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第2話 見合い相手は元ヤン同級生

「ちょっと父さん!! 聞いてないんだけど!?」 男子トイレの個室に入り、電話に出た父に声を荒らげて問い詰めた。 『そんな大きな声を出さなくても聞こえている』 恐らく僕からの苦情は予想通りだったのだろう。 父の声は落ち着いたものだった。 「見合い相手が男だなんて、聞いてないよ!」 『男だとは言わなかったが、女だとも言ってないぞ』 屁理屈だ!! そう言われてみれば、確かに父は、普通「お嬢さん」とか「娘さん」と言ってもいいところを「お子さん」と言っていた気がする。 でもあの話の流れからして、僕が見合い相手の性別について確認するわけがない。 絶対に、計画的、意図的、作為的に話したとしか思えない。 「男と見合いなんて、どういうこと!?」 『どうも何も、説明した通りだ。先方がお前との見合いを望んだだけだ』 僕は頭を抱える。 日本って、同性婚は認められていたっけ!? 答えはノーだ。 何を考えているんだ、うちの親も、相手の親も、相楽さん本人も!! 『お前、まだ見合い中だろう? 失礼だから、早く席に戻りなさい。結婚はないにしても、久しぶりに会うんだから昔話に花を咲かせるくらいはいいんじゃないか?』 「え?」 それってどういうこと? そう聞こうとした時、トイレの出入り口のドアが開閉した音がした。 「天海さん、お腹の具合はどうですか? お辛いままなら、薬を買って来ようかと思うのですが」 ちょっとお腹の調子が、と言ってレストランの個室を抜けてきたのだが、心配した相楽さんが様子を見に来てしまったようだ。 僕は慌ててその場で通話を切ると、仕方なく……本当に仕方なく、腹を括る。 僕は何も知らなかったけど、父は納得してこの場を設けたのだ。 だったら彼の相手をしなければ、本当に失礼な話になってしまう。 「す、すみません。もう大丈夫そうなので、直ぐに戻ります」 「なら良かった。ゆっくりでいいので、無理はしないでください」 「はい、ありがとうございます」 相楽さんの気配が外に出たことを確認してから、僕は一応水を流して個室から出た。 両手を洗いながら、父の言葉を反芻する。 ……昔話に花を咲かせるって、どういうこと? 前に会ったことがあるってこと? 思い出そうとしても僕の記憶に彼が引っ掛かることはなく、首を捻りながら個室に戻った。 「すみません、抜けてしまって」 僕が挙動不審だったことに気づいていないはずはないのに、相楽さんはほっとしたような笑顔で迎え入れてくれた。 「お酒はやめておきましょうか。白湯を用意させましたので」 「ありがとうございます」 高級ワインをキャンセルさせたことと彼の優しさに申し訳なく思いながら、彼の向かいに着席した。 そして、ぺこりと頭を下げる。 「ええと、その……改めまして、相楽さん。僕は天海世那と申します」 「はい、存じております。全く変わらないので、直ぐにわかりました」 「その、僕をどこで知ったのでしょうか? 申し訳ないのですが、僕には相楽さんの記憶がなくて……」 肩身の狭い思いをしながら、それでも恐る恐る尋ねる。 「懐かしいですね」とか知ったかぶりをして話を合わせたほうがいいのかもしれないけど、本当に記憶に掠りもしないのだ。 だったら素直に尋ねようと、白旗を振った。 僕の覚えがありません発言に気分を害する様子もなく、相楽さんはにこやかに「天海さんとは、同級生でした」と答えてくれる。 同級生。 そこまでヒントを貰いながらも、小中高大、どの記憶を検索してもこんなイケメンは引っ掛かってこなかった。 相楽という名前の同級生ならいたけど、今目の前にいる相楽さんとは正反対の印象な人だ。 そこまで、考えて、ハタ、と気づく。 同級生だった相楽は、いわゆるヤンキーだ。 金髪でピアスを何個も開けてて、授業はさぼりまくっているのに頭だけはよくて、いつも喧嘩で出来た傷を作っていて何人もの女に囲まれていた、わかりやすく拗らせていた彼は、確かに高身長でイケメンだった。 ……あの相楽の下の名前って、なんだったっけ? 確か、本人が下の名前を毛嫌いしているから呼んだ奴は半殺しにされるとかで、彼の周りにいた女の子も含めて誰も呼ぼうとしなかった。 本人が嫌がるからという以前に、名前呼びする仲でもなかった僕は、当然上の名前しか記憶にないけれど。 「思い出しました?」 「……もしかして、高校の二年と三年の時に同じクラスだった、相楽ですか?」 「はい、その相楽です」 当時は笑った顔なんて見たこともないし、口調も今とは真逆だったから、全然気づけなかった。 思わずふは、と声を出して笑ってしまう。 「マジか。……相楽、お前、変わり過ぎ」 「よくそう言われます」 「ど、どこまでキャラ変したんだよ……! やばい、相楽がそんなふうに話すのレア過ぎて、脳内処理が追い付かない……!」 「はは、頑張りました」 「ちょっと、マジで敬語とかやめろって」 これ以上は失礼だと思い、肩を震わせながらもなんとか笑いを堪える。 でも、これはどう考えても相楽が笑いをとりにきたとしか思えない。 当時はいつもツンツンしていて、殺気を放つばかりだったのに。 話し掛けても二言三言で会話が終了したのに、人間、時間が経てば変わるものだ。 「ええと……八年ぶりくらいかな? 元気にしてた?」 針の抜けたハリネズミみたいに大人しくなった相楽に、僕は普通に話し掛けた。 針の抜けたハリネズミが本当に大人しいかどうかは、知らないけど。 「ああ、一応な。今はこんなところに勤めてる」 相楽が渡してきた名刺を受け取り、目を見張る。 そこには同業の超有名な大企業である建築会社の名前と、課長補佐という肩書の文字。 「すごいな、昔から頭良かったもんね」 僕がそういうと、相楽は一瞬目を開いて驚いたような表情をする。 「天海には、そう見えてたのか」 「うん。ただ、要領もいいのになんで人付き合いだけはあんなに下手なんだろうと思ってた」 授業態度が悪すぎて、成績も必要以上に下げられていただろう。 頭も要領もいいんだから、いくらでも波風立てずに生きていけたはず。 なのに全方向に攻撃的だったから、女の子に囲まれていても一匹狼みたいで、いつもつまらなそうにしていた。 死んだ魚のような目をして。

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