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第4話 賑やかな部屋

「鍛えていて偉いな」 「うん! サクねーちゃんがね、狩に一緒に連れて行ってくれるんだ」 「狩? もう狩に行っているのか」 私はまた面食らってしまった。この子が来てから、私は驚くことばかりだ。 確かにこの塔に来た時に、フィートラビットはなんとか仕留めていたが、サクの狩といったらちょっと……まぁまぁ野生的というか、豪快で血生臭い。しかし狩の腕がすこぶるいいのは私も認めるところだ。 サクから狩を教わるならば、この子も野生的な狩を身につけることになるんだろう。 「このヤク鹿はねぇ、サクねーちゃんが一瞬で仕留めた。おれ、見るので精一杯だった」 「そうか」 「まだウサギしか狩れないけど、おれ、すぐにいっぱい、いろーんなお肉、狩れるようになるから!」 「ああ、楽しみにしている」 悔しそうにしているヨギをそう鼓舞したら、ヨギは耳をピーン! と立てて嬉しそうに破顔した。キラキラ光る瞳と真っ白な歯が眩しい。 まだ小さいのに私よりも多いような量をガツガツと食べて、よく喋りよく笑う。 ヨギが食事を届けてくれるようになってから、静寂が多かった私の部屋は明るい笑い声が満ちる場所になったようだ。以前は静寂やゆっくりと思考する時間を愛し、楽しんでいたというのに、ヨギが入り浸るようになっても不快さは微塵も感じなかった。 私は龍種にしては珍しく、他者との接触を厭う性質ではなかったらしい。 そう考えて、私の口からはフ、と笑みが漏れた。こんな街中にわざわざ塔を作って人と共存し、死なせるにはまだ若すぎる個体をこうして手の内で育んでいるのだ。そもそも他者との接触を厭う性質ならば、そんな面倒な事をする筈がないだろう。 「どうしたの?」 「ふふ、お前がこうして部屋を訪ねてくれると、賑やかで良いと思ったのだよ」 「ホント!? おれ、これからも毎日来ていい?」 「もちろんだとも。さぁ、歯を磨こうか」 食事を終えたら二人揃って歯磨きしてお風呂に入る。ヨギの世話は基本的にサクとロンがしてくれているのだが、毎食後の歯磨きとお風呂だけは私の仕事だった。ヨギが来たばかりのころ、サクから特訓されて私は初めて他者を世話する事を覚えた。これをうっかり忘れたら、サクからとても怒られてしまう。 正直に言うと『浄化』の魔法で一瞬で終わるのだからそれでいいではないかと思うのだが、サクに言わせるとそんなズルはダメ、らしい。私がいなくてもちゃんとヨギが生活できるようにしてやるのが保護者の役目なのだと怒られてしまった。 幼かったロンを守ってきただけあって、サクは母の心も持ち合わせているのだろう。 風呂から上がったらしばし二人してソファでゆったりと時を過ごすのが恒例だ。小さな体で毎日いろんなことを学んでいるらしいヨギがおねむになるまで二人で語って、目をこすりはじめたら転移でサクたちの元へと連れて行く。 当初想定していたよりは、私も随分とヨギの世話に関わるようになっていた。もしかしたらサクは、私のことも教育しようとしているのかもしれない。 *** それからさらに半年近くが過ぎただろうか。 『聖騎士の塔』は相変わらず人気で、沢山の冒険者が訪れては塔の攻略に精を出している。 それでも塔を全部くまなく探索してやろうなんて者はかなり少なく、大半は一層につき4つは設けてある上層への階段も、一番入り口に近いものを利用してはどんどんと上へ登ってくる。運が良ければ簡単に最上階の私の元へと辿り着くが、チンケな聖魔法を授けられてなんだか拍子抜けした顔で帰っていくのが常だ。 私の塔ではそこかしこから、聖なる力の元である『聖力』が収拾できる。それをどれだけ集められたかによって覚えられる聖魔法は変わってくるのだ。 私が丹精込めて作り上げた塔をどれだけ丁寧に探索してくれたかによって、得られる報酬である聖魔法も変わってくるのだが、一般に知られているわけでもないから皆上を上を目指すのだろう。勿体ないことだ。 しかも運が悪い輩になると、上層の魔物や罠に命を持っていかれる。私の塔はダンジョンと同じ程度には厳しい世界でもあるのだ。 「セイリューさま、また見てるのか? よく飽きないな」 「ダンジョンを攻略する者たちを見守るのは私の楽しみのひとつだからね。それに、挑戦者たちは本当に様々で飽きたりはしないのだよ」 「ふーん、おれにはみーんな一緒に見えるのにな」 テーブルの上の水晶を睨んで、ヨギが唇を尖らせる。私が冒険者たちを映し出す水晶を眺め始めると、高確率でこうして拗ねるのがいじらしい。 「ヨギが食材を調達していたのも見たよ。もうヤク鹿を狩れるようになったんだね。ヨギの成長が早くて、私は驚いてばかりだよ」 頭を撫でてやると気持ち良さそう目を細め、しっぽがゆるゆると左右に揺れる。どうやらご機嫌はなおったようだ。 ヨギはすくすくと育っている。背も少しずつ伸びてきて、できることも増えてきた。このところはサクに習ったのだと言って、私の髪を結うのが楽しいようだ。 まだまだ上手にはできないけれど、懸命に髪をいじっては解き、私の世話をやいている気になっているのが可愛らしい。幼な子の一生懸命な姿とは、いつだっていじらしく、愛らしいものだ。

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