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第5話

———————宮本視点——————— 「ふぁ…」 「眠い?」 「眠いよ。誰かさんのせいでね」 美風は大きな伸びとあくびを済ますと、洗面所に向かう 眠いなら、まだ寝ておけばいいのに、と思うのだが、本人曰く早起きが癖なのだとか そんな美風の後を、宮本もノロノロとついていき、歯ブラシで歯を磨き始めた彼を後ろから抱きしめた 「はあ…本当に今日帰っちゃうの?」 「ひかたないでひょ、いそがひいんだから」 「忙しい…ねぇ…」 美風は鬱陶しそうに答えるが、宮本はその回答に納得いかないようだ 長い間離れ離れで、久しぶりの再会だというのに、美風の態度はあまりにそっけない たとえ手紙だけとはいえ、それでもやり取りを続けていたのだ それなのに、自分よりも優先する予定があると言う事実に、宮本は胸をモヤつかせた 「俺はこんなにも美風を思ってるのに…酷い仕打ちだと思わない?」 「だから昨日、存分にシてあげたでしょ?…どうすんのさこれ…しばらく長袖しか着れないよ」 歯磨きを終えた美風の言葉とともに、目の前の鏡に目を移す そこに映る、上裸姿の美風の白い肌には、無数に散らばる、真っ赤な噛み跡が広がっていた それは血が滲むほど深く歯が立てられており、首や肩、さらには足腰にまであるはずだ そしてそれを付けた張本人は、全く悪びれもせず、むしろ美風を責めるように言うのだ 「ふん、俺をほったらかすからそうなるんだ。せいぜいその傷が治るまで、毎日俺を思い出せばいいよ」 「またそんな子供みたいなこと言って」 半ば呆れながらも、美風はそれ以上突っかかることはせず、無視して顔を洗い始める 美風のそんな対応にムッとしながらも、宮本はそばを離れリビングに戻ると、食卓に朝食を並べた 顔を洗い終わった美風がリビングに戻ると、並べられた朝食を見て、跳ねるように喜んでいた 結局、こういう反応をされてしまうと、宮本の怒る気も失せてしまうのだ 「やった!魚だ!」 「ゆっくり食べなよ」 「あ、ダメだよみみちゃん。君の分はないよ」 「みみ、ほら、どきなさい」 そう言って美風は、食卓に乗り上げた猫を、そっと押し退ける 晶が保護した子猫だった 今では大きく育ち、人慣れもして、このようにご飯をねだってくることも多くなった もちろん人間の食べ物は猫に与えてはいけないため、宮本が猫に降りるよう言うと、フンッと鼻を鳴らして無愛想に去っていた そんな様子を見て笑っていた美風だったが、さっそく並んだ朝食を食べ始める 向こうではあまり日本食に触れてこなかったせいか、味噌汁にこれでもかと感動する美風を見て、宮本は笑みをこぼす こんな光景も、前までは当たり前のようにあったと思うと感慨深い とはいえ美風は今日、ここから発ってしまうので、この姿を見るのもこれで最後だ 「…亮介くんは、何時に迎えに来るの?」 「夕方くらい?それまではゆっくりするよ」 美風は小首を傾げながらそう答えると、また美味しそうにご飯を口に入れた 「寂しいな…」 「そんなに言うなら響さんも来れば?みみちゃんも一緒に来るよね?」 ぼそりと呟いた宮本の言葉に、美風はさも簡単そうに言って、遠くにいる猫にも聞くと、にゃーん、なんて返事が返ってくる あまりにあっさり言うものだから、宮本はあっけに取られて固まるが、しばらく考えた後に、やはり顔を顰めてしまった ずっと一緒にいて欲しい、傍にいたい 正直そう思うし、前の宮本なら、即答で返事をしていただろう だが今の宮本は、ただ俯き美風の言葉に、ひどく迷うような素振りを見せた 「あの子たちが心配?」 「…そうだね…」 「もう2人も大人だ。響さんがいなくたって、なんとかできるでしょ?」 