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されど、心解す。

夜――俺は緊張していた。 (話しかけろ話しかけろ話しかけろ話しかけろ) 心臓がバクバクしている。 作ってもらった夕飯を食べ、その後ソシャゲの周回を終え、顔を上げるとソファでテレビを見ている鴛鴦さんの姿があった。 昼間、瀬戸との会話を思い出す。 『俺からのアドバイスはひとつ。距離を詰めすぎるな!』 『距離を⋯?』 『そうだ!ガツガツ行ったら引かれるのは目に見えてる。その方がいい時もあるが、お前のようなタイプにそれは無理だ。慣れてないやつがガツガツ行ったら気持ち悪がられる』 『じゃあ、どうすんだよ』 『まぁ焦るな。アプローチの仕方はいろいろある! お前には日常の何気ないことで関わることが一番いい』 『何気ないこと?』 『そうだ。''テレビを見ている''ときに何を見てるんですか?と話す。''今日のご飯とっても美味しかったです''と話す。これでいい!! そんでこのとき、目は絶対合わせろよ!目を合わすってのは相手に信頼感を与えるんだからな!! けどな!じーっと見つめすぎるのもダメだ!引かれるからな!!適度に視線を合わせる!これが大事だ!!』 (難しいこと言ってんじゃねぇよ⋯) 過去の瀬戸にツッコミを入れた。 だが、なんだかんだ言って、あいつに頼ってしまう俺がいる―― (クソが⋯⋯上手くいかなかったら文句言ってやる) ちらりと鴛鴦さんを見る。 ソファでくつろいで、なんだか楽しそうにテレビを見ている。 (⋯⋯落ち着け、何気ないことでいいんだ。平常心で行け。烏羽 氷河。) ゆっくり深呼吸をして、勇気を出す。   「あっ、あの⋯鴛鴦さん」 「はい?」 くるりと鴛鴦さんが振り向いた。 目が合う。 (っ⋯⋯目を、合わせる⋯適度に⋯て、適度にってどのくらいだよ!) とりあえずじっ、と見るなと言われたことを思い出して、鼻の辺りを見ることにした。 「えっと⋯何見てるんですか?」 「え?⋯あっ、料理の番組です!見ていて面白いんですよね〜試してみたくなるって言う感じで」 「そ、そうなんですね」 (そうなんですね、じゃねぇよ!何かほかに言うことあるだろうが!!) 自分にイラつきながら次の言葉を探す。 「⋯⋯よ、よく見るんですか?料理番組」 「そうですね〜よく見ちゃいます!これ録画なんですけど、こういうのいっぱい録画するから容量パンパンになるんですよね〜こうして、適度に見て消さないと勝手に消去されるから命懸けですよ!⋯⋯あっ、引きました?」 「い、いえ⋯そういうのいいなっ、て思います」 (抽象的すぎ!!もっとほかに言うことあったって!!) 「ふふっ、気を使ってもらってありがとうございます!⋯あっ!何か見たい番組でもありましたか?」 「い、いや!!な、ないです!⋯⋯あ、あの、よかったら⋯鴛鴦さんがいいと思ったら一緒に――」 「涙!」 「えっ⋯?」 「もー!烏羽さん忘れたんですか?僕のことは鴛鴦じゃ言いにくいから''涙''って呼んでくださいって言ったことを!!」 「あっ⋯」 (そういや、そんなこと言われてたな⋯) あのときはやたら距離感が近すぎる人だと思ってたから、流していた。 「⋯⋯涙、さん?」 「はい!」 笑顔で返す、その声にドキリとした。 (下の名前で呼んだ⋯呼んでいいんだ) 心がふわふわする。 幸福感が胸を支配する。 「そうだ!僕も烏羽さんのこと下の名前で呼んでいいですか?」 「はぁぇ!?ど、どうぞぉ!」 変な声が出てしまった―― 恥ずかしい。 「じゃあ⋯氷河さん、ですね?」 名前を呼ばれた瞬間、胸がきゅんと締め付けられる。 熱い、けどその熱さが心地よくて―― とっても嬉しかった。 (好きな人に、下の名前で呼ばれるって⋯とってもいいものなんだな) 「あ、あの⋯」 「ん?」 (この高揚感なら、いける!押せ!俺!!) 「い、一緒に見てもいいですか?その、番組を」 「え?⋯見てて楽しくないと思いますよ?」 「い、いや⋯あの、涙さんの好きなものなんですよね?⋯⋯共有したいなって、皆のご飯作ってくれたり、洗濯したりしてる人のこと、知りたいなって」 「⋯⋯」 一瞬、涙さんが目を瞬かせた。 なんだか少し、戸惑っているように見えた。 「⋯⋯ふふっ、なんだか口説かれてるみたいですね」 「えぇ!??そ、そんなつもりじゃ!」 慌てて否定すると、涙さんはくすくすと笑った。 「ごめんなさい!冗談ですよ?⋯でも、嬉しいな」 「え?」 「こうして''僕の好き''に関心持ってくれる人、久しぶりな気がします。 親もそんなに料理好きな人じゃなかったし、友達もすごいと褒めてくれるけど、それ止まりでしたから」 「そう、なんですね⋯」 「だから嬉しいです。氷河さんが、僕のこと知りたいって言ってくれて」 涙さんはそう言って、にこりと微笑んだ。 「じゃあ、一緒に見ましょうか?こっち来てください!」 涙さんはソファに座っている隣をぽんぽんと叩いた。 (と、隣で!?) ドキドキと心臓がうるさい。 手の汗がやばい!! (ク、クソがっ!!緊張してんじゃねえぞ!!こ、こんなのどうってことないはずだ!!食事の時も隣にいるだろうが!!) ゆっくりと歩き、涙さんの隣に座った。 