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第一章:火花と氷
翌朝の教室。B組の委員長として朝一番に登校した俺は、前日に担任から頼まれていた連絡事項を黒板に淡々と書き写していた。まだ人影のまばらな空間に、チョークが黒板を走る音だけが響き渡る。
最後の一行を書き終える直前、背後でざわめきが広がる。それは、金髪のオメガが入ってきた瞬間だった。
「おーっす!」
まるで、グラウンドにでもいるかのような大声が響く。1年C組に在籍している榎本虎太郎の登場が、クラスの空気を一変させた。
肩にかけたスクールバッグは、ジッパーが開けっぱなし。緩く結んだネクタイ、出しっぱなしのシャツの裾――視線の先にいたのは、典型的な“問題児”の姿だった。
「……榎本、シャツをしまえ」
俺は眉根を寄せながら、冷ややかな声で注意した。
「うるせーな。別に減るもんじゃねーだろ」
「校則違反だ」
「出たよ、“委員長口調”。堅っ苦しいんだよな、お前」
榎本は気だるそうな表情のまま大きく伸びをしてから、友人の机に腰をかける。周りのクラスメイトがくすくす笑いだした。
「これって見るからに、堅物委員長 VS 不良じゃん」
「なあなあ、どっちが勝つと思う?」
ひそひそ声が耳に届く。俺は眉を動かさず、淡々と告げた。
「榎本、皆と一緒に笑ってる場合じゃない。規律を守ることが、集団を円滑にする第一歩だ」
「ハイハイ、説教ご苦労さん。そうやってずっと、ひとりで真面目にやってろよ」
榎本はあくびを噛み殺しながら、あからさまに視線を逸らす。だがその眼差しの端に、昨日の喧嘩の余韻がちらついているのを俺は見逃さなかった。
(……なるほど。助けたことを恩に着せる気はないらしい。けど、あのやり取りが気に食わなかった。その延長が、この態度ってわけか――)
俺もまた、胸の奥に引っかかりを覚えていた。あのときの拳の重み。乱暴だが確かに俺を救った行動力。冷たく突き放したはずなのに、なぜか榎本の存在が頭から離れない。
――最悪の出会いの余韻が、今朝の教室にまで続いていた。
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