「俺は、あの子たちの面倒を見るって決めたんだ…そんな無責任なことはできないな…」 美風の投げやりな言い方に、宮本はゆるゆると首を振った 美風は昨日初めて2人に会ったから知らないのだ あの2人の危うさは、他人にはわからない 彼らには味方が必要だ 頼れるような存在があることに、意味があるのだと かつては美風が教えてくれたことだというのに、なぜ今になってそんな言い方をするのか、宮本は理解ができなかった 宮本には責任がある 美風もそれを理解しているはずなのに、そんな呑気なことを言われて、正直宮本は、腹が立った 「ふーん、そ?ならよかったよ」 「え?」 「だって僕がいなくなった時、挨拶もまともにできなかったでしょ?まあだから、罪悪感はそれなりにあったよ」 「そうなの…?」 苦しげに箸を止めた宮本を見て、美風は相変わらず味噌汁を啜りながら話した そんな話を聞いて、宮本は少し不思議な気持ちになる 美風のことだから、宮本の事などさほど気にしていないと思っていた矢先の事だったので、ある意味拍子抜けたのだ そんな宮本を他所に、美風は最後の米粒を口に運びながら言った 「だから僕以外に、大切にできる人見つかって、よかったねって」 美風はそう言うとご馳走様、と行儀良く手を合わせてから、宮本の皿も合わせてキッチンに片付ける その様子を、宮本は唖然として見ていた 「美風ちょっと…大人っぽくなったよね」 「何言ってんの。当たり前でしょ」 宮本の言葉にムッとしながらも、皿を片付けた後に、美風はまた宮本のところへ戻ってくると、宮本の前にドカリと座った その手には、どこから持ってきたのか、缶酒を二缶握っており、一つを宮本の前に差し出す こんな朝っぱらから、なんて思ったが、ぷはっと音を出して豪快に飲む美風の様子を見ては、宮本もつられてカシュッと缶酒を開けてしまった 「それにしても晶くん!あの子、響さんにそっくりだね」 「…あー」 「奏斗くんに対してのあの過保護っぷり。昔の響さんみたい」 「まあ、すごいよね。愛が」 「昨日すんごい睨まれた。刺されるかと思ったよ、マジで」 「たまに俺にもやるから…まだ信用されてないのかなぁ」 美風につられて宮本もグイッと缶を煽ると、日々の苦言が勝手に漏れ出てくる 晶のことを考えて、ガクリと肩を落とすが、美風はそれをニヤニヤと面白そうに眺めていた 「父親って感じ?」 「まあ、もう、我が子だよね。ここまで来たら」 「ははーん。いいな、家族。羨ましいね」 美風の反応に気分を良くした宮本は、そのうちあれやこれやと奏斗と晶の自慢話が始まった 奏斗は素っ気ないが観察力があるだとか、晶はスラっと見えて実は筋肉質だとか。 アルコールが程よく回って饒舌になる宮本を笑いながらも、美風はうんうんと頷いてくれた そんな時間を過ごしてふと、宮本は昨日の話を思い出す 「美風にもいるでしょ?家族」 「家族、ねぇ」 それは昨晩、美風が晶にした話の内容だった 美風の言う"あの人" それは美風にとってとても身近な人で、そして最も遠くなってしまった人だった 「…お兄さんとは、もう会わないの?」 「会わないよ」 宮本の問いかけに、美風はそうあっさりと答えるが、すぐに酒を煽って喉を鳴らす 宮本には、何か言いかけた言葉を、無理矢理呑み込んだように見えてしまった 「会いたいと、思わない?」 「…会いたいよ。すごく。だって家族だもん」 美風は遠い目で、なんとも言えない表情でそう言った 美風が日本から去った理由。 それは、たった1人の家族の間にできてしまった、大きな亀裂のせいだった 美風にとってこの話はとても繊細な内容だ それでも宮本に踏み込まれて怒りもしないのは、彼がその事実に、しっかりと向き合っているからこそなのだろう 「すごい親近感が沸くんだよ。晶と奏斗くんの関係性が、あの人と僕にそっくりで」 「…そっか」 「だから!