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第11話 初めての拒絶

清流のことだ。 必要な話なら、きっと僕には話してくれるはず。 そう思っているうち、パーティーから一週間が経過した。 清流の、僕への態度は変わることもなくいつも優しかったし、初めて身体を繋げてからは特に、堰が切れたように何度も何度も僕を求めるようになった。 だから、ずっとその話が気にはなっていたものの、少し安心していた。 でも行為を終えたある日、二人でゴロゴロとベッドに横になってじゃれついている時、深夜だというのに清流のスマホが光った。 清流は画面をさっと見ただけで、「ちょっと話してくる」と言って寝室から出て行った。 別に寝ていたわけではないのだから、その場で話してくれても、構わなかったのに。 いつもだったら多分、気にならなかった。 でも、スマホ画面を見た時の、高校時代のような鋭い表情を一瞬だけ見せた清流に気づいてしまった。 それで気になった僕は、暗いリビングで話している清流の会話を、廊下で盗み聞きしてしまったのだ。 「……だから、これが最後だ。うるせぇ、世話になった分はもう十分返しただろ」 「ああ、わかってる。しつけぇな、こっちは今、人生で一番大事な時なんだ。だからもう、おめぇの仕事は引き受けねぇ」 怒鳴るのではない、低くて、冷えるようなドスの効いた声。 まるでヤンキーだった頃の言葉が聞こえて、僕の心臓はバクバクと鳴った。 悪い人たちとはみんな縁を切ったと言っていたのに、そんな話し方をする相手がまだいたのだろうか? 通話を切った気配と清流のため息が聞こえて、僕は廊下からわざと清流に声を掛ける。 「清流、お話はもう終わったの?」 僕が部屋から出ているとは思っていなかったらしい清流は、わかりやすく驚いた顔をした。 「ああ、ちょうど今、終わった。悪い、うるさかったか?」 「ううん、喉が渇いただけ。電話、こんな時間に珍しいね。なんの話だったの?」 物凄く緊張したけど、極力さりげなく聞こえるよう、ついでのように尋ねた。 でも、やましくなければ教えてくれるはず。 危ないことなんてもうしてないよって、安心させてくれるはず。 けれどもそんな期待を裏切るかのように、僕の質問よりも清流の返事はもっと、そっけなかった。 「ああ、ちょっとな。それより待ってろ、今水を入れてやるから」 「それくらい、自分でできるよ」 「ちょっとな」って、何。 お水よりも、質問に答えて欲しかった。 でも、清流の態度は明らかに拒絶だった。 それは、初めて清流が見せた、僕への拒否だったかもしれない。 全てを受け入れてくれた清流が、僕がその話題に立ち入ることを、嫌がった瞬間だった。 *** 「世那、最近何か嫌なことでもあったか?」 「え? ううん、特にないけど」 カウチソファに座っていた僕の背中へ覆いかぶさるようにして抱き締めつつ、清流が尋ねてきた。 「ならいいけど。何かあったら、直ぐに言えよ」 「うん、ありがとう」 それから更に一週間、清流は普段と何も変わらなかった。 人と会う約束があるから、とか言われれば聞くタイミングも掴めるのに、そんな素振りも全くない。 噂で聞いたんだけど、とこちらから尋ねるのは躊躇(ためら)いがあった。 だってきっと清流は、自分の目じゃなくて人の話や噂を信じて決めつけてかかる人を、嫌うから。 三ヶ月前なら逆に、聞けたかもしれない。 けど今の僕は、清流に軽く聞けるほど、彼からどう思われてもいいわけじゃなかった。 嫌われたくないからこそ、聞けないのだ。 「……あのさ。もしかして世那、あの女から何か余計なこと、聞いた?」 「えっ」 清流から逆に問われ、僕の肩はビクッと跳ねる。 そんな僕の様子に、清流は「わかりやすいな」と言いながら苦笑した。 「心配しなくても大丈夫だ。高校時代に俺の素行が悪かった件で確かに色々言われたが、こっちも相手の弱味はいくつか握ってたからな。脅し返して、お互い不可侵という話で決着はついたから」 「えーっと……なんの話?」 僕は目を数回瞬くと、首を傾げて真横にある清流の顔を見る。 今度は清流がわかりやすく、硬直する。 「……俺が、会社の女性社員に告は……アプロ―……呼び出されて脅された件じゃないのか?」 