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第10話 成長を感じる時
しっかりと受け止めたが、ソファに体を横たえていなかったら持ち堪えられなかったかも知れぬ。本当に随分と大きくなったものだ。その重みを幸せに感じるのは、小さくて頼りなげだった子供の頃のヨギを知っているがゆえなのだろう。
「えへへー聖龍様に褒められた!」
嬉しそうな満面の笑顔、掴みようもないほどに暴れるしっぽ。子供の時から変わらない率直な感情表現だ。胸に頬を擦りつけ、隙あらば顔やら腕やらを舐めてこようとするのも含め、サクたちに言わせると、どうやら犬や狼の獣人に多い仕草なのだという。確かにサクたちとは甘え方も喜びの表し方も違うようだった。
叱られた時の耳やしっぽのしょんぼり具合は似ている気がするが。
ふふ、とつい笑いが漏れる。
「聖龍様、どうしたの?」
「いや、お前は本当に子供の時から変わらずに素直で、愛らしいな」
「聖龍様は素直なオレが好きなんだな?」
「ああ、とても可愛らしい」
「じゃーオレ、素直なままでいる!」
ヨギは私をソファに押し付けたまま、私の頬や首筋に顔を擦り付け、ついには舐めてこようとする。しっぽがクルクルと動いて喜びを表しているのが可愛らしいが、さすがに擽ったくて私は身を捩った。
「ふふ、ヨギ、擽ったい。それくらいにしてくれ」
「えーもっとじゃれたいのに」
そう言いつつもヨギは私からするんと離れていく。昔からワガママをあまり言わないききわけの良さを少し寂しく感じてしまうのは、きっと私の身勝手であろう。
「ねぇ聖龍様、どれから食べたい?」
「ヨギが頑張って獲ってきたものだ。どれでも私は嬉しいよ」
「うん、それは分かってる。その中でもどれが美味しそうかって事だよ。聖龍様に喜んで欲しくて狩ってきたんだから、ちゃんと選んで。それで、特に美味しかったのはまた狩ってくるから、ちゃんと教えて欲しいんだ」
「それは難題だ」
本当に難題だった。龍族は味覚に鈍感なのだ。否、大雑把と言った方が正しいかも知れない。食えればいいと思っているところがあるものだから、人や獣人のように焼いたり煮たり蒸したり味付けしたり、という発想はあまりない。腹がくちくなれば良いのだ。
だから私にとっては、味よりもこうしてヨギが獲って来てくれたという事実や目を楽しませるような飾りつけの方がよほど重要だった。
しかしこんなにも期待に目を輝かせているヨギに、そんな事を言えるはずもなかった。ううむ、と考えて私は白旗をあげる。
「ヨギ、鼻はヨギの方が良いだろう? 一番美味しそうな匂いがするのはどれか教えてくれないか?」
「……うん!」
満面の笑みを浮かべて魔獣たちの匂いをフンフンと嗅いでいるヨギを見て、私は自身の選択が間違っていなかった事を知る。
そうだった、この子は私に頼られるのが大好きなのだ。変に悩まずに頼ってしまえば良いのだった。
そういえば、まだこの塔に来たばかりで自分の事すらおぼつかない頃に、私の世話がしたいと言っていた事もあったと思い出す。サクやロンに何かを習っては、眉をキリリとあげて私に「習ったからオレがやる!」と宣言する様はいつだって可愛らしかった。
「聖龍様、これ! これが一番、美味そうな匂いがする!」
「ふふ、そうか。大きくて食べでもありそうだな。楽しみだ」
「オレ、ロンに届けてくる!」
「ああ、では私は他の魔物を収納しておこう。せっかくヨギが獲ってきた獲物だ。鮮度が落ちるのはもったいないからな」
「ありがとう、聖龍様!」
その夜食べた料理は、これまでのどの料理よりもおいしいと感じられた。ヨギが獲って来てくれた新鮮でこの塔では獲れない珍しい肉。それをロンが腕によりをかけて料理してくれ、サクが給仕をしてくれる。そうして皆で食卓を囲むのだ。
これが幸せというものだろう。
満足してゆったりと風呂に入る間にも、ヨギは今日あった事を一生懸命に話してくれた。今や私が洗ってやらずとも自力でなんでもできる年になったヨギ。そうなると今度は私の世話を焼き始めた。
長い髪も体も丁寧に洗って淡い香りの香油まで塗ってくれるものだから、最初は人間の貴族のような扱いだと笑ってしまった。けれどヨギは真剣な顔で「セイリューさまはオレの神様なんだから、貴族なんかよりずっとずっと大切に扱わなきゃダメだ」という。
私ごときが神とは。子供の発想力の奔放さに微笑ましくなった。
今でもどこかそう思っているのかも知れない。ヨギが私を洗ってくれる手つきはとても丁寧だ。魔物を屠る力強い手が、繊細な動きをする。
魔物をあっさり倒して豪快に笑っているようなサクと、その肉を上手に捌き美味しい料理に仕上げてくれる穏やかで繊細なロン。二人から学び、二人の資質をちゃんとその身に受け継いでいるのだな、と嬉しくなる。
二人してゆったりと湯船に浸かり、今日の夕飯がいかに美味しかったかを語り合う、他愛もない時間が愛しい。しかしヨギも随分と大きくなったものだ。向かい合わせで湯船に浸かっていても、少々足がつっかえている。
そろそろ別に入ろうか、と言ってみてもいいのかも知れない。
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