいだろう?」 昔から変わらない自信満々な顔が少々ウザいが、その通りなので肯定するしかない。 「そりゃそうだ」 「それなら俺と結婚しよう」 「分かった」 俺がすぐに返事をしたからか、凌介は形のいい目を大きく見開いた。 昔よりも皮膚にハリが無くなったせいか、二重がよりくっきりして少し垂れ目になっている。 「……いい、のか?」 「? そういうことなら結婚してくれた方が俺の方が助かるし、何か問題あるか?」 「………」 凌介は何故そんなに驚いているんだろう、自分が提案してきたことなのに。 それよりも俺が疑問なのは、この国はいつから同性婚が可能になったのかってことだ。 普段テレビも新聞も見ないから知らなくても当然と言えば当然だが、少し驚いた。 「……俺とこれからもずっと一緒にいることになるんだぞ」 凌介がやけに低い声で言った。 何を今更。 「今までもそうだったと思う」 「同じ指輪をしたり、同じ家に住んだり」 「それって法律で決まってるのか?」 「いや、俺の希望だ」 「じゃあ要相談だ。金属アレルギーが出る」 「なら指輪は無理強いしない」 「うん。他には?」 普通の夫婦ならば子作りに子育てだろうけど、生憎俺は男なのだ。 まさか性転換を迫られたりしないだろうな。 そんなの即、離婚案件だ。 「……愛してる」 「それはさっき聞いた」 「お前は?」 「え?」 ――俺? 「海里……この際だから言っておくが、俺は好きでもない奴とセックスをしたり、こんなメチャクチャな結婚話を持ち掛けたりしない」 は? 「え、だってセックスはお互いメリットがあるからだろう?」 「俺はお前のことが好きだったからそういう提案をしただけだ」 「はあ……」 「意味が分かるか?」 えーと。 ちょっと待て、頭が働かない。 確かに俺はずっとそれを……凌介の気持ちを確かめるという作業を後回しにしてきたけど、そのパターンだけは考えたことがなかった。 俺だってさすがにどうでもいい奴や嫌いな奴とセックスしたりはしない。 今まで凌介以外の奴としたことはないし。 他の誰からも誘われたことがない、というのが大前提だが。 つまり俺は、凌介のことを愛している……? それで凌介も俺のことを……って…… 「えぇ!?」 「ハァ、今まで何も聞いてこないからまさかとは思っていたが、本当にお前は……好かれていないとは思っていなかったけど……自覚するのが遅すぎるぞ」 凌介は頭を抱えて、深い溜め息をついた。 その右手に持っていた煙草はとっくに灰に変わり、灰皿の中で朽ちている。 「……い、いつから?」 俺たちは、ずっとただの親友同士だった。 時に助け合い、時に罵りあい、馬鹿な話でも盛り上がるし、セックスでも盛り上がれる。 いつから? いつから凌介は、俺を愛していた? そして、俺は……… 「俺は、初めから恋だったよ」 初めから恋だった【終】

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