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第一章:火花と氷2

 昼休みのチャイムが鳴ると同時に、「急げ!」と声を発した数人が購買部に向かうべく、急いで教室から駆け出していく。  俺は弁当を取り出し、机の上に整然と広げた。母親の代わりに家政婦が用意した、栄養と彩りを考え抜かれた弁当。これが毎日の習慣であり、俺の生活は一分の狂いもなく規律に支配されている。  そこへ――。 「よっ、委員長。パン買いに行こうぜ!」  不意に響いた明るい声とともに、榎本虎太郎が当然のように俺の机に腰を下ろした。彼の手にはまだ食事がない。購買に向かった連中に指を差して、にかっと笑う。 「購買?」  やけにフレンドリーに接する榎本のセリフに疑念を抱き、眉根を寄せて顔を曇らせた。 「今なら、メロンパンくらい残ってっかもな。急げば一緒に買えるぞ」 「悪いが俺は弁当だ」  俺の返答に、榎本はむっと唇を尖らせた。 「なんだよー、パンの方がうまいのに。つーか委員長、昼休みまでクラス全員の生活を見張ってんだろ? 購買がどんなもんかもチェックしとかないと、公平じゃねぇじゃん」 「購買の利用状況まで、俺が把握する必要は――」 「いいから来いって!」  言うが早いか、榎本は俺の腕を無理やり引っ張った。抵抗する間もなく体が引き上げられ、教室の空気がざわめく。思わず立ち上がった俺に、クラスメイトたちの視線が集まる。 「ちょっ……榎本!」 「ほらほら、弁当はあとでも食えるだろ? たまにはパンもアリだって!」  そのまま勢いに呑まれ、俺は榎本に腕を引かれて廊下へ出る。背後からは「委員長が購買!?」「マジかよ!」という囁きが聞こえてきた。 (マズい、榎本ごときにペースを乱されている……)  だが不思議とその引力から逃げられずに、榎本に引きずられる形で購買部に向かう。  購買前の廊下は、すでに人でごった返していた。廊下の両脇には列が折り返し、まるで学園祭の出店のような熱気が目の前に広がる。俺には縁遠い、騒がしく雑多な空間だった。 「委員長、すげぇ行列だな」  榎本が得意げに笑い、俺の背中を軽く押す。 「……これでは、貴重な休み時間が潰れる。非効率だ」 「いいから並べって。委員長が購買に並んでるなんて、クラスの連中もめっちゃ驚くだろうな」  榎本はおもしろがるようにニヤつき、俺の前に立って列に加わった。周囲の生徒が「え、佐伯委員長!?」「マジで並んでる!」とひそひそ騒ぎはじめる。 (これ……完全におもしろがられているじゃないか)  列が少しずつ進み、パンの棚が近づく。だが、前の方から「メロンパン売り切れ!」という声が響いた。 「うわ、マジかよ!? 俺のメロンパンが~!」  榎本があからさまに、がっくりと肩を落とした。 「人気商品は、早めに確保しなければならないのは当然のことだ」 「わかってるけどよー……。チッ、じゃあ……」  榎本が残り少ない大きなカレーパンを二つ掴み、そのまま俺にひとつ押し付けた。 「ほら。これ食え」 「俺は弁当が――」 「いいから! 俺ひとりで二個も食ったら太るだろ? ほかに残ってるパンはなんだろな」  むちゃくちゃな理屈に、思わず言葉を失う。だが周囲の視線の中で突き返すのもはばかられ、結局俺はカレーパンを受け取ってしまった。 (なぜ俺が、こんなことを……)  熱気と人混みに押されながら、俺は榎本の笑顔を横目に見た。強引で無遠慮で、規律を乱す存在。なのに、その笑みは不思議とまぶしくて、心の奥にかすかなざわめきを残していった。

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