僕たちみたいにならないように、ちゃんと見といてね」 「わかってるよ」 宮本の返しに満足したのか、美風はニッと笑ってみせると、乾杯、と言って2本目の缶酒を開けていた これ以上は、なんて普段なら言うだろうが、今日くらいはと、宮本はその豪快な飲みっぷりをただ見つめていた —————————————————— 「かえんの」 午後、今度は晶たちが宮本の家にやってきて、おもむろに奏斗が美風に聞いてきた 美風はまだ2人に帰ることを言った覚えはないので、驚いて首を傾げた 「あれ、僕言ったっけ?」 「…みみが、そわそわしてる」 「へー?そんなことわかるんだ」 そう言って美風は抱っこしていた猫に目を向ける 動物は何かを感じ取ることが得意なのだとか。 美風から見たら昨日とそう変わらないように見えるが、奏斗にはそんなことがわかるのか 今朝、奏斗は観察力がすごい、なんて宮本が自慢していたが、その話は親バカではなかったようだ 「え、ミカさん今日帰るんですか?」 「そう、夕方に迎えが来るんだ」 「そうですか、もう少しゆっくりしていけばいいのに」 そう言って残念そうに言われた晶の言葉に、美風は苦笑いをして立ち上がる 美風が抱っこしていた猫は、その際に美風の膝の上から晶の膝に移った 「夕方まで暇なんだけど、予定ある? 「とくに」 「僕、お買い物行きたいなーって。一緒に行く?」 「…」 美風は何気なく言ってみるが、奏斗はその言葉に顔を顰めた どうやら外に出るのが相当嫌らしい 「だよね、無理しないで。響さんと行くから」 と、美風は気を使ってそんなことを言ってくれるが、昨日の懐き方を見るに、奏斗は無理をしてでも美風といたいはずだ さらに今日帰ってしまうのならば、なおさら一緒にいたいだろう 美風は知ってか知らずか、気にしなくていい、なんて言うが響と晶はそういうことではないと知っていた だが、2人はあえて口に出さなかった これは、奏斗にとって数少ない外出のチャンスなのだ なかなか外に出る機会の少ない奏斗だが、美風と一緒ならと、本人も迷っているようだった 「…おれも、行く」 ずいぶんと長い時間迷っていたようだったが、決意を固めたのか、苦々しい表情で奏斗は言った それを聞いた宮本と晶は嬉しさに互いに目配せし、美風は奏斗と行けることが楽しみなようだった 「お、やったー。じゃ晶くんも?」 「はい、一緒に」 奏斗が来るなら、もちろん晶も、と言うことで、結局4人で外出が決まった 美風が何を求めて買い物に行くのかわからないが、とりあえず気の向くままに美風に付き合うことにした 最終的にたどり着いたのは、近場の大型のショッピングモールだった 奏斗が車が苦手なので、それを考慮し電車のみで行ける場所にしてくれたのだろう モールに入って真っ先に向かったのは食品コーナーの、お菓子売り場 「これだよこれ。どうしても食べたかったんだよね」 「相変わらずじじ臭いものばっかり」 「うるさいな」 美風は興奮気味に目当ての菓子を手当たり次第カゴに放り込む 昨日、日本のお菓子は久しぶりと言っていたので、向こうではあまり触れる機会がないのだろう 存分に菓子を買い込んで、次に向かうはアパレルショップ 服や鞄、アクセサリーを何着か買う その際美風は一度も財布を出していない 会計は全て宮本が支払った 「ありがと〜響さん」 「全く、しょうがないな」 宮本はそう言うが、頼られてなんだかんだ嬉しそうに財布を握る姿を見ている晶と奏斗 昨日聞いた話を含め、その光景を見てどこか居たたまれなさを感じる そんな2人の視線に気づいたのか、宮本は焦ったように晶たちに目を向けた 「き、君たちも欲しいものがあったら言ってね」 「あ、いえ、俺たちは自分で買いますので…」 「あ、そ、そう?でも遠慮なく言ってね」 あからさまに慌てた様子の宮本は、晶の言葉に気まずそうに笑う いつも無関心そうな奏斗でさえ、気まずそうに目を逸らしているというのに、一方美風はやはり気にもせずに言う 「そうだよ!僕ばっかでつまんないでしょ?何か買いたいものとかないの?付き合うよ」 「…そうですね…うーん」 「奏斗は?」 