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成長とか後悔とか

 久しぶりの初日ということで、汀も遠慮して夕飯は自宅で食べることにした。  明日部活終了後に、以前とは違う少し山に入ったところの上流までの川に向かう約束をしてその日は別れたから、2人して明日が楽しみだった。  祖父の宗一郎と祖母の頼子は、今の生活のことが聞きたくていたが、遥翔を見る限りは窮屈そうでもないし、あちらのご両親も悪い人ではないこともわかっているので、そこは聞き出そうとせずに、普通の会話で夜を過ごした。 「でもまあちょ〜〜っと勉強に行き詰まってたからね、こっちに来て1週間何もせずに遊ぼうって思ったんだよね」  本来なら医学部を目指すような子は、2年生の夏だっておろそかにはできないはずだ。  遥翔もきっと毎日勉強に追われているのだろうと思っていた祖父母は、その辺は少し聞いてみたかった。 「無理やり勉強させられてたりしてないんでしょう?」 「あー、それはないよ。医学部決めたのは自分だしさ、結構黙って見守ってくれてる。高校は多少いいところめざすけど、大学は自分のやりたい事が優先して学べるところがいいかなあと思ったり、設備がある方がいいのかなあと思ったりね。これは高校の3年間で決めようかと思ってるんだ」  時々スマホの画像電話で話したりはしていたけれど、こうして面と向かって話すと、遥翔は目標を見定めてから強くなった気がした。  特に弱っちいわけではなかったが、やはり先が決まると男の子は引き締まる。 「今日から1週間は、何もしないで遊び倒そうと思ってさー。勉強道具は何も持ってこなかったんだよ〜〜。ん〜〜〜〜〜っ」  食後のスイカを食べ終わり、その場で後ろに寝っ転がった遥翔に 「こおら、お風呂に入っちゃいなさい」  と頼子がお皿を重ねていると、 「あ、今の言い方母さんに似てた。さすが親子」  すくっと起き上がって、そう笑う。 「当たり前でしょう、親子なんだから」  頼子も笑って台所へ皿を片付けに行ったが、弥生のことも笑って話せるほどになって、それも安心の一つだった。  暑いからシャワーでいいやと軽く汗を流してきた遥翔は、居間でコーラをもらって宗一郎とテレビを見ていた。 「チャンネルが違うからさ〜おもしろいよね〜」  さっき間違えちゃってさ〜などとリモコンでチャンネルをチャカチャカ変えていると、縁側の窓が鳴った。 「ん?だれだ?」  宗一郎が立ち上がって縁側に立ちカーテンを開けると、そこに汀が立っている。 「お、みー君かい。どうした」  鍵を開けて広い窓を開けてやると、 「こんばんは。はる…とにちょっと」 「こんばんは。遥翔」  宗一郎は居間に戻り、遥翔を呼び 「みー…汀か〜なに?」 「明日川に行くのにちょっと上流行くからさ、サンダルじゃ危ないと思って俺の靴持ってきたんだ。サイズわかんないけど、濡れてもいいしって思っ…」 「え、マジ?ありがとう〜〜」  やってきた上半身裸で首にタオルを掛けただけの遥翔を見て汀は言葉を止めた。 「前に行ってた所より、もっと上流なんだね〜楽しみ」  地元のスーパーのロゴが入った袋を受け取って、悪いね洗って返すねなどと言って髪を片手で拭いている遥翔に、汀は見入ってしまう。 「みーk…汀?どした?」  黙りこくる汀を不思議そうに見る遥翔に、汀は 「あ…あと虫除けスプレー忘れんなよ、じゃ、じゃあな」  無理に作ったような笑みをして、汀は足早に帰っていった。 「え、あ、うん。それもありがとう。なんだよ、急だなあ」  そそくさと家の角を曲がって、門を出て行くのを見送ってから遥翔は窓を閉めた。  足早に帰ってきてしまった汀は、なんだか得体の知れないドキドキ感に眉を寄せていた。  今日、遥翔が家に着いた時久しぶりに会った時もそうだった。  6年ぶりに会った遥翔は随分と成長していて、なんだか眩しいと思ってしまったのだ。  