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第14話 お見合いからはじまる幸せな生活 【終】

僕たちは見合いから半年で同棲するようになった。 そしてそれをお互いの親に報告してからしばらくして、僕の営業用のスマホに知らない番号からの着信があった。 プライベート用なら出ないけど、会社から支給されたスマホだから出なくてはならない。 お客様からの問い合わせかもしれないから。 「はい、天海です」 営業用のトーンで対応する。 すると、年配の男性の声が返ってきた。 「いつも倅がお世話になっています。相楽です」 「相楽……清流、清流さんの、お父さん、でしょうか?」 「はい、そうです」 電話の向こう側で、苦笑された。 馬鹿にするような、雰囲気。 それはとても柔らかい口調だったけれども、あまりいい印象ではなかった。 「倅の件で、天海さんと二人でお話しできないでしょうか?」 「……はい、わかりました」 僕は後日、なぜか清流のお父さんと一緒にお茶することとなった。 「――この度は、倅が迷惑をおかけしてすみませんでしたね。倅の我儘に付き合って、今は同居なさっているとか。もう、付き合わないで大丈夫ですよ。私からきつく言っておきますんで」 「はぁ……ええと、それはつまり」 「私は今、とても大事な時期なんです。倅がホモだなんて噂がたてられては、恥ずかしくて仕方がありませんから」 なるほど。 つまり、清流との付き合いをやめろと。 「お父さんは清流の話に納得して、お見合いの話をすすめてくださったんですよね」 一応確認してみると、清流のお父さんはわかりやすく顔を顰めた。 「まさか、あんなお見合い、誰が成立すると思います?」 確かに、それには同意しかない。 僕自身、成立するなんてこれっぽっちも予想していなかった。 「天海さんが倅を振れば、話は終わったはずんです。それなのに、まさか……」 はぁ、と溜息をつきながら手を額に当てる。 えーと、なんだかすみません。 でも、ノンケの僕が惹かれるほど、あなたの倅さんに魅力があったんですよ。 と、言ったところで、恐らく目の前の人は納得できやしないだろう。 「倅と別れてくれれば、あなたの会社を色々な面で優遇するとお約束します。なんなら、本当に素敵なお嬢さんとの見合いをセッティングしてもいい」 「ええと、もしそのお話を断ったとしたら」 「物事はよく考えて発言なさるといいですよ。あなたの会社のメインバンクがどこだか、当然理解されているでしょう」 父の会社の融資を切る、と暗に言っているのだろう。 でも、経済的理由ならともかく、一個人の都合でそんなことを決めていいわけがない。 「あなたはまだ二十代ですし、かなり見目が整っている。いい出会いはまだまだたくさんあるでしょう。仮に男が恋愛対象だとしても、倅以外の男だっていくらでも釣れるでしょうし」 容姿を褒められて悪い気はしない僕でも、流石に悪意を感じた。 「つまり僕に、清流と別れろとおっしゃっているんですよね? そうしなければ、父の会社の融資はもうしないということで」 「はは、そこまでハッキリと申し上げたつもりはないのですが……まあ、話が早くて助かります」 「でもそれは、ご自分のためですよね?」 「そんなわけないじゃないですか。私のためにもなりますが、倅のためでもあります。ああ、倅に振り回されているあなたのためでもね」 僕はなんだか、悲しくなってしまった。 目の前の人は、清流の何を知っているんだろうか。 清流が何を好きで、何に笑って、どんなことを嫌うのか、きちんと見ているのだろうか。 見ていたらきっとこんな話、するわけがないのに。 「倅も昔は若くて私への反発心しかなかったと思いますが、それなりに成長した今なら、私の言っていることも理解できると思うんですよ」 日本では同性愛者なんて、爪弾きにされるだけですからね、と目の前の壮年男性は嗤いながら言う。 「お言葉ですが、お父さん。清流は多分、お父さんとは違う価値観を持っていると思うんです。お父さんは、地位も財産も手に入れたらそこにしがみつくのが当たり前だ、と考えておいでですけど。もし僕が今の会社を辞めてどこか小さな国に行ってボランティアでも始めたら、日本で築いてきた全てを捨てて、絶対僕に着いてくると思うんですよね」 清流がどういう性格かとか、本当にわからないのだろうか? 