「………」 美風にそう言われて晶は頭を捻るが、欲しいものはなかなか思い浮かばない それは奏斗も同様で、美風の問いに視線を泳がせた 元々、美風の買い物に付き合うテイで着いてきたので、当然と言えば当然だ 悩む2人を見て美風も考えるように首を捻ると、突然思い出したかのように声をあげた 「あっ、じゃあさ、ゲーセン行こーよ!」 複合型モールだと、中にある店も様々で、内容はファッションや日用品などの他、娯楽施設も多いに存在する その後4人は美風に連れられ、広めのゲームセンターに足を運んだ 「うわあ、懐かしい」 「初めて来ました、こういうの」 はしゃいだ美風の後ろで、宮本と晶は感懐の言葉を漏らす 休日となるとやはり人は多くて、休みの学生や、子連れが大半だった 背の低い美風はすぐに埋もれて見えなくなってしまうだろうと、走り出した彼の後を、宮本は慌てて追う だが、晶はその後を着いて行くことはできなかった 「兄さん、大丈夫?」 「………」 晶は自分の一歩後ろで固まる兄に目を向ける 兄の表情は一際曇っていて、俯きがちな目からは苦悩の色が見て取れる ガチャガチャと絶え間ない騒音と、それなりに人がいる空間は、久しぶりの屋外にしてはハードルが高い やはり奏斗には難しいだろうか そう思い晶は奏斗に声をかけるが、奏斗は不安気ながらも小さく頷いた 「手…握る…?」 「…」 少しでも不安を減らそうと、晶はダメ元で奏斗に手を伸ばす 普段なら突き返される手のひらを、奏斗は凝視した後、最後の手段に縋るように、控えめに握り返した まさか本当に自分から手を繋いでくれるとは思わず、晶は静かに驚く 奏斗のもう片方の手には家から持ってきたクマのぬいぐるみが握られており、それさえも力強く握りしめる その様子を見て、やはり無理をさせるわけには、と晶は心配になるが、奏斗はそれでも諦めるつもりはないようだった 「気分が悪くなったら、言ってね」 「………」 奏斗は返事をする代わりにきゅっと握る手に力を入れる 晶は心配半分、やはり頼られるのは嬉しくて、自然と口元が綻んだ そんな晶を、奏斗は睨みつける 早く行け、と言っているようで、晶は奏斗の手をゆっくり引いた とりあえず2人と合流したいが、すでにその姿は見えない 人も多く、背の高いクレーンゲームの隙間を縫ってしまえば見失うのは容易だ 晶は悩む 奏斗を連れてこの中を歩き回るのはあまり好ましくない 奏斗も少し緊張しているのか、被った帽子の下で目を揺らしていた 呼び出した方が良いだろうか そう思いスマホを取り出そうとした時、かなりの騒音の向こう側で、一際大きな声が聞こえてきたのだ 「あーーー!」 美風の声だった かなり大きな声だったので間違い無いだろう ちょうどよい 声を頼りに彼らを探そうと、晶と奏斗は騒音の中に足を踏み入れた 晶は奏斗の手を引き歩く 感覚頼りに探した割には、すぐに2人を見つけることができた ただし、その時には奏斗は緊張のあまり、ほとんど晶に密着して歩いていたわけだが 「あ、2人ともやっと来た」 「奏斗くん、大丈夫?」 2人を見つけ近づくと、事情を知らない美風は呑気に言うが、対する宮本は奏斗を心配するそぶりを見せた なかなか気難しい性格の奏斗が、晶の背中にピッタリ隠れる姿を見てさぞ驚いただろう 奏斗は2人の姿が見えると途端に安心した表情になる 強張った体もいくぶんか解れ、そっと晶の手を離すと、足早に美風の隣に移動した 「…なにしてんの」 「これ!これ欲しいけど全然取れない」 空気感をまったく気にすることのない美風は、奏斗に聞かれると元気よくクレーンゲームの商品を指差した 何度かプレイした痕跡が見られるため、先ほど聞いた声の理由を奏斗は察した 「ひびきさーんお金なくなった」 「また?