だからじーっと見つめてしまい、そのキラキラしたものが声を発したものだから、ついその場を去ってしまった。めちゃめちゃカッコ悪い…。 「お…男の裸じゃねえかよ。部活でみんなで着替えてるし、そんなんいつだって身近にあるのになんで…」  自宅の門の2段の階段に座って、得体の知れない熱を冷ます。 「テレビで見る都会の子だからかな…」  訳のわからない思考が浮かんでは消えて、う〜〜ん…と頭を抱える。 「しかしあいつ…美人…ああああそっからして違う!!ん〜〜っとん〜〜っと」  玄関先の階段に座り込んでごちゃごちゃ言っている汀を、居間の出窓から笙子が見ていた。 「思春期よねえ…」  ブランコに並んで乗っていた2人に、小2と小1の時の2人を重ねて実は数分眺めていた笙子は、今頬杖をついてニコニコと笑う。 「思春期かあ〜〜」  1人でわちゃわちゃしている一人息子は、これからどうなるんだろうか…まで考えているかどうか。 「うっわ〜〜冷たい〜〜〜」  裏山を小川伝いにしばらく登ると、木漏れ日の綺麗な少し広い場所に出た。 「今時は寄生虫がどうのって言われるけど、俺ずっと飲み続けてて何にもないから平気だぞ。美味いから飲んでみ?」  昨日散々わちゃわちゃしたので、今日はだいぶ落ち着いた感じで遥翔と会えた汀は、両手で水を掬って飲んでみせる。 「はあ〜〜うまっ」  Tシャツの胸元で口を拭い、遥翔も飲みなと笑う汀が遥翔にだって眩しく見えるのだ。 「うん、飲んでみる」  両手で水を掬い口に運ぶと、なんというか新鮮な水っていうのも変だけれどそんな感じの香りがして、それをそっと啜ったら口の中に冷たくてサラサラなものが広がった。 「うっまーー!」 「だろ?」  汀ももう一杯と言って一掬い飲んで、 「あ、ヤマメだ!獲ろうぜ!晩飯だ!」 「え、魚?魚がいるのか?」  岩の上で屈んで水中を見てみるが、遥翔には自分が映るばかりで中が見えない。 「本当にいるのか??」  疑うように覗き込んでいる遥翔を、汀が 「こっちきてみ」  と二の腕を掴んで自分の方へ引っ張る。そして背中を静かに押すようにして 「ここ…」  と指差して教えてくれる。  その指の先に15cmくらいの魚が2匹いた。 「まだ小さいなあ。18cm以上のがいいんだけど」  その体制のまま水の中を見回す汀に、 「みー君背中熱いよ」  と遥翔が笑って身を捩り、汀はそこでやっと遥翔の背中を触っていたことに気づいた。 「え、ああごめんごめん。落とそうとしたわけじゃないからな」    誤魔化してみたが、昨夜のドキドキが蘇ってきてしまう。 「いいよ謝んなくて、熱かっただけ」  水中を見ながら笑い声で言ってくれたので、気づかれてもいないし気にしてなかったことに安堵する。 「15cmの小さな()を見逃してあげるのって何かのルール?」 「いや?食べ応えがないだけ」  聞くんじゃなかった…と冷めた気持ちになり、遥翔は大きな魚も見つかんなければいいなどと祈ってしまった。 「20cmもあればだいぶ美味いし食べ応えあるんだけどなあ」  見回してみるが、それらしきお魚はいない。  しかし、そこには様々な生き物がいて、小さい頃スイカの皮仕掛けてカブトムシをとった話や、バッタとカマキリの戦いの話などだいぶ昔を取り戻す話も出てきていた。 「沢蟹までいるんだ…これ食べられる?」 「ここにいる奴らは大抵食えるよ。でもカニは1匹2匹とったところで腹の足しに中ならないから。せめて10匹だな。素揚げにして塩かけて食うんだようまいんだこれ」  仕方のないことではあったが、小学校に行ってる間くらいはここに来たかったな、と今更ながらに遥翔は後悔した。  こういう知識はここならではだし、汀はこれを一生話していける記憶とスキルがあることがある事が羨ましい。

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