ソファが自分の重みでゆっくりと沈む。 肩が触れそうな距離だ。 息が止まってしまうと錯覚するほどドキドキしてる。 (ち、近い⋯だが、これも必要なこと⋯) 自分にそう言い聞かせ、平常心を保とうとする。 「これにしましょうか?料理人を目指す人を有名なシェフたちが作った料理をジャッジするやつです!これなら氷河さんも楽しめるかも!!」 「あっ⋯聞いたことあるかも」 「ホントですか!!」 「は、はい⋯ネットでよく、炎上してるなって」 「うっ!そこ突かれると痛いですね⋯シェフが辛口すぎて炎上するんですよね〜でもそこがまた面白いというか、シェフもそれだけ本気なんだなって!見てるとわかるんですよ!!」 「へぇー⋯そうなんですね」 「それに、料理人たちの真剣な顔!番組にかける情熱!そういうのを見て、シェフもちゃんと審査しないと!って思うんですよ!!⋯⋯でも、さすがに言い過ぎな時もありますけどね〜」 はははっと乾いた笑顔を見せる涙さん。 (真っ直ぐな目で語るなー⋯) 俺には好きなことをそんなに熱く語れる情熱はない。 それが眩しくもあり、羨ましくもある。 でも、より好きになった気がする。 「ほら!見てください、氷河さん!!」 そう促されてテレビ画面を見ると、そこには鉄板の上で湯気を立てるハンバーグが映っていた。 ナイフで切ると、閉じ込めていた肉汁がじゅわっと溢れ出ていた。   「美味しそうですよね〜これがまだ駆け出しの人が作ったなんて思えないです!」 キラキラとした目で画面を見つめる涙さん。 声も弾んでいる。 「ホントですね⋯」 (普段なら番組を見ても食べる気すら起こらないのに⋯この人と一緒にいると、食べられる気がしてきた 心が溶けるって、こういうことを言うのかもしれない) 「⋯⋯氷河さん。食べたいですか?ハンバーグ」 「え⋯?」 「なんだか、僕食べたくなっちゃって!流石に今日はもうご飯食べた後だから食べないですけど。 明日の夕飯にしようかなって!」 (俺、顔に出てたのかな⋯) 食べられるかもと思っていた瞬間に、そんなことを言われたのでビビってしまう。 (いや、これはチャンスでは⋯) 俺は不思議と頭が冴えた気がした。 「あ、あの⋯め、迷惑じゃなかったらでいいんですけど⋯」 「?⋯はい!」 「つ、作ってるところ見ててもいいですか⋯?」 声が震えている。 かまうもんか。 そう思いながら、涙さんを見つめていた。 (見てみたいんだ⋯この人が好きに触れている瞬間を!) 一瞬の沈黙。 けれど、涙さんはふふっと穏やかな笑みを見せてくれた。 「手伝ってくれるってことですか?」 「い、いや!そういうわけじゃ⋯俺みたいに慣れてないやつが手伝うなんて邪魔でしかないし⋯」 「いえいえ!僕はそういうのウェルカムですよ!誰かと一緒に料理するの憧れてたんです!!」 思っていたよりも良い返事が返ってきてホッとする。 「じゃあそうだなー⋯明日は平日だから一緒に料理できないですもんねー土曜日は僕が仕事ですし」 「⋯⋯そういえば、涙さんってどんな仕事してるんでしたっけ?」 つい聞き忘れていた。 「あれ?言ってなかったですっけ?僕、フリーで家事代行業してるんです」 「あっ、そうなんですね」 イメージとピッタリの仕事だ。 「だから休日の方が忙しいんですよねー⋯ 平日だと在宅ワークの人とか、シニアの方の依頼が多くてゆったりできるんですけど、土日は共働きの家庭の依頼で予約でぎっしりなんですよね」 そう言って、涙さんはスマホを取りだしてスケジュールを確認した。 「⋯あっ!でも日曜の夜なら空いてますね!ちょうどキャンセルが出てたのを忘れてました!」 「え⋯ホントにいいんですか?」 「もちろんです!!むしろやり遂げましょう!美味しいハンバーグ作り!そして、美味しく作りあげて旭さんと透さんを驚かせましょうよ!!」 「そ、そうですね⋯じゃ、じゃあ日曜日、お願いします」 「はい!あっ、せっかくなら材料も一緒に買いに行きますか?」 「え!!??」 (そ、それってデート!?) 頭の中がパァーン!!と撃ち抜かれた気分だ。 そんな俺の混乱をよそに、涙さんは穏やかに笑っていた。 「その方が自分が一から作った感じがして、楽しいなって思うんですよ」 「い、行きます!」 気づけば即答していた。 恥ずかしいが、これはチャンスだと確信していた。 「よしっ!じゃあ決まりですね!僕、午前は仕事があるんですよ。けど午後三時には帰って来れるはずなんで帰ってきたらスーパーに行きましょうか!」 「は、はいっ!!」 「ふふっ、元気な返事ですね。じゃあよろしくお願いします」 優しい声に、胸がじんわり熱くなる。 高鳴りが止まらない。 (成功⋯したんだよな) 実感がわかなかった。 けれど、嬉しさが込み上げてくる。 (やった⋯癪に障るが瀬戸、お前のおかげだ) 肩の力が抜けて、ソファにもたれながらふぅと息を吐く。 隣では涙さんがテレビを見て、ニコニコと笑顔を向けている。 その横顔を見ると、不思議と心地よく感じる。 (好き、だな⋯やっぱり) 心臓がうるさい。けど、それすら今はいいと思った。 ――日曜日が待ち遠しい。

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