これが最後だから、失敗したら下ろしてこないと」 美風は手持ちの金がなくなると宮本に強請るが、宮本はキャッシュレス派なので、この時ばかりは気が進まない様子で財布を覗き込んだ 最後と言われた硬貨を美風は受け取ると、投入口に躊躇なく放り込んだ すぐにゲーム機は軽快な音を奏でて、アームを動かせるようになる 美風は真剣な面持ちで右へ左へアームを揺らすと、ここだ、と言うところでボタンを押した ピロンピロンと大きな音と共にアームが降りて、目当てのぬいぐるみへと近付いていく アームが開いて、ぬいぐるみをうまく挟むことができた 「いけそう!」 ピンポイントでぬいぐるみを掴むことができた美風は歓喜するが、そんなことも束の間、アームが持ち上げた途端、ぬいぐるみは雪崩のようにほろりと落ちてしまった 「あー…」 「うん、だよね。待ってて、すぐ両替してくるから」 いい線を行っていたことも相まって、美風は落胆の声を漏らす そんな美風の頭を宮本は苦笑いで撫でると、硬貨を用意するべくその場を離れようとした時、奏斗が晶に手のひらを差し出した 「俺も、やる」 「あ、わかった、えっと」 奏斗に言われ、晶は慌てて己の財布を覗き込む ちょうど1ゲーム分の硬貨を見つけると、奏斗に手渡した 「奏斗くんこういうの好きなの?」 「…まあ」 「かなと〜これ取って〜」 その様子を見ていた宮本は、珍しい光景に足を止める 美風は奏斗がやる気だとわかると、助けを乞うように撫で声を出す 早く早くと美風に急かされながらも、奏斗は硬貨を投入口へと入れた 先ほどのようにゲーム機は軽快な音を出し、アームを動かすことができるようになる 奏斗は大まかに狙いを定めた後、細かな微調整を数度繰り返した 金を用意するためにその場を離れようとしていた宮本も、足を止めて見入っている 同様に、晶と美風は奏斗の手捌きを真剣に見つめていた 数秒いじった後、満足いく形になったのか、奏斗がボタンを押すと、アームは開きながら下へ降りる アームはピンポイントにぬいぐるみを掴むとそのまま持ち上げた 先ほどの美風の時とは違い、安定したぬいぐるみは落ちることなく、吸い込まれるように獲得口に入っていった 「え、取れた!やったー」 「すごい、美風はあんなに苦戦してたのに」 あまりの手際の良さに、美風は大喜びし、宮本は呆気に取られていた もちろん晶も、奏斗がこの類を得意ということは知らなかったので、内心はものすごく驚いていた 「…あげる」 「いいの?ありがとう奏斗」 獲得口からぬいぐるみを取り出すと、奏斗はそれを迷いなく美風に手渡した 美風は無遠慮ながらも、嬉しそうに受け取った そんな微笑ましい光景に、晶と宮本も和やかな気持ちになったのだった 「買い残したものはない?」 「大丈夫、もうバッチリ」 ひとしきり楽しんだ後、満足した4人は帰宅することとなった ゲームセンターを満喫したおかげか、大量のぬいぐるみが晶と宮本の傍に抱えられていた 宮本に関しては美風の荷物を全て抱えており、完全に荷物持ちと化していた 「思ったより大荷物になったな…」 独り言で宮本が呟くが、あれほど物を買えば当たり前だろう 美風が欲しがるもの全て買い与え、おまけに本人は手ぶらで移動するため図々しいにもほどがある かくいう晶も、奏斗がクレーンゲームで取ったぬいぐるみを彼の代わりに運んでいるため宮本と似たようなものだが だか美風も奏斗も満足そうなので結果オーライだろう 奏斗に至っては、最初こそ外に出ることを嫌がっていたが、案外楽しめたようで何よりだ 「あ!リョースケいた」 「え、もう?…帰したくないなぁ」 車で自宅に戻ると、前の席で誰かを見つけた美風が手を振る 対して宮本は少し不服そうだ 美風と離れるのが惜しいのだろうが、それは奏斗も同じだったようで、座席から身を乗り出しリョースケという人物を探していた 晶も何気なしに美風が手を振る方を見ると、エントランス前に外車を止めて、手を振る人物がうっすら見えた 車を止めると、美風はその人物の元へと歩いた その際、もちろん荷物は持たないので全て宮本が手に抱えて持って行った 「今着いた?」 「んそ。あ、久しぶりっすね響さん」 「何が久しぶりだ!