「その話、もっと詳しく」 逃げようとする清流の腕をガシッと掴み、僕はにっこりと笑う。 清流はしまった、という顔をしながら、観念して僕に白状してくれた。 ようは、どれだけ熱心に口説いても全く靡かない清流に腹を立てたプライドの高い美人社員が、僕と仲の良い高校時代の同級生だという話を聞いて少し調べたらしい。 それで、清流が過去にヤンキーだったと知って、「社内外に知れたらまずいんじゃないですか」とか、「天海課長を脅して今のポジションを奪ったと思われても仕方がないですよね」などと言って、口外されたくなければ自分の言うことを聞け、と脅してきたという。 ……なんかごめん、社内にそんな女性社員がいて、としか言えない。 「その人、どうしたの? もう辞めさせた?」 もしかしたら、清流だけじゃなくて他の社員にも似たようなことをしているかもしれない。 そう思って聞いてみたけど、清流は「いや、まだ辞めさせてない」と言った。 「ああいうタイプは今辞めさせたら根に持ったり暴露したりするだろうからな。目の届くところにしばらく置いていたほうが安全だ。ほとぼりが冷めたら、自己都合で退社させるさ」 「そ、そう……」 自己都合で辞めさせる計画があるなら、僕が口を出せば逆に余計なお世話になってしまうかもしれない。 そこで、はっと気づいた。 もしかして、その脅してきた女性とやらが、例のベタベタしていた美人な女性だったのだろうか。 弱味を握られていたから、手を振りほどけなかったとか。 営業部の部下は、他の部署の人間だったから顔を知らなかっただけで。 社員全員、面識があるわけではないし。 ……でも、ホテルに入る必要ってある? 聞かれたくない話だから、ホテルを利用したってことなのかな。 あれ、でもつい最近というのはいいとして、転職前にも一緒にいたっていうのは時間的におかしくない? 「困っているなら、僕に相談してくれても、良かったのに」 「はは、悪かった。だが、過去の件は自業自得だからな。これくらい、世那を巻き込まずにひとりで対処できないと」 「でも、相手の弱みなんてよく知ってたね」 「流石に全社員は押さえてないけどな」 清流はそう言って、僕の頭にちゅ、とキスをする。 ちょっと待って。 全社員のってことは、キーマンとか役職付きとか、適当には押さえてるってこと? 僕の微妙な表情に気付いたのか、清流は笑って「知り合いに、情報収集に長けたヤツがいるんだ」と言った。 興信所とか、使ってそう。 もしかして、僕に彼女がいないの、そういうところを使って知ってたんじゃ……! ある意味僕がすっきりしている最中も、清流は僕にキスの雨を降らせ続けた。 頬に、瞼に、眦に、優しく唇で触れる。 「世那、したい」 「うん、いいよ」 清流は背もたれを跨いで、僕の上に圧し掛かる。 「こ、ここで!?」 「そう、ここで」 まだ昼間だから、寝室に行かないと明るくて諸々丸見えでなんですけど!? 「駄目か? 世那の感じてる顔、もっとしっかり見たい」 「うう……」 甘えたように尋ねる清流は、ずるい。 そんな仕草をされれば僕が結局頷くしかないってことを、この三カ月の間で学んでしまっている。 まあ逆に、僕も清流のことを、よくわかってきたけれども。 食、テレビ番組、趣味、考え方、高校時代は全部知らなかった。 八年経った今の清流のほうが、クラスメイトだった頃よりずっと近い。 僕たちはカウチソファの上で、まだ明るい中、身体を繋げた。 汗も、唾液も、精液も、みんな混ざり合って。 誰よりも近くで密に、蜜に接して、熱を分け合った。 「……それで結局、世那は何に悩んでいるんだ?」 その日の夜、清流から改めて聞かれ、僕はやっぱり首を横に振った。 「ううん、別に悩んでないよ」 清流は、浮気なんてしていない。 だから、悩んでいるわけじゃない。 ただ清流に立ち入るなと拒絶されたことが、悲しかっただけだ。 でもきっと、それにも理由があるはずだ。 「そうか。ならいいけど……何かあったら言えよ」 「うん、ありがとう」 そして抱き合って寝た、翌日。 『今日は遅くなるから、先に夕飯食ってて』 仕事中、清流からそう、連絡があった。

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