自分の息子なのだから、もっと興味を持って欲しいと思うのは、清流の立場に自分を重ねてしまっているのかもしれない。 親に見向きも期待もされなかった僕を清流だけは見ていてくれたみたいに、僕はこれから清流を見ていきたい。 「僕はそれくらい、清流に愛されているので」 「んな……っっ」 僕がにっこり笑って言うと、清流のお父さんは真っ赤な顔で口をパクパクとさせた。 「お父さんが僕を清流から引き剥がしたと本人が知ったら多分とんでもない目に遭わされると思うので、やめておいたほうがいいと思います」 「そんなの、お前が黙っていれば――」 どん、とテーブルを叩きつけて怒鳴りはじめた清流パパの肩に、大きな手がぽん、と乗る。 「その時は、自己破産にでも追い込んでやるよ」 「き、清流……なぜここに……」 「てめぇが裏で動いていたこと全部暴露したら、週刊誌が食いつきそうだよなぁ。そしたら頭取どころの話じゃなくなるだろ」 ギョッとした顔で後ろを振り向き、言葉を失くす清流パパ。 そして直ぐに、僕をギロッと睨みつけた。 「お前、二人で話をするって話だっただろう!」 「ええ、二人で話はしたじゃないですか。ただ、清流にも話を聞いて貰っただけで」 「そんな言い訳……っ!」 「やめろよ、親父。本当に、自分の物差しで俺の幸せを勝手に押し付けるところとか、昔から全く変わらないな」 清流は清流パパを宥めるようにバシバシその肩を叩くと、何事かとチラチラこちらを見る店員さんに軽く手を挙げ「申し訳ない、問題ないです」と声を掛けた。 そして、清流パパの耳元に小声で囁く。 「世那との会話も、全部録音させて貰ったから。もうすぐ頭取になれるかどうかってタイミングで、取引先を脅すのはいけないと思うな。ライバルが喜びそうなネタだろうし?」 「それは脅しか?」 「先に脅したのは、そっちだろ」 清流パパは、頭を抱えた。 どんよりとした表情で僕を見上げ、「これは君が計画したのか?」と尋ねる。 計画したのか、なんて人聞きが悪い。 「えーっと、僕、あまり頭が良くないんです。だから、僕の手に負えないかもなと思ったら、周りの人に頼ることにしていて」 「その筆頭は俺だけどな」 清流が誇らしげにニヤリと笑う。 うんうん、頼りにしてるよ清流くん。 仕事でも、清流を連れて行けばほぼ成功するしね。 今まで直接やり取りをしなかった清流パパから連絡があった。 その時点で、僕が清流に相談しないことなんて、あるわけがないのに。 目の前の人はきっと、今まで全部、自分の中で処理をしてきた人なのだろう。 どんなことがあっても、妻にも家族にも誰にも話さず、頼らず、自分だけで解決してきたのだろう。 それはそれで立派だとは思うけど、僕は違う。 自分に足りないことがわかっているから、周りを頼るんだ。 「お父さん、清流と別れることはできませんが、極力目立たず、大人しくすることはお約束します。そしてこれからも清流が道を外さないよう、僕がしっかり見守ってますので」 「はは、そういうことだ」 清流パパを置いて、僕と清流は店を出た。 店を出た清流はいつになく上機嫌で、鼻歌すら歌いそうな勢いだ。 お父さんに一泡吹かせられたからだろうか? 清流が嬉しいと、僕も嬉しくなる。 「清流、随分とご機嫌だね」 「世那。ああ、俺は今、凄く嬉しいんだ」 「うん」 「俺がどれだけ世那を好きか、きちんと世那に伝わってるんだなって感じて」 「あ、ああ……」 顔に熱が集まる。 『僕はそれくらい、清流に愛されているので』 つい咄嗟に言ってしまったけれども、傍から聞いたら自意識過剰すぎる発言だったかもしれない。 でも、本当にそう思ったんだ。 いつも、感じている。 「好きだよ、世那。愛してる」 「うん……」 タイミングよく、清流はこちらを真っ直ぐに見て微笑んだ。 僕らの再会は、お見合いだったけれども。 それは、清流が頑張って手繰り寄せてくれた、縁だ。 これからは二人で、この縁をずっと大事にしていきたいと思う。 「ねぇ、清流」 「ん?」 清流の袖をひっぱり、傾けてくれたその耳元に、僕は囁いた。 「僕も、愛してるよ」 これから、喧嘩もするだろうし、すれ違いも起きるだろうし、楽しいことばかりではないかもしれないけど。 それでも、信じてる。 お見合いからはじまった、この幸せな生活が続くことを。 〜完〜

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