いきなりいなくなったと思えばこんな形で現れやがって!!あの時のこと謝れ!!」 「めっちゃ怒ってる!すんません、ほんと、反省してまーす」 金髪にサングラス、ラフな姿の男性の第一印象はとにかく怪しいだった だが美風と宮本と何気なく会話しているところを見ると、悪い人ではないのだろうが、どこか不信感が拭いきれない雰囲気だった 奏斗もかなり、警戒していたと思う 「まったく…ごめんね2人とも。この人は美風の…世話役だよ」 「どうも、世話役の亮介ですー」 顔見知りとの挨拶もほどほどに、次に晶と奏斗に向き直った 亮介と名乗る彼は、人当たりの良い笑顔でサッと手を差し伸ばして握手を求める 美風もやっていたので海外特有の挨拶なのだろう 晶は戸惑いつつもその手を握った 「晶です。こっちは兄の奏斗です」 「君たちが晶くんと奏斗くんね。話は聞いてるよ」 亮介は晶の手を軽く上下に振ると、今度は奏斗に手を伸ばす だが奏斗はその手を握ることはなかった 美風の時はあっさり握手していたというのに、今は晶の後ろに隠れるように身を縮めていた 奏斗の様子を一目見た亮介は、すぐに手を引っ込め、柔軟な対応をしてみせた 見た目の胡散臭さはあるものの、態度や口調はなんら問題はない 気にしすぎだったようだ 「荷物取り行くから手伝ってよ」 「もちろん。俺は美風のお世話役だからな」 「んじゃ、帰ろっか?」 「んー、寂しいなぁ」 荷物を全て車に乗せ終えると、亮介が美風に車に乗るよう促す 美風は寂しいと言いながらも、表情はいつも通りで本当に思っているのかは謎だ それよりも宮本がかなり帰すのを渋っていたので、この中で1番寂しいと思っているのは宮本で間違いないだろう 「次日本に来る時はちゃんと言ってね」 「んはーい」 「亮介くんも!」 「うぃーす」 最後はまるで母親のように注意する宮本の姿を見て少し笑ってしまう やはり誰に対してもオカン体質なのは変わらないのだろうと、改めて思い知った そして宮本以外にも感傷的になっている人物がもう1人。 奏斗だった たった1日でここまで懐くとは思っていなかったが、奏斗にとって美風は思い入れの深い人物なのだろう 宮本宛に手紙が来ると、奏斗は毎回食い入るようにそれを見る 以前覗き見た時も、美風の楽しげな文面は晶の心も躍らせるほどだった 普段部屋から出ない奏斗も、美風の行ったところには興味を持つようになった 自分が外に行けない分、手紙を読んで自分も旅をしている気分になる事が、唯一の楽しみだと本人は語っていた 不甲斐ないことに、傍で見守ってきた晶と宮本を差し置き、奏斗の多いを励ましたのは、文字上の美風の存在だったのだ 奏斗は美風に対して強い信頼を置いていた そして美風も、そんな奏斗をすんなりと受け入れている お互い何か通ずるものでもあるのだろう そんな美風がたった1日という短い期間で去ってしまうことに、奏斗は不満気ながらも、引き止めることはしなかった 「じゃあ帰るね。晶くん、響さん…またね、奏斗」 「気をつけて帰るんだよ」 「ありがとうございました。またいつでも来てください」 美風が言うと、宮本と晶は惜しげながらも挨拶を済ます 奏斗は俯いた状態で、いじらしげに美風の手をつついた 「次…いつくんの」 「もうしばらく日本には来ないかな」 「…」 「だから、奏斗が僕のところに来てよ。いつでも待ってるからさ」 美風の言葉に、奏斗は一度はショックを受けた表情を見せたが、次に出てきた言葉でパッと顔を上げた 「…いつか、ね」 「うん、いつか」 そう言って2人はくすくすと笑い合った後、ついに美風は亮介の運転する車に乗り込んだ 「ばいばーい」 軽い調子で振られた手に、3人で応えるように振り返す すると美風も負けじと大きく手を振り、窓から身を乗り出すものだから、少しハラハラした それでも車が見えなくなるまで3人は見守り続けた 奏斗と宮本の切ない表情が、なんとも新鮮だった 当分は美風に会えないだろうが、今度は奏斗と共に、彼の元を訪ねることにしよう 「お腹すいたね」 「夕飯食べて行きますか?」 