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第1話 初めてのお見合い

一流ホテルのレストランの個室で、約束の二十分前に着席した僕――天海世那(あまみせな)は背筋を伸ばした。 二十六歳、人生で初のお見合いである。 今の時代、政略結婚なんて珍しいし自分には縁のない世界だと思っていた。 そもそも見合いをするのが、なぜ一番出来の悪い僕なのか。 少し年の離れた出来の良い兄と姉が従業員五百人程度の会社を経営する父の跡を継ぐのだと思い込んでいたし、家族からも今までなんのプレッシャーも与えられることなく自由に……むしろ放置気味に育てられた自覚がある。 しかしどうやら、人生イージーモードでのらりくらりと生きてきた僕とは違い、兄と姉は出来が良すぎたらしい。 兄は大学時代に自分の会社を興して父の会社には入社すらしなかったし、姉は父の経営する建築業界ではなく医療業界のほうに興味あると言って、全く別の道へ進んでしまった。 結局大した能力のない僕が父の会社にコネ入社することになったのだが、なんの期待もされずに甘やかされて育った次男坊の僕には会社を成長させるどころか、現状を維持させる力すらない。 僕の才能のなさに父が愕然としている最中、資材の物価高騰や需要の減少など時代のあおりを受けた会社はまんまと傾き出した。 そんなある日、僕は父に呼び出されたのである。 「……すまないが、世那。社員と私のために、見合いをしてくれないか」 「え?」 父は、清々しいほど開き直って僕にそう言った。 そしてタイミングが良いのか悪いのか、現在の僕には彼女がおらず、フリーである。 「我が社のメインバンクの執行役員のお子さんがな、お前との見合いを希望しているんだ。ゆくゆくは確実に頭取になる方のお子さんだから、悪いがお前に拒否権はない」 「うん、まぁいいけど」 僕は深く考えずにこくりと頷いた。 傾いた会社を立て直すような手腕もないし、これで親孝行出来るのならばと気軽に引き受けたのだ。 僕は脳みそが詰まっていない分、顔面に偏差値が集中している。 なので口を開くと大抵「思っていたのと違う」と言われて、振られてしまうのだけど。 「お見合いさえすればいいんでしょう? 破談になっても大丈夫なんだよね?」 「ああ、そうだ。話が進まなくても、お前が咎められることはない。とにかく会って話したいそうだ」 「わかった」 どうせ少しでも会話をすれば、見てくれだけで判断した相手の僕のイメージは勝手に崩れてくれるだろう。 僕には拒否権がなくても、ご令嬢のほうからお断りしてくれるはずだ。 それにしても、将来の頭取の娘さんってどんな人だろう。 バリバリ働くキャリアウーマンで、三十代後半にさしかかって結婚を考え出した、自立した大人の女性か。 それとも進学や就業が嫌なさっさと旦那の稼ぎで遊んで暮らしたい、まだ二十代前後のあざとい系か。 はたまた、二十代後半か三十代前半で友人たちが結婚や出産をする中、なかなか良い出会いがないもののこれじゃいけないと勇気を振り絞って父親に相談した、普段は控えめな清楚系か。 「相手はいくつなの?」 「お前と同年代だ」 田舎ならまだしも、都会で結婚を考えるにはまだちょっと早い気がする。 もしかしたら、結婚式では「親の紹介で知り合い意気投合し、三年の交際を経てめでたくこの日を迎えました」とかいう、お見合い結婚ではなく恋愛結婚だよとアピールがしたいタイプなのかもしれない。 でも、同年代ならジェネレーションギャップもなく会話の話題探しも多少は楽だろう。 「じゃあ、日時が決まったら連絡して」 「ああ、お前には本当に悪いが、よろしく頼む」 そんな軽い気持ちで、僕はお見合いを引き受けた。 普段は威圧的な父が、やたら申し訳なさそうにこちらの顔色をうかがっていることにも、気づかずに。 *** 最近のお見合いは、親抜きで当人同士で気楽に、というのが主流らしい。 釣書などの堅苦しいものを用意しないで良いことは助かった。 お見合い相手の名前は相楽清流(さがらきよら)さん。 これから一緒に食事をしなければならないし、なんなら数回はデートをすることもあるだろう。 どうせなら可愛い人がいいな、と思っていると、個室のドアがノックされた。 「はい」 「お連れ様がお越しになりました」 僕は立ち上がって、微笑みを浮かべる。 これから名前を名乗って、相楽さん、と清流さん、どうお呼びすれば? と尋ねて、素敵なお名前ですねと声を掛けながら椅子を引いて……いや、それはこの店のウェイターがやるか? そんなことを笑顔の裏で考えていると、ウェイターのあとから僕より背が高く、彫りの深いイケメンが入室してきた。 入る個室を間違えたのだろう。 僕はにこやかな笑みを絶やさないまま「部屋が違いますよ」とウェイターに声を掛けようとした、のだが。 「天海さん、遅くなってすみません」 声を発するより先にイケメンに話し掛けられ、僕は口を開いたままピタリと止まる。 なんでこのイケメン、僕の名前を知っているんだろう。 「……ええと」 「どうぞ、座って話しましょう」 そのイケメンはウェイターの引いた椅子にスマートな動作で着席すると、僕にも座るよう勧める。 混乱しながら、思わず僕も、着席した。 「飲み物は何か頼まれましたか?」 「いいえ、まだです」 なんで僕は、お見合い相手じゃなくてイケメンと話しているのだろう? 「お酒は飲めますか?」 「ええ、好きですよ」 もしかして、清流さんのご兄弟だろうか。 「ここは食事にぴったりなワインを選んでくれるソムリエがいるので、お任せにしても構いませんか?」 「はい、勿論です」 笑顔はキープしたまま、彼が僕のお見合い相手とどんな関係なのか話し出すのを待ってみたが、イケメンはマイペースに「この度は、貴重なお時間を割いてくださり、ありがとうございます」と頭を下げた。 いや、だから。 僕が知りたいのは、清流さん本人がいつ到着するのかなんだってば。 いい加減痺れを切らし、仕方なく僕から清流さんの話題を振ることにした。 「あの、もしかして、清流さんのご都合が悪くなったのでしょうか?」 「……え?」 だから兄か弟、従兄弟や代理人? である貴方が来たのか、と遠回しに聞いたのだが、どうやらイケメンは察しが悪いらしい。 一度きょとん、というような顔をしたあと、「ああ、なるほど」と一人納得したようにクスクス笑った。 そして、意味のわからない僕が気分を害する前に、口を開く。 「失礼。天海さんのお父様は詳細を話さなかったようで、どうやら誤解をなさっているようですね」 確かに父から、見合い相手の詳しい情報は聞いていない。 どういう意味だろうと思った僕は、首を傾げた。 「私が貴方の見合い相手の、相楽清流です」 イケメンはにっこりと綺麗に笑って、そう言ったのだった。

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