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第一章:火花と氷6

 翌日の昼休み。トイレを済ませて教室に戻ると、いつもとは違うざわつきに気づいた。何かを隠しているような、落ち着かない視線が一斉に俺へと集まる。その空気の重なりが、妙に不気味だった。 「おい、来たぞ!」 「作戦開始だ!」  誰かの声が合図になった瞬間、クラスメイトたちが一斉に動き出した。 「……なんだ、これは」  呆然とする俺の目の前で榎本が椅子の上に立ち、胸を張って叫んだ。 「委員長を笑わせ隊、結成~っ!」  教室にどよめきが走り、数人が「おおーっ!」と拳を突き上げる。嫌な予感しかしない。 「まずは俺のネタからだ! 見ろ、俺の“人間黒板消し”!」  そう叫ぶと榎本は黒板消しを両手に持ち、まるでロックギタリストのようなノリで黒板の前に立った。頭を激しく左右に振りながら、黒板をゴシゴシと拭きまくる。白い粉が宙を舞い、光を受けてキラキラと輝きながら、教室を幻想的(というよりカオス)な空間に変えていった。くしゃみをするヤツが続出し、教室中が騒然とする。 「ちょっ……! お前、何やってんだ!」 「ははっ、笑えよ委員長!」  笑えるわけがない。むしろ迷惑極まりない。 だが榎本の勢いは止まらなかった。 「次はモップバトルだ! 俺と千葉がチャンバラするからな!」 「おりゃーっ!」 「わーっ、痛っ!」  モップを刀代わりに、榎本と数人が教室の真ん中で大立ち回りを始める。机がズレたことでプリントが床に落ちてぐちゃぐちゃになり、教室は一気に戦場と化した。 「いいぞ、もっとやれー!」 「委員長、笑ってるか!?」  気づけば、クラス全員が榎本に引っ張られるように動き始めていた。誰かが即席のコントをやり、別のヤツが教科書を抱えて変顔をする。榎本が笑えば、周囲も笑う。彼を中心に、教室がひとつの舞台に変わっていった。  ただひとり――俺を除いて。 「……くだらない」  そう呟いて弁当を開けるが、榎本は満足げに笑っていた。 「な、楽しいだろ? 絶対笑わせてやっから、覚悟しとけよ委員長!」  豪快に笑う榎本の姿に、周囲もさらに盛り上がる。俺は額を押さえながらも、胸の奥に微妙なざわめきを覚えた。 (……なぜだ。確かにくだらない。鬱陶しいはずなのに――)  気づけば、視線が自然と榎本を追っていた。黒板消しの粉まみれで笑っている榎本が、夕陽でもないのに眩しく見える。胸の奥で、何かが小さく鳴った気がした。

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