「いいの?じゃあ、お邪魔しようかな」 ついに車が見えなくなったところで、宮本が呟くと、晶が食事に誘う 奏斗はと言うとすっかり元の調子に戻っていて、いつものように気だるげな目を擦っていた 「帰ろうか、兄さん」 「…ん」 そう言って晶から差し出された手を、奏斗は握る 少し名残惜しそうに美風たちが去って行った方向を見て目を瞬かさせると、逸らすように顔を伏せ、晶の後に続いた この二日間の間に、今まで見たことないような奏斗の表情を知ることができた 今の表情だって、誰かに興味があるからこそで、まるで正気のない生活を過ごしていた奏斗しか知らない晶からすれば、そんな表情を見れたこと自体驚きなのだ 先ほど美風が、会いに来て。と言ってくれたが一昨日まではそんな事、夢のまた夢だった だが、美風との時間を得て、奏斗の成長は見るに明らかだった いつか自分から美風の元に行きたいと言う時が、本当に来るかもしれない その時は、きっと国内旅行なんかよりも苦労はあるだろうが、晶の出来ることを尽くしたいと、つくづく考えるのだ 「会いに行こう。いつかね」 「…うん…」 「その時は宮本さんも一緒ですね」 「もちろん。奏斗くん、頑張ろうね」 いつもなら一歩後ろに行きがちな宮本は、こればかりは譲れないと言わんばかりに食い気味だった さらには奏斗にそんな言葉をかけて、当の本人は面倒そうに顔を歪めていた いつも通りの日常に戻った風景に、晶は思わず頬を緩める こんな風景が晶は何よりも好きだった どうかこの幸福がずっと続くようにと、願わずにはいられないのだ —————————————————— 「で?どうだった?」 「うん、楽しかったよ」 軽やかな楽曲が流れる車内で、美風に亮介が問うが、帰ってきたのは疎外なものだ おそらくそう言うことを聞きたいわけではないのだろうが、美風との付き合いに慣れている亮介は難なくスルーした 「響さんとは?ヤったの?」 「ヤったねー。めちゃくちゃ文句言いながらしてきたよ」 「何それ、めっちゃウケる」 亮介は笑っているものの、鋭い目つきは美風の服から覗く、噛み跡を注視していた そんなことも梅雨知らず、美風は気にせず話を続ける 「響さんも変わったよ。あんなに僕にべったりだったのにさ」 「そー?俺はそうは思わないけど」 亮介は不思議そうに首を傾げたが、美風から見た宮本の変化は一目瞭然だった 今もさほど変わらないが、美風への執着がだいぶ薄れたように思える それもこれも全て、あの2人のおかげだろう 「ね!猫飼いたい!」 「うわでた。俺動物苦手って言ったじゃん」 「じゃ別居しよ」 「うそうそ冗談!猫でも犬でも何でも飼いな」 そんな他愛無い話が捗る車内で、美風は窓の外を見て、不意に昔を思い出す 7年も離れていた故郷の姿を見るのも、残りわずかとなると少し名残惜しい これからまた旅をするため、世界のあちこちを飛び回ることになるだろうが、その中でもやはり故郷の日本は、美風の気持ちを揺蕩わせる 退屈するような、寂しいような、よく分からぬ感情の中、美風の中で1人の人物が頭に浮かんだのだ 「あの子は…元気かな…」 それまで美風の言葉に楽し気に返していた亮介も、その呟きには何も反応はしなかった 代わりに、サングラスの下の目を細め、美風を横目見る 窓の外を見て思いに耽る美風の目が、己に向くことはない ならば自分以外に向ける相手がいなくなればいい 彼の瞳に映るのは、自分のみで良いのだ 「腹減ったじゃん?何食いたい?」 「寿司!高いやつじゃなくて、回る寿司がいい!」 「お子ちゃまだなぁミカは」 ケラケラと笑う割に、亮介は迷いなく車を走らせる 美風は先ほどの思いなど忘れ、今度は久しぶりの日本食に